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PoCとは? 実証実験との違い、進め方、成功の秘訣(ひけつ)を解説

ITツールの導入やシステム開発といった文脈で耳にすることの多い「PoC(Proof of Concept)」。実証実験との違いや具体的な検証内容、進め方、成功のポイントなどを専門家に伺いました。

» 2018年02月07日 10時00分 公開
[溝田萌里キーマンズネット]

 ITツールの導入や、システム開発といった文脈で耳にすることの多い「PoC(Proof of Concept)」。本格始動の前に必要な検証という理解はあるものの、具体的な検証内容や進め方、成功のポイントが分からないという人も多いでしょう。専門家にお話を伺いました。

■記事内目次


PoC(Proof of Concept)とは

 日本語では「概念実証」とも訳される「PoC(Proof of Concept)」。新しいプロジェクトが本当に実現可能かどうか、効果や効用、技術的な観点から検証する行程を指します。

 そもそもPoCとはIT業界に限った言葉ではなく、例えば医療業界において新薬の有効性を検証したり、映画業界では、ストーリーがCG(コンピュータグラフィックス)で再現可能か検証したりする際に使う用語です。

 PoCがIT業界で重視されている背景には、企業におけるIT活用が、業務効率化のための「コーポレートIT」から、ビジネスの成長や売り上げに直接寄与する「ビジネスIT」へ領域を広げたためだと野村総合研究所の高橋弘樹氏は話します。

 後者の「ビジネスIT」においては、前例のない施策や、評価が定まらない新技術を活用する試みが多く、結果的に不確実性が高くなる傾向にあります。多大な資金をつぎ込み、本格的にプロジェクトが始動した後で思うような結果が得られなければ損失も大きいでしょう。そうした誤算を回避するために、投資判断の材料となる「PoC」が重要になっています。

 ちなみに、昨今では「実証実験」という言葉も使われますが、本格導入の前段階として、投資判断のための検証を行うという意味では「PoC」と同義だといえます。

PoCで検証すること

 具体的に何を検証すればよいのでしょうか。PoCは、大前提としてプロジェクトの不確実な要素を消すという目的があります。不確実な要素は、プロジェクトの進行具合やテーマ、活用する技術の成熟度などによって変わることから、検証内容もケースによってさまざまです。とはいえ、検証内容は大きく分けて「効果、効用」「技術的実現性」「具体性」の3つのポイントに分類できると高橋氏は話します。

効果、効用

 「効果、効用」の検証とは、立案した事業やサービスのコンセプトが意図した効果を発揮するか実証するというもの。具体例で説明します。

 とある小売企業では、実店舗の顧客をWebサイトへと誘導して顧客データを統合し、Webから得られるデータを活用したマーケティング施策を企画しました。本格的に実践しようとすれば、顧客のデータベース統合などが必要になるため、システム投資も多額になります。しかし、蓄積したデータを使って顧客にアプローチするというコンセプト自体の効果が予測できないという問題がありました。そこで、まずはその「効果、効用」を検証するため、簡易的にデータを蓄積できるシステムを試作して、数店舗の顧客を対象に実験を行ったといいます。

技術的実現性

 2つ目の「技術的実現性」の検証とはどのようなものでしょうか。これは、コンセプトを支える技術が本当に実現可能かどうかを確かめる検証のこと。例えば、昨今話題のLPWA(Low Power Wide Area)という無線技術を使って、センサー機器からデータを収集し、IoTの仕組みに適用できるかどうかを実証する実験などが該当するでしょう。

具体性

 そして、3つ目が「具体性」の検証です。これは、コンセプトを支える要素として、仕様や使い勝手といった細かい要素を検証するもの。例えば、HTMLなどを使ってシステムに使用する画面だけを仮の数字などを配置して作成し、Webサイトの操作性やUIを確認するプロトタイプ開発などが挙げられます。

PoCのステップ

 PoCで検証すべき内容はプロジェクトの目的や進行度合いによって変わるため、上記の3つのポイント全てを網羅する必要がない場合もあるでしょう。「とりあえずどれかやってみよう」と場当たり的に始めるのではなく、事業やサービスの目的を見極めた上で検証内容を決めることが肝要です。

 PoCを含むプロジェクトの行程は、一般的に「事業やサービスの構想」「PoC」「投資判断」「システム開発」という順番で進行します。「事業やサービスの構想」の段階で、不確実な要素やPoCで検証すべき項目を洗い出しましょう。

野村総合研究所 (出典:野村総合研究所)

 また、項目に優先順位を付けることも必要です。どのような順番で検証すればよいのでしょうか。高橋氏は、3つの検証ポイントの中でも、まずはプロジェクトの「効果、効用」を確認することが重要だと話します。例えば上記の小売企業の例では、そもそもデータを活用するマーケティング戦略が有効かを確かめる前に、システムの「技術的実現性」や画面の仕様といった「具体性」を論じても意味がありません。戦略の効果を確かめないままプロジェクト全体を進めてしまえば、途中で計画が破綻する可能性もあります。

 もちろん、PoCに進む段階で、既に戦略の有効性が確認されていれば、この限りではありません。しかし、PoCにおいてはしばしばその検証項目が見落とされがちであり、特に留意が必要であると高橋氏は強調します。

PoCを成功させるポイント

 PoCを成功させるにはどのようなことに気を付ければよいのでしょうか。

スモールスタートではじめる

 投資判断のためのPoCに、多額のコストがかかっては本末転倒です。そのため、既に市場に存在するツールを活用するなどの工夫をして、投資を最小限に済ませることが重要になります。例えば、最近では重厚長大なシステムを作らずとも、クラウドサービスやBIツール、DMPといった最新の技術を組み合わせて安価に検証を行うことも可能だと野村総合研究所の赤松勇弥氏は話します。

 また検証は、一部のグループ会社や部署、店舗などに限って小規模にスタートすることも重要です。例えば、サッポロホールディングスでは、AIソリューション「TRAINA(トレイナ)」を導入する際に、間接部門機能を担うグループ会社のサッポログループマネジメントにおいて、2カ月間のPoCを行っています。

 検証では、グループ会社全体からサッポログループマネジメントへ寄せられる問い合わせへの対応業務を、チャットbot機能やデータ検索機能を持ったTRAINAで代替し、業務効率化の効果を検証しました。対応者の回答負荷が軽減しただけでなく、質問者側の満足度も向上したため、同社内での本格運用へと移行しました。今後は、サッポロホールディングスの営業部門にも導入されるといいます。

 このように、PoCは最終的に目指す規模よりもコンパクトに行い、効果が得られれば、範囲を広げて本格始動させるという流れが成功のポイントになります。

失敗も成果の1つ PDCAを回す

 PoCでは、常に良い結果が出るとは限りません。課題が浮上した場合には、事業やサービスのコンセプトを修正し、再度検証するといったトライアンドエラーを繰り返すことが成功に近づく鍵になります。あるいは、良い結果が得られなかったが故に、投資をしないという判断をすることもあるでしょう。

 野村総合研究所と日本航空では、ウェアラブルデバイスの「Google Glass(グーグルグラス)」を用いて、空港の整備業務をどのくらい効率化できるか検証しました。実験では、Google Glassの持つカメラ機能やAR機能、情報伝達機能などを生かし、整備士が航空機の不備をGoogle Glassで撮影して本社に送信し、本社から送られてくる指示情報をGlassの画面上で確かめながら作業を行いました。音声指示で作動するGoogle Glassの活用によって、ハンズフリーで作業を進められるため、業務効率化の効果が期待されていたといいます。

 しかし、実際に現場でテスト運用を行うと、机上では想定していなかった作業現場の騒音、風、太陽光が影響し、「Google Glassへの音声指示が通じない」「光の加減で画面上の指示が見えない」といったクリアすべき課題が明らかになりました。

 このように、POCで期待していた結果が得られない場合、軌道修正が可能であれば、きちんと課題を洗い出し、PDCAを回しながらプロジェクトを進めることがポイントになります。そうした意味では「ダメだと分かることも成果の1つだ」と赤松氏は話します。

実運用に近い環境で検証する

 実運用の段階で、検証時と乖離(かいり)した結果が出てはPoCの意味がありません。そうした誤算を防ぐために、検証時にはなるべく実際の運用時に近い環境を用意することが必要です。

 とある企業では、ウェアラブルデバイスから得られたデータを活用した新サービスの検証時に、ユーザーのトライアル期間を設け、実際の利用継続率を計ったといいます。実際にユーザーの利用状況を追うことで、アンケート調査では分からない課題が見えただけでなく、利用継続率への影響を計測しながら改善を積み重ねることができました。

 また、ITツールの社内導入といったプロジェクトでは、新規事業室や、経営室のような現場から離れた担当者で構成された部門ではなく、実際にツールを利用する事業部門の参画が重要です。ツールが導入されることで業務が変化する従業員は誰なのかを意識し、その業務を知る人間をできるだけPoCに巻き込むことで、検証ポイントや課題も早期に可視化され、早い段階で不安要素を解決できると赤松氏は話します。

 世の中で次々に登場する新しい技術をいかにビジネスに適用できるかが企業の命運を分ける今、その技術を活用し本当に効果を創出することができるのか確かめる上で、PoCの重要性も増しているといえるでしょう。「概念実証」という意味を持つPoCですが、正しい投資判断をするためには、机上の空論で終わらせず、実運用に近い環境を用意し、目的に合った段階を踏んで不確実性をつぶしていくことが重要になると両者は説明します。

お話を伺った方

高橋弘樹氏

 野村総合研究所 産業ITコンサルティング部 システムコンサルティング事業本部 主任システムコンサルタント

赤松勇弥氏

 野村総合研究所 システムデザインコンサルティング部 システムコンサルティング事業本部 副主任コンサルタント


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