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ロボットとの協働を前提とした組織形成が重要 元人工知能学会会長・松原仁氏に聞く

» 2017年09月28日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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人口減少が進む日本社会の救世主と期待を集める一方、暴走のリスクや、人間の仕事を奪うことへの懸念も残る「ロボット」と「人工知能(AI)」。第3次AIブームとされる今、こうしたテクノロジーと人間の関係を長く第一線で考察してきた研究者の目には、来たるべき未来がどのように映っているのだろうか。人工知能学会前会長で、自律移動型ロボットによるサッカー大会「ロボカップ」の創設者である、公立はこだて未来大学の松原仁副理事長に聞いた。

プロフィール

松原 仁(まつばら ひとし)

公立はこだて未来大学副理事長。工学博士。1986年に東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程を修了後、通産省工技院電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)に入所。2000年に公立はこだて未来大学の教授に就任し、2016年より現職。人工知能、ゲーム情報学、観光情報学などを研究領域とし『コンピュータ将棋の進歩』『鉄腕アトムは実現できるか』『先を読む頭脳』『観光情報学入門』ほか著書多数。人工知能学会前会長、情報処理学会前理事、観光情報学会理事。カーシェアの普及を図る大学発ベンチャー「株式会社未来シェア」の社長も務める。


プロフィール

上松 恵理子(うえまつ えりこ):聞き手

武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授。博士(教育学)。現在、東洋大学非常勤講師、「教育における情報通信(ICT)の利活用促進をめざす議員連盟」有識者アドバイザー、総務省プログラミング教育推進事業会議委員、早稲田大学招聘研究員、国際大学GLOCOM客員研究員なども務める。著書に『小学校にプログラミングがやってきた!超入門編』(三省堂)等。


第3次ブームで定着するAI

−「第3次」といわれる今回のAIブーム。長年AIをご研究なさっている立場から、どうご覧になっていますか。

僕はAIに30年以上関わっていますが、研究を始めた学生のころはちょうど、第2次AIブームが来る前という「冬の時代」。人工知能の授業もなければ日本語の参考書もないという中、こっそり手探りのようにして始めたんです。

第2次ブームのときも先輩方にメディアの取材が殺到しましたが、その後一転して世間の関心は冷めてしまった。そういうアップダウンを見てきたので、今回の第3次ブームでも身構えている部分はあります。

ただ当時と今では、同じAIといっても技術の内容が違うし、この間にコンピュータ性能も格段に上がっている。ビッグデータ、IoT、ディープラーニングといった今回のテクノロジーは本物です。ブームが去ってもソフトランディングできるというか、技術開発の成果をみんなが使って定着していくだろうと思います。

−そもそも、松原先生がAIに惹かれたのは何がきっかけだったのでしょうか。

私が生まれた4年後・1963年に放映が始まった「鉄腕アトム」です。当時、男子はそろってアトムに夢中だったんですが、僕はむしろそこに登場する博士に憧れたんです。しかも有名な「お茶の水博士」ではなく、「天馬博士」(注1)という悪役のほう。アトムを創ったというところに惹かれたんです。

研究としてそのままロボットに行かずAIの方向へ進んだのは、中学時代にフロイト(注2)を知ったからですね。意識・無意識、人の心というものに研究対象として興味を持ちました。

AIの研究者というのは何か「おたく」のように思われていて、確かにそういう部分があることも否定はしませんが(笑)、やはり人間が好きなんです。自分にある、周囲の人にもあると思っている、ただその証拠はない「心」というものを、第三者である機械に持たせる試みを通じて探究していくのが、本来の人工知能研究だと思っています。

ただ、それだけではふわっとしていて、特に理工系の世界では「まっとうな学問」と扱ってもらいにくい。私も学生時代「人工知能に興味があります」と話したら、ある先生から面と向かって「人間の屑だ」と言われたくらいです。ですからAIを実際のビジネスに応用するのは、実用性を認めてもらうという意味でも、とても重要なことなのです。

AI利活用のポイントはAIを管理する仕組み

−AIを応用し、社会に組み込むということでいうと、「人口が減っていく日本を救う」と期待する人がいる一方、「シンギュラリティで人間が脅かされる」と不安を抱く人もいるのではないでしょうか。

人間も生存本能を持つ生き物ですから、立場を脅かしかねないAIを不安がるのは当然です。特に欧米などキリスト教圏は、神に愛された人間が特別に神の似姿を与えられたと信じているので、極端な話「AIにボスの座を脅かされ、やがて殺される」くらいのイメージを持っている。今まで他の動物、さらに地球を支配してきた罪悪感の裏返しだと思いますけどね。それが彼らの不安感の、宗教的な源泉(注3)になっています。

一方で東洋人、特に日本人は「草木にも魂が宿る」「来世は虫かもしれない」という考え方で、あまり人間だけを特別視していません。ですから、自分たち以外が知能を持っても、すぐ敵とみなすような反応はあまりないと思います。

専門的にも、かりにシンギュラリティが来たとして、AIが人間と敵対するかは疑問です。そもそも人と人、あるいは国と国が敵対するのは「何かを取り合うから」。AIは電力を必要とするくらいで基本的に欲望がないですから、人間と取り合うものがありません。

ダイナマイトや原子力など、巨大な力を持つ技術が発明されるたび、一部の人間が軍事目的などへ悪用してきたのが人類の歴史です。AIそのものの暴走より警戒するべきなのは、それを使う人間の暴走のほうじゃないかと思います。子どもたちの世代が、どうすればテクノロジーを悪用しないかを考えなくてはなりません。

−簡単な判断を任せられるようなAIは、いつごろ登場しそうですか。

現在ある技術の延長上でできますから、あと4、5年といったところでしょうか。機械学習に使えるデータの蓄積が多い株取引など一部の分野では、既に実用化されていますね。「AIを使った投資の助言」が宣伝文句になっているくらいですから、多くの人はAIが正しい判断をすると信じているのでしょうが、信じた人たちがみんな一斉に動いたら結果は変わってくるはずで、そこが落とし穴になります。

実際にあった落とし穴が1980年代の株価大暴落「ブラックマンデー」(注4)です。このとき、株を売れという指示の多くは「エキスパートシステム」という、性能的に発展途上の人工知能による判断でした。どの投資家もそれを使っていて一斉に売りを出し、人間もそれを止められなかった。AIが暴落の一因をつくったということです。

現在のAIは、エキスパートシステムとは仕組みが全く異なりますが、使い方によっては間違えたことを一斉に言い出す可能性は、やはりゼロではない。そうしたとき、人間が止める仕組みがあるかどうかということです。

「ロボカップ」から見えてくるロボットの個性

−松原先生は、ロボットによるサッカー大会「ロボカップ」創始者(注5)のお一人ですよね。

はい。ロボカップは1993年、私と大阪大学の浅田稔さん(注6)、ソニーの北野宏明さん(注7)で立ち上げました。この7月に名古屋で世界大会(注8)があったところです。

ロボカップを始めたころ、AIの研究分野として世界的に進んでいたのはチェスでした。1997年には人間に勝ちましたが(注9)、90年ごろにはもう「時間の問題」と言われていて、チェスに代わるグランドチャレンジ(注10)の対象を探していたんです。

囲碁はチェスと同じボードゲームだし、海外から「日本は研究で真似してばかり」と言われるのは悔しいので、体を使う団体スポーツ、しかも世界的に人気があるサッカーを採り上げたんです。11人で攻め守るチームプレーができれば実用面でも役立つという狙いもありました。“本家”である日本のロボットは洗練されていて、当初は優勝を狙えていたのですが、普及につれて簡単に勝てなくなる“柔道化”に直面しています。

2014年にブラジルでロボカップの世界大会がありましたが、ブラジルのロボットは個人プレーで、各自勝手に走るんですね。人間の選手と同じ(笑)。ドイツのロボットも、イメージ通りの「フォーメーション重視」です。研究者のマインド、お国柄が出る。「サッカーはこうやって勝つんだ」っていう、それぞれの思想の現れなんだと思います。

日本型AIが、組織のパフォーマンスを向上させる

ーロボットと、その頭脳であるAIは、これから働き手が減っていく日本経済を支えていくと期待されています。国際的に見て、技術開発の状況はいかがですか。

AIの研究では、やはり米国が先行しています。ただロボカップの例からも分かるとおり、研究者やユーザーの国民性が反映する部分も大きいんですね。「日本的な人工知能」というものがあって、その活用が組織論につながっていくと考えています。

「もしサッカーチームの11人中、半分ぐらいをロボットにしてよいルールになったら、日本代表はいつ優勝できそうか」と、ロボカップに携わっている日本の仲間で話しているんです。これは「ロボットと人間が瞬時にどう意思疎通するか」という、技術的に重要なテーマも含んでいる。ロボットばかり11台でプレーさせるよりも興味深い研究で、成果が役立てられる場面も多いと思います。

先ほどお話ししたように、日本人はもともとロボットやAIに対する心理的な抵抗感が少ないですから「AIと人間がどうチームを組めば最大の成果を発揮できるか」という研究では、世界をリードできると思います。この分野を伸ばしていくことで組織のパフォーマンスが上がり、ひいては経済への貢献も期待できると思っています。

ーAIが人間を補完するだけでなく、能力を向上させてくれるというイメージで良いのでしょうか。

そうですね。AIは「人間の能力の加速装置」というイメージで捉えたらよいと思います。

ービジネスパーソンがAIで付加価値を出すには、どうすればよいでしょう。

まず、今後数十年は「人間がマネージャー、AIが部下」という状況が続きます。

AlphaGoはトップ棋士を圧倒しましたが、囲碁というのは石を置ける場所や範囲、置き方のルールがはっきり決まっていて、限られた時間の中で最適解を見つけるというゲームです。もともとAIはこういう課題が得意で、ディープラーニングにしても過去のたくさんの事例をもとに傾向を学んで判断しているわけです。しかし、そういう作業は人間社会の組織においては「一兵卒がやること」とも言える。

一方の上司は、最終的に解くべき問題をデザインすること、切り分けて部下に委ね、全体を把握して意思決定するのが役割です。切り分けられた課題の最適解を見つける作業はAIが取って代わっていきますが、解くべき課題の枠は、まだしばらく人間が作ることになる。ですから「解けるか分からない問題にチャレンジする姿勢」「どうやって解くべきか見当も付かないような課題を探す能力」が、今まで以上に求められていくでしょう。

ー職場で人間とAIの役割を切り分ける役割が必要ですね。

ええ。ただ、AIに詳しい人の多くは経営に疎いのが日本の現状で、逆もまた同様。両方できる人がほとんどいないので、なかなか企業の現場でAIを生かせないジレンマがあります。

私のところにも「AIで何かやれ」と指示されて困り切った部下の方がよく相談にみえますが、やはり“丸投げ”はいけません(笑)。企業のトップにも、ある程度の「リテラシー」が求められる。詳細まで通じていなくても「誰に聞くべきか」という判断、「有望な技術は何か」という目利きが、これからの経営者には欠かせないと思います。

ーなるほど、「AIリテラシー」を持つことが大切なんですね。ありがとうございました。

注1:「鉄腕アトム」に登場する天才科学者。交通事故で亡くした息子・飛雄の代わりにアトムを創造したが、アトムが成長していかないことに気づいて見世物に売ってしまい、それを育ての親となるお茶の水博士が救ったという設定になっている。(TezukaOsamu.net)

」という悪役のほう。アトムを創ったというところに惹かれたんです。

注2:ジークムント・フロイト(1856〜1939年)はオーストリアの精神科医。精神分析学の創始者として知られる。著書に「夢判断」「精神分析入門」など。

を知ったからですね。意識・無意識、人の心というものに研究対象として興味を持ちました。

注3:IT業界の著名人は、キリスト教の信仰を持たない例が多い。Googleの共同創業者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジはいずれもユダヤ系。Apple共同創業者のスティーブ・ジョブズは禅に傾倒したことで知られ、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグも仏教への関心を明かしている。また、Microsoft共同創業者のビル・ゲイツはインタビューで「世界の謎と美しさは驚くべきで、ランダムに創られたというのはあんまりな見方だ。神を信じるのは理にかなっていると思うが、神が人生の意思決定を左右しているのかは分からない」と述べている。

になっています。

注4:1987年10月19日の月曜日にニューヨーク証券取引所を発端に起こった、史上最大規模の世界的な株価暴落。

注5:ロボカップは、自分で考えて動く自律移動型ロボットによる競技会。1997年の第1回大会から毎年世界各地で開かれている。「2050年までに、人間のワールドカップサッカー優勝チームに勝てる自律移動のヒューマノイドロボットのチームを作る」という目標を掲げ、関連技術の研究と普及も目的としている。

注6:大阪大学教授。認知発達ロボティクスの第一人者で、現在、大阪大学未来戦略機構第七部門(認知脳システム学研究部門)部門長などを勤める。

注7:ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長。AI、ロボットの研究に加え「システム生物学」を提唱。再生可能エネルギーの実証展開も研究領域としている。

注8:2017年7月27日から5日間の日程で柏合。「ロボカップサッカー」など5競技が行われ、会期中13万人が訪れた。

注9:IBMのスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」が1997年5月11日、チェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフに勝利した。

注10:「それ自体は直接(人類の生活にとって)役に立たなくても、一般に分かりやすく夢があって、それができることで大きな技術的進展が望める研究目標」のこと。


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