こうした特徴が実感できる一例は、準天頂衛星信号受信ができるGPS搭載自動車の運用だ。カーナビに正しい位置がプロットされる程度の話ではない。
例えば、車の前方にある障害物や停車中の車の存在が事前に分かる、右折したときに近づく車があれば警報が鳴る、路面に異常があれば警告する、出会い頭の衝突を防止する、車線逸脱を警告するなど、危険回避しながらスムーズな走行ができ、現実の道路状況を把握して最適なルート選択が可能になる。
もちろん対応する受信機を備えたカーナビなどができたらの話だが、交通インフラが大きく改善される可能性が見えてくる。渋滞が解消されれば、CO2排出量も減少すると考えられている。
こんな「新しいGPS」を搭載したバス(図4)が、既に日本で運用(実証実験)されている。東芝の府中事業所内での実証運用だ。
バスには準天頂衛星の信号を受信するためにカスタムLSI(東芝が開発)を採用した受信モジュールが積まれ、工場の見学者や視察に訪れた来客者の移動状況をリアルタイムに把握できる。さらに、バスの位置や電力使用状況、CO2削減状況などの情報はバス内に設置しているサーバに集約され、車内モニターをはじめ、来客用ロビーに設置している大型マルチディスプレイや受付に設置されたPCから情報を確認可能だ。
準天頂衛星システムの利用法には、上述のような交通や物流エリアの他にもさまざまなアイデアがある。
例えば、スマートフォンなどからの緊急通報の位置情報が正確につかめることから、緊急車両の迅速な派遣や、周囲の最新状況を把握した上での災害救援の効率化などに生かせる。また、列車の運行に利用すれば従来多大なコストがかかっていた位置検知インフラの削減が可能になる。農業エリアでは、作業用ロボットの活用が期待される。漁業などでの船舶運行状況の把握、山間地で建設施工の作業効率改善、地図のより詳細、かつ迅速な更新などにも役立つと考えられる。
このような役割を負いながら、準天頂衛星測位システムが目指すのは、いつでもどこでも位置情報が活用できるインフラの実現だ。現在のGPSなど衛星からの信号受信はほぼ屋外のアンテナでのみ可能なものだが、同様の技術を使って屋内や地下の構造物でも信号を発して受信機の測位をすることは難しくない。
衛星からの信号と、屋内や地下での位置情報を組み合わせれば、どこにいても正確な位置情報把握ができるはず。そんな社会インフラの構築が、最終的に目指すところになるだろう。
また、現在GPSや他の衛星測位システムはそれぞれ別の技術で信号を送っているが、これを世界共通にしようという動きもある。準天頂衛星システムはGPSとの信号の共通化や相互運用性を世界に先駆けて実現する試みでもある。
日本では2017年から2019年までに、24時間日本の上空をカバーできるように追加で3機の衛星を打ち上げることを予定している。それが実現すれば、仮にGPSがなくなったとしても、日本独自の衛星測位ができることになり、技術的には衛星測位先進国と肩を並べられる。
順調にいけば、東京オリンピックには準天頂衛星を利用したカーナビで運行支援する車両がそこかしこを走っているかもしれない。その実用性や効果の実証に成功すれば、日本が世界の衛星測位の標準化に主導的な役割が果たせるようになるかもしれない。
衛星からの電波を基に受信機のある地点の位置を測定するシステム。電波の速度は一定なので、位置が分かっている衛星が3機あれば、3辺測量の方法で地上の受信機の位置が分かることにはなるが、実際には緯度と経度、高さと時刻の4種の情報が必要なので、受信機の位置を正しく決めるには衛星が最低4機いる。
測位の精度には電離圏や大気の状態や、構造物などによる反射(マルチパス)が影響を及ぼすため、現在最も利用されるGPS(Global Positioning System)では誤差が数十メートルある。カーナビの他、船舶や航空機の航行支援や、測量の基準点設定などの用途に使われる。
「準天頂衛星システム」との関連は?
準天頂衛星システムは、日本では特定地域での高精度な衛星測位を実現するシステムとして開発される。GPSや他の衛星測位システムとの相互運用が当初から視野に入っており、現在はGPSの補完信号の送信などを行ってGPS利用システムの高精度化やカバーエリアの拡大につながるようにしている。追加で打ち上げ予定の3機が加われば、日本と周辺地域で独自の衛星測位システムが常時利用可能になる。
2014年9月から東芝府中事業所内で運行されているバスで、交通システムとして初めて準天頂衛星の信号受信機を装備し、運行位置を把握できる。利用する車両は同社開発の二次電池「SCiB」を採用し、その高い安全性、長寿命、急速充電性能、低温動作などの優れた特性を生かした環境調和型になっているのにも注目だ。やがて準天頂衛星測位システムを利用したカーナビなどが登場するころには、このようなエコバスが普及しているのかもしれない。
「準天頂衛星システム」との関連は?
準天頂衛星測位を利用する交通システムの初めての実用化例として重要だ。東芝では、このEVバス運用で得られたデータを基に、空港や事業所内のEVバス向けのシステムとして、2018年までの実用化を目指すという。
かつて米国が運用するGPSが全地球衛星測位システムと呼ばれ唯一の存在だったが、その後、欧州で「ガリレオ」、ロシアで「GLONASS」、中国で「北斗」といった全地球衛星測位システムが開発され、全地球をカバーする衛星測位システムは一般的に「GNSS(Global Navigation Satelite System)、全地球航法衛星システム」と呼ばれるようになった。GPSはGNSSの1つという位置付けだ。
「準天頂衛星システム」との関連は?
日本の準天頂衛星システムは日本での利用を主目的にして開発され、日本を中心に近隣の地域で衛星測位が利用できるものとなる。その一方、GPSなどのGNSSとの相互運用も視野に入っており、GNSSの補完的な機能を果たしつつ、測位の正確性を生かして衛星測位システムに新しい用途を付け加えようとしている。
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