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脳で機械を動かす時代に備える「BMI倫理綱領3基準」とは?5分で分かる最新キーワード解説(3/3 ページ)

» 2017年11月15日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
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「BMI倫理綱領3基準」のもつ意義は?

 このようにBMIの社会実装に向けた取り組みが進むなかで、牛場氏が憂えているのは「一般の人はBMIの仕組みをよく知らず、脳にダイレクトに機械が関与することへの嫌悪感や恐怖感がある」という事実だ。技術への無理解や偏見、あるいは過剰な期待が間違った技術応用につながることがある。まずは研究者の側から情報を発信し、BMIの本質を理解してもらえる啓蒙活動が必要だと牛場氏は言う。

 その活動の一環でもあるのが今回の「BMI倫理綱領3基準」だ。その内容は次のようになっている。

(1)BMI 動作が引き起こした事故や事件に対する法的責任の明確化(行動責任)

 車の自動運転時の事故は搭乗者の責任か、自動車メーカーの責任かという議論と同様に、BMIによって駆動した機械が何かの事故や事件を起こした場合、誰が責任を負うのかが問題になる。人間とBMI製造企業との間での法的責任、賠償問題、立証責任を事前に明確化し、同意のもとで運用しなければならないということを指摘した。牛場氏は「BMIは完璧ではなく、脳のリプログラミング(再生)が行われなかった場合や不測の事態(副作用など)がないとはいえず、その場合の医療当事者とBMI製造企業との間などでの責任の所在も不明確」だとも指摘する。刑法や保険制度の設計なども含めたうえで、早急な議論・検討が必要だ。

(2)読み出した脳情報の保護、脳への不正なアクセス防止(個人情報保護)

 BMIの計測技術の中には脳に直接電極を埋め込んだり、頭蓋骨の内部に電極シートを挿入し、計測データを無線で伝送したりするものもある。その場合の通信盗聴や改ざんが問題になる。またBMIのハッキングによる脳への不正アクセスの防止対策もとる必要がある。こうした技術的対策を施した製品の開発とその内容に関する社会への事前開示が必要であることを示した。この問題は製造責任や消費者保護に関する法的整備にも影響を及ぼす。既にある情報セキュリティ関連の各種ガイドラインはよい参考になると考えられる。これに関しても早急な検討がいる。

(3)技術情報の正確かつ迅速な開示に基づく倫理規範の熟成と社会受容の促進(社会啓発)

 BMI の研究開発途上で新たに発見された特性の迅速な開示と、それによる社会的検討の促進が必要であることを示した。

 牛場氏は「脳の状態をリプログラミングする技術はマインドリーディングや脳への情報の書き込みを意図するものではなく、単に活動状態を記録するだけで、しかも運動に関する情報しか読み取れない。思考や感情に対応するデータを検出した報告は1つもないし、そもそも原理的にそれは不可能」と言う。無用な不安や恐れはBMIの健全な発展を阻害するだろう。健全な発展のためには、なによりも技術の進展状況を研究者自身が開示し、ありのままの状況を理解してもらうことが重要となるというのが牛場氏の考え方だ。

 牛場氏は「通常のリハビリやトレーニングでは引き出せないような、脳の柔らかさを引き出すのがBMI。脳の機能に由来する精神神経疾患や、脊髄損傷や頭部外傷といったけがによる運動障害を治療する可能性をもった工学技術だと思う」と話す。

 「これからは脳の仕組みを深く理解したエンジニアが新しい医療を共に作っていく時代。ただしこうした研究は人間とは何かという定義の再考をせまる行為でもある。それが社会実装されたときには、これまでの医療基準、医療倫理、法的な倫理も変化が迫られるかもしれない。それだけに、高い倫理観と、技術の本質を啓発していく力が必要です」。

 BMIがSF的な妄想や誤解に影響されず、また無用な心配や不安に邪魔されず、健全に発展していくための基本姿勢が「3原則」に表現されているようだ。

関連するキーワード

BMIリハビリテーションシステム

 慶應義塾大学理工学部や慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室の研究者が研究成果を生かし、パナソニックが製品開発し医療現場への実装に取り組んでいるBMI治療システムのことをここでは指す。脳に直接電極を挿したり、硬膜下(頭蓋骨の内部)に電極シートを埋め込んだりするような患者に高い負担をかけず、頭皮から脳波を計測し、本文中にあるような方法で脳神経回路の回復をめざす。

「BMI倫理綱領3基準」との関連は?

 BMI医療の社会実装に最も近いのがこのシステム。非侵襲的であり、重度なまひに悩む人の機能回復を図るのが目的とあって、「社会的受容」の可能性は高いと思われる。

ニューラリンク社(Neuralink)

 米カリフォルニア州で2016年に創業した医療研究企業。創設メンバー9人の中にはテスラモーターズのイーロン・マスク(Elon Musk)氏がいる。脳内電極を用いたBMI研究を進め、4年程度で実用化すると公言する。

「BMI倫理綱領3基準」との関連は?

 2016年にくしくもテスラの自動運転機能つきの自動車が死亡事故を起こした事件があり、その際に自動運転車の事故の責任の所在の議論が盛り上がった。これはBMI利用の行動責任の基準とよく似た議論だ。自動運転車と同様、BMIに関して米国でも行動責任について確固とした結論は出ていない。国際的な議論が必要だろう。

脳波によるPC操作や文章作成

 脳波の測定により、身体を動かすための脳活動が把握でき、だんだん精度も上がってきている。そこで脳波を利用して、キーボードやマウスを使わずにPCなどの機器操作に応用しようとする研究も進んでいる。筋ジストロフィーで全身が動かない人でも、脳波によってPC内の仮想空間(セカンドライフのような)でアバターを自由に動かすことができることが2009年には証明されている。

 なお、「思いを読み取って文章にする」のは無理でも、「文字を選んだり書いたりする動作を行うための脳波を読み取り、機械に送ってテキスト化することなら、現在の技術の延長で可能だろう。牛場氏によると「現時点で感情や意図を読み出すデコーダーは存在しない。脳波という粗いデータから感情や意図を読み取るのは無理だと思う。逆に機械から感情や意図を人間の脳に書き込むことも当然できない」とのことだ。

「BMI倫理綱領3基準」との関連は?

 人間の脳のハッキングや意識の書き換えなどはBMI研究者が意図することでは当然ないが、社会に技術が普及したときにはそうした犯罪的行為に挑戦する者も出てくると考えておかなければならない。それを未然に防ぐためにも、倫理的な面での社会合意や法整備が必要だろう。

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