ANA、「Google Meetでいいのでは?」と言われても、自社開発の議事録AIにこだわった理由
生成AIによる議事録ツールを導入する企業は多いが、単なる文字起こしにとどまるケースが目立つ。ANAは議事録AIアプリ「しゃべログ」を自社開発し、会議のナレッジを組織横断で活用する仕組みを構築した。同社はいかにして議事録を組織の資産に変えようとしているのかを推進担当者が明かした。
議事録AIは文字起こしなど基本的な用途でも有用だが、活用を掘り下げれば、会議のナレッジを組織の資産として生かす重要なツールにもなる。
全日本空輸(ANA)では、議事録作成を自動化する自社開発アプリ「しゃべログ」を活用している。文字起こし時間を最大90%削減し、議事録作成を30分から5分に短縮しただけでなく、会議のナレッジを抽出、蓄積して組織横断で活用できる仕組みを構築した。
プロジェクトを主導するANAの安達太祐氏(デジタル変革室データ・AIトランスフォーメーション部 AI推進チーム)と、同社の生成AI活用を支援するDATUM STUDIOの淡島英輝氏(執行役員)が、全社展開が可能なナレッジ基盤へと進化させた2年半の歩みを語った。
議事録で疲れ果てる社員を救うために ANAの議事録ツール構想
日々多くの会議が実施されるANAでは、多くの工数をかけて議事録の内容をまとめる必要があり、担当者を疲弊させる状況が続いていた。さらに深刻だったのは、判断の過程や理由がブラックボックスになりがちという点だ。長時間にわたる会議の記録は読む側にも負荷となり、社内に散在した議事録は、後から会議の論点や決定事項を正確に追うことを困難としていた。
こうした状況を打破するため、ANAは文字起こし用のAIモデルを活用してしゃべログの開発に乗り出した。目指したのは、文字起こしにかかる時間を80~90%削減し、議事録の作成を30分から5分へ短縮することだ。加えて、議事録ツールを「会議を組織の資産に変えるツール」と位置付けた。会議の要点や決定事項などを、整理されたナレッジとして蓄積する仕組みを構想した。
しゃべログの開発は3つのフェーズで進められた。
2023年度末からのフェーズ1では、オープンソースの音声認識モデルを用いて2カ月間のPoC(概念実証)を実施した。なるべく早く、小さく、結果を出すことを最優先して約1カ月半でプロトタイプを作り、文字起こしの高い精度と自動化の効果を実証したことで、本格開発に向けた投資の継続が承認された。
2024年度のフェーズ2ではWebアプリ化を行い、録音から文字起こし、議事録の生成に至る全工程をWebブラウザ上で一気通貫に実行できるシステムを構築した。ユーザーごとの設定を保存できる機能も実装し、部門特有の言葉遣いや用語集を再利用できるようにした。また、「Google Gemini」が文字起こしに対応したのを受け、文章の要約と整形はGeminiが担い、文字起こしのモデルは用途に応じて選択できるハイブリッド構成へと進化させた。
「Google Meet」でいいのでは?となっても開発を続けた「譲れない要件」
しかし、Webアプリ化によって社内での利用が徐々に広がり始めた矢先、全社で利用している「Google Workspace」のWeb会議サービス「Google Meet」では、対象となるGoogle Workspaceのエディション向けに、AIが会議メモを作成する「Take notes for me」の提供が始まった。
自社開発を続ける意義が社内で問われたが、ANAはプロジェクトの継続を決断した。その背景には、同社ならではの「譲れない要件」があった。
ANAの判断は、自社のナレッジの組み込みや活用は自らの手でコントロールすべきだというものだ。航空保安や顧客の極秘情報を取り扱う企業として、システムとデータの主権を自社で持ち、セキュアな環境下で管理しなければならないとした。また、社内にはGoogle Meetを使わない対面会議も多く、スマートフォンなどで録音した会議音声を迅速にナレッジ化したいというニーズが極めて高かった。
こうして社内ではGoogle Meetの標準機能としゃべログという2つの議事録ツールが併存することになったが、結果としてしゃべログの利用者はむしろ増加した。その理由は、現場が求めるUXを徹底的に追求した点にある。
しゃべログでは、カレンダーに専用のアカウントを招待しておくだけで自動的に会議に参加して録音と文字起こしをしてくれる。また、会議室で1つのマイクを使って録音した場合でも、声色を分析して「誰が何を話したか」を自動で整理でき、過去の会議内容の検索も容易に行える。こうした「意識せずに自然と使える利便性」が現場に支持された。
議事録の先へ──埋もれた情報を組織のナレッジへ昇華
そして、2025年度からのフェーズ3では、プロジェクトの焦点が「ナレッジマネジメント」へと大きく移行した。単に議事録を作成するだけでは、特定の人物が主張した内容や観点、議論の経緯や発言者の立場といった多くの情報が埋もれてしまい、真の価値を引き出せないという課題認識が理由だ。
そこでANAは、会議で交わされた各人の主張や観点、決定事項に至る背景を構造化して蓄積し、後から横断的に検索、参照できる仕組みを構築した。これにより、議事録の中に眠っていた属人的な暗黙知を、組織全体の資産へと昇華させた。
一方、機能の拡充を優先した結果、操作画面が複雑化し、UXが損なわれるという課題も生じていた。使い勝手の悪いツールは現場から淘汰されてしまうという危機感から、ANAは専任のフロントエンドエンジニアを配置してUIの大幅な刷新に踏み切る。全従業員が日常的に利用している「Gmail」などのUIを参考にして、直感的に操作できるデザインへと改善を図った。
抽象的な「ナレッジ」を3つの要素に分解してデータモデル化
ナレッジマネジメント機能の開発で不可欠だったのが、そもそも「会議のナレッジ」とは具体的にどのようなものかを明らかにすることだった。ナレッジという概念は抽象的で、その中身が曖昧なままではシステムで処理するデータとして定義できない。そこで、ANAとDATUM STUDIOは、会議の構造を要素分解し、データモデルとして再定義した。
具体的には、会議を「タスクを持つメンバーが、上長や決裁者に対して主張を行う場」と捉え、生成AIが抽出するナレッジを「オピニオン(会議において主張したこと)」「チェックポイント(主張に対する審査観点)」「リザルト(審査結果)」の3つの要素で定義した。
この3要素に「ToDo(タスク)」を加えた構造化データは、3つの軸で活用されている。
「人(ペルソナ)の軸」では特定の人物が重視している観点を抽出して事前の壁打ちなどに利用し、「会議の軸」では次回までのToDoや決定事項の変遷を追跡する。さらに、「トピックの軸」で複数会議をまたいだテーマの要約や横断検索を行い、蓄積した情報を多角的に引き出せる仕組みを整えた。
開発生産性の向上でも生成AIを活用 プロジェクトから得た4つの学び
両社の取り組みは、しゃべログの開発生産性の向上にも及ぶ。要件定義における仕様の迅速な作成をはじめ、仕様駆動型開発や単体テストの自動記述、「GitHub Actions」と連携した自動レビューなど、開発の各工程に生成AIを組み込んでいる。また、大規模言語モデル(LLM)を用いたブラウザ操作エージェントによるUIの自動評価手法を考案し、実際の開発フローに組み込んだ。
システムの継続的な改善により、現場には圧倒的な効率化の成果が表れた。従来は30分かかっていた議事録作成の作業が5分程度に短縮され、文字起こしにかかる時間は従来比で80~90%削減された。ユーザーからは「会議後すぐに要点を確認できるので非常に助かっている」「過去の決定事項を検索することで、現在の決定に至った経緯が非常に分かりやすくなった」と高く評価されている。
2年半のプロジェクトを振り返り、安達氏は4つの重要な学びを挙げる。1つ目は、PoCで迅速にビジネス価値を実証する「小さく、早く始めるアプローチ」。2つ目は、UXの観点で使われる理由(Why)を徹底的に考える「機能設計」だ。3つ目は、機能を実装する前にナレッジの構造(ドメインモデル)を定義し、システムを進化させる指針とする「設計思想」。そして4つ目は、多機能なツールであるほど直感的な操作性が現場の継続利用を左右するという「使いやすいUI/UXの重要性」だ。
ANAは今後、しゃべログの全社展開を進めるとともに、論点や観点の事前提示による会議の円滑化、既存システムとの連携による検索体験の向上などを見据えている。「昨今は『内製化』がトレンドの一つになっていますが、これを成功させる上で、小さく始めてスケールさせやすいというクラウドのメリットが生きてきます。内製化こそ、クラウドを活用して生成AIなどの新技術をクイックに試していくアプローチが最も適しているのではないでしょうか」(安達氏)
本稿は、2026年7月30~31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo」(主催:グーグル・クラウド・ジャパン)の講演「ANA が Google Cloud で実現する会議情報のナレッジ マネジメント」における解説内容を基に、編集部で再構成した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
イベントレポートアーカイブ
この記事の著者
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
Windowsを使い続けるのは正解か? 「Linux化」というモダナイズのもう一つの選択肢
-
2
ChatGPTに「おすすめの○○は?」 実は答えが決まっているらしい:893rd Lap
-
3
「情シスやめます」と言われたら――ある日突然「ゼロ情シス」になった企業のその後
-
4
「Gemini Notebook」で利用者10倍 シニア社員をAIヘビーユーザーにした首都高の考え
-
5
スクエニ開発陣が「ドラゴンクエストX」の世界観を守るのに「Gemini」が必要だったワケ
-
6
「IT人材がウチの会社を辞める理由」 “給料が安いから”は2位、1位は?
-
7
Excelの10万行データを3分でAIに処理させる、M365 Copilotの使い方
-
8
タダで使える国会図書館の文字起こしツール、汚い手書き文字で精度をガチ検証
-
9
ゼロから分かる「Claude」の教科書 ChatGPTと比べて分かった強みとは?
-
10
OSもほぼ丸ごと自作の「AMD Am29000搭載PC」、30年後に動かしてみたら……:892nd
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー