企業がAI活用でモタモタする間に攻撃者は“経験値”を稼ぐ Mandiantが語る非対称性
情報漏えいや誤判断を恐れ、検討とルール整備を重ねる企業。その間にも攻撃者はAIで試行を重ね、“経験値”を稼いでいる。Mandiantが攻撃者の視点と侵害調査の現場から、企業との間に広がるAI活用の差を解説する。
生成AIを業務で使おうとすれば、情シスには次々と仕事が降ってくる。どのツールを選ぶのか、何を入力してよいのか、誤った判断によって問題が起きたら誰が責任を負うのか。検証環境を用意し、ルールを整え、社内に説明して、ようやく利用を始められる。
慎重になるのは当然だ。企業は一度の失敗でも、情報漏えいやシステム停止、顧客への説明といった責任を負う。そのため、AIに何を任せるかを簡単には決められない。
一方、攻撃者にこうした制約はない。AIに必要な攻撃ツールを作らせて試行を重ね、過去の活動記録を次の攻撃にも利用する。企業がAI活用でモタモタしている間にも、攻撃者は“経験値”を積み上げている。
同じAIを使いながら、なぜ企業と攻撃者の差は広がるのか。Mandiantが、攻撃者の視点と侵害調査の現場の両面から解説する。
攻撃者がAIで手にした“最も厄介な武器”とは
2026年7月30~31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo」のセッション「実録!AIが変えるサイバー空間における攻撃と防御の最前線」に、Google CloudのMandiant Consultingに所属する2人のセキュリティ専門家が登壇した。
登壇したのは、企業の侵害調査やインシデント対応に携わるMandiant Consulting マネジャーの杉山貴裕氏と、レッドチーム演習に携わるMandiant Consulting Principal Security Consultantの中村祐氏だ。
まず見えてきたのは、AIが全く新しい攻撃を生み出すというより、これまで手間のかかっていた作業を大幅に速めている現状だ。
中村氏は攻撃側におけるAIの使い方の一つとして、ソーシャルエンジニアリングへの適用を挙げる。ソーシャルエンジニアリングとは、システムの脆弱(ぜいじゃく)性ではなく、人の心理や行動を利用して情報を引き出したり、不正な操作を促したりする攻撃手法を指す。
「レッドチームとしてお客さまの環境に侵入するときに、ソーシャルエンジニアリングの手法を用います。例えば、ターゲットとなる架空の人物、ペルソナをつくり、そのプロファイルに沿って攻撃を仕掛けます。以前は、どういった人物でどのような経歴を持っているかを手作業で時間をかけて作っていましたが、AIを活用することで、それが一瞬でできるようになりました」(中村氏)
人の声をAIで再現するボイスクローニングも、ソーシャルエンジニアリングに利用できる。
「人の声をまねるボイスクローニングも簡単にできます。その声で電話をかけることで、攻撃が成功しやすくなります」(中村氏)
侵入後はAIに「使い捨てツール」を作らせる
AIが使われるのは、侵入前の情報収集や標的への接触だけではない。侵入後の活動でも利用する場面が増えているという。
中村氏が挙げたのが、自然言語による指示を基にAIにプログラムを生成させる「バイブコーディング」だ。
「2025年ごろからバイブコーディングが以前より使いやすくなりました。例えば、顧客環境に侵入し、その環境でしか使えない攻撃関連のツールを、その場でAIに作ってもらいます。使い捨てのツールを作っては捨てるということを繰り返して、攻撃を広げていきます」(中村氏)
攻撃活動の記録をAIに読み込ませ、次に取るべき行動について意見を求める使い方もしている。
「これまでの攻撃活動を全て記録して、次に私が何をすべきかの判断をAIに仰ぐという使い方をしています。AIは、『自分よりちょっと賢いくらいの回答を提示してくれる』という印象です。優秀でちょっと嫌みな後輩が隣にいるような感覚とも言えます」(中村氏)
AIを同僚や後輩のように使う段階から、さらに自律性を高めれば、AIエージェントに一連の活動を実行させることも技術的には可能になる。ただし、中村氏は、レッドチーム演習でAIを自律的に動かすことには慎重な立場を取る。
「私自身は現時点で、AIによる自動化や自律動作には取り組んでいません。AIが顧客と関係のないところで勝手に攻撃を仕掛けるというリスクが残るためです。Human-in-the-Loopとして、AIに任せずに必ず人間の判断が介在するようにしています。一方、現実の攻撃では、AIを自律的に活動させているという報告があります」(中村氏)
AIは、ソースコードの分析にも使われている。中村氏によると、レッドチーム演習では、侵入した環境からソースコードリポジトリを見つけ、保存されているプログラムをAIに分析させることがあるという。
「攻撃中にお客さまの環境からソースコードのリポジトリを見つけ、それを分析させて脆弱性を見つけ、最後の目標を達成するという場面が結構あります。ソースコード分析にAIを使うと、私が取り組むよりもかなり速く答えを出してくれます。AIがはまる場面だと思います」(中村氏)
防御側のAIは「新人が入ってきた」段階
一方、インシデント対応を担う防御側でも、調査作業を支援するためにAIを利用している。杉山氏によると、当初は調べものや相談、アイデア出しが中心だったが、その後はコード生成などにも用途が広がった。
「AI活用の方向性としては、生産性の向上です。まず2023年ごろからAIチャットbotを使って、インシデント調査の中での調べものや、複雑な相談、アイデア出しにAIが活用されるようになりました。その後、インシデント対応の中でコード生成などを活用するようになりました」(杉山氏)
例えば、インシデントの調査では膨大なログを解析する。既存のツールで必要な情報を適切に抽出できない場合、ログから必要な項目を取り出すためのスクリプトをAIに作成させることがあるという。
現在は、ログ解析やエンドポイントのフォレンジック解析をAIエージェントに支援させる取り組みも始まっている。
「感触としては『新人が入ってきた』くらいのクオリティーですが、解析作業の5~7割程度を担ってくれる印象です。人間の解析はそこから始めることができるので、作業を大幅に効率化できます」(杉山氏)
ただし、AIが出した結果をそのまま顧客への報告に利用できる段階には至っていないという。
「将来的には、そのまま報告書を作成したり、全体像を描かせたりといったことが望むべき姿なのでしょうが、現状ではそこまではできていません。コンサルティングを提供する立場として、結果に対するアカウンタビリティ(結果や判断について説明し、責任を負うこと)の問題もあります。AIによる自律動作には慎重なスタンスです」(杉山氏)
攻撃者にはこうした制約がない一方、防御側にはAIの判断が事業に及ぼす影響まで考える必要がある。杉山氏は、ここに攻撃側と防御側の非対称性が生じると指摘する。
AI時代でも「準備、検知、対応」は変わらない
AIによって変わったこととして、中村氏が挙げたのが、攻撃に必要な作業の生産性だ。
「脆弱性を見つけて、攻撃コードを作成し、実際に攻撃に使われるまでのタイムラグが非常に短くなっています。その結果として、ソースコードを守るべき新たな理由が生まれています。ソースコードを入手できれば、新しい攻撃経路を見いだせる確率が高くなっています」(中村氏)
レッドチーム演習では、侵入後に認証情報を窃取したり権限を拡大したりするため、Active Directoryなどの認証基盤をターゲットにすることがある。
AIによってソースコード解析や脆弱性探索の効率が上がれば、認証基盤だけでなく、ソースコードリポジトリの攻撃対象としての価値も高まる。
「認証周りは対策が進んでいますが、ソースコード管理は部署ごとに独自のリポジトリが立てられていて、初期設定のままの認証情報でアクセスできる状況が散見されます。今後はそうしたところを注視していく必要があると思います」(中村氏)
一方、守るべき対象への基本的な対策まで変わったわけではない。
「データ資産の守り方は変わっていません。例えば、環境内での横展開を防ぐために認証周りを強化するといった対策は、これまでと変わりません」(中村氏)
防御側でも、基本となる対策の順番は同じだと杉山氏は話す。
「防御において、準備、検知、対応という3ステップで対策することの重要性は変わっていません。『AI搭載のソリューションを入れれば、AIが全ての攻撃を未然に防いでくれる』という将来が来れば一番ですが、近い将来、そこまでいくことは難しいと感じています」(杉山氏)
AIに攻撃の封じ込めを自律的に実行させれば、対応速度を高められる可能性がある。その一方で、AIの判断によって正常なシステムやサービスまで停止すれば、事業への影響は避けられない。
「そうした世界になるためには、AIによる自律動作で組織を守っていくことが必要な条件です。ただ、しがらみのない攻撃者に対して、防御側には制約があり、非対称性が生まれます。AIが自律的に封じ込めを行った結果、提供しているサービスが停止すれば、誰が事業に対して責任を持つかが問題になります」(杉山氏)
攻撃者によるAI活用が進んでも、防御側が無条件に自律化を進められるわけではない。どこまでをAIに任せ、どこから人間が判断するのかは、事業への影響やAIに対する社会の受容度によっても変わる。
杉山氏は「自組織にとって、意思決定と自律性の最適なバランスがどこにあるかをアップデートし続けることが重要です」と訴えた。
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