海水アンテナは「シーエアリアル」と名付けられた(登録商標)。応用を考えた場合の特長は、まず何といっても「面白い」こと。
宮下部長はこう語る。「当社には長い歴史で培ってきたアンテナ開発の伝統があり、論文輪講などのいわば徒弟制度にも似た技術継承の文化が息づいています。既に枯れた技術となったアンテナは地味な分野であることは否めませんが、それでも『何か面白いこと』ができないかと、若手とベテランが一緒に議論を重ねる場があります。海水アンテナの発想は、飲み会の場で生まれました。1人の若手技術者が言った『海水には導電性がありますよね』という一言が、今回発表した海水アンテナの実証につながっています」
海水アンテナの発想は確かに面白く、しかもそう法外な予算は必要ない。そこでたちまち予算が付き、約1年で基礎研究を終え、その後1年でシミュレーションや試作を繰り返して今回の発表に至ったのだ。
「面白さ」はそれだけでも価値がある。プレジャーボートなどでの無線サービスや、公園などのサイネージや噴水と無線サービスを組み合わせるなど工夫を凝らせば、さらに面白い応用が効きそうだ。
現在、地デジ放送が受信できた段階だが、同じ技術で別の周波数帯に応用できるのが2つ目の特長だ。もちろんポンプを駆動する設備と電力が必要になるので、コンパクトで省電力な金属アンテナが利用できる高い周波数帯ではあまり活躍シーンはなさそうだ。また波長がキロ単位になる長波では水の吹き上げにコストがかかり、こちらも難しいだろう。すると応用に向いた周波数帯は300kHz〜3GHz(波長1000メートル〜10センチ)の間ということになろう。
例えば、アマチュア無線で使う3.5MHz帯(波長約86メートル)ならダイポールアンテナで40メートル以上の長さが必要になり、設置できる場所は限られる上、設置の手間も大変だ。海水アンテナなら、海中に設置したノズルから単純計算で約20メートルの水柱を作ればよい。28MHz帯の海水アンテナなら波長が約10メートルなので必要な水柱の長さは2.5メートルだ。これなら、海中構造物や船舶に装備したノズルにより、通信が必要な都度、アンテナを立てることも難しくなさそうだ。
従来はこうした低い周波数帯の通信には常設のアンテナが用いられたが、一定の土地を必要とし、地面に基礎を構築、アンテナを立て、支持ワイヤなどで固定する工事が必要だった。工事を不要にし、適切に海水が利用できる場所さえあれば、簡単に設置、撤去ができるところに利用価値があると思われる。
また、災害時の被災地での通信の際に、それが海岸沿いであればポンプ車を派遣すれば、すぐに通信用のアンテナが作成できる。地域の孤立を防ぎ、情報流通を迅速に再開する決め手の1つにもなりそうだ。防災行政無線やコミュニティFM局を含むFM放送などの多くの通信放送手段がメートル単位からセンチ単位の波長の超短波、極超短波を使用するので、海水アンテナは既存の無線装置につないで使える可能性が高い。
また、今は棒状に海水を吹き出すノズル形状を変えれば、放物曲面状に海水を吹き出すことも難しくない。つまりパラボラアンテナへの技術応用も可能だ。極超短波よりも高い周波数数帯で、強い指向性を持たせた通信が可能になれば、例えば船舶間の通信や衛星放送の船上受信など、さらに応用の道も広がるだろう。
三菱電機では、海水アンテナ技術の応用についてアイデアを広く募集するということなので、興味を持った人は、新しい用途を提案してみてはいかがだろうか。
アンテナは、受信したい電波の波長の2分の1の長さで最もよく共振し、その整数倍の長さでも共振する。そこで導電率の高い金属でできた導線を高周波ケーブルの先に付け、左右対称に4分の1波長ずつの長さに横に伸ばしたものが、最も単純なアンテナ構造である「ダイポールアンテナ」だ。
これを縦にして、高周波ケーブルの先の導線の片方を接地する構造をとるのが「モノポールアンテナ」だ。大抵は地面に垂直な棒の形状になる。棒の長さは波長の4分の1で良い。
「海水アンテナ」との関連は?
モノポールアンテナの「棒」の部分を海水の水柱とし、地面を海水としたのが海水アンテナと考えればよい。指向性などの特徴は金属の場合と変わらず、水柱の全長も4分の1波長分になる。
周波数は1秒に電波の波がどのくらいかの数値(単位はHz、ヘルツ)で表される。それを波の大きさ(振幅の幅)として捉えた数値が波長(単位はm、メートル)である。波長の計算は、光速(秒速30万キロ)を周波数(Hz)で割った値になる。例えば60MHzなら波長は5mだ。
「海水アンテナ」との関連は?
アンテナの大きさは送受信したい波長に応じて決められる。海水アンテナとして今回実証されたのはモノポールアンテナの原理を応用しており、アンテナの長さは波長の4分の1となる。
アンテナに入力した電力に対する空間に放射される電力の割合のこと。放射効率ともいう。アンテナは送受信の両用途に使われ、送信効率が良いアンテナは受信効率も良い。材質や形状、方式、サイズなどの要因で、アンテナ製品はそれぞれアンテナ効率が異なる。
一般的な携帯端末用のコンパクトなアンテナでは、アンテナ効率が30%というものもある。100%の効率が理想だが、現実にはずっと低いアンテナ効率の製品も実用される。
「海水アンテナ」との関連は?
海水アンテナは本文に記したような「絶縁ノズル」の開発により、アンテナ効率70%を達成した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。