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RPAに必要なのは「答えではなく問い」―『デジタルレイバーが部下になる日』著者に聞く

» 2018年06月11日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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求人検索サイトのIndeedが2016年、世界の企業勤務者から寄せられた職場への評価1,000万件から集計した「仕事の満足度」ランキングにおいて、日本は先進国・新興国の35カ国中最下位となっている。日本からの回答者は年齢中央値が45歳と他国に比べ高く、さらに働く本人の幸福度に最も影響している要素は世界共通で「ワークライフバランス」だったという。不名誉な結果は、家庭への責任がある日本企業の働き手たちが少子高齢化のあおりで職場の若手にも頼れなくなっている窮状を示したものといえそうだ。

産業や人口の構成が様変わりし、ライフスタイルも多様化している現在のわが国で、かつての成功モデルに代わる働き方をいかに見いだすか。人材サービス会社のキューアンドエーワークス株式会社(東京都渋谷区)社長で、著書『RPAが起こす第4次産業革命 デジタルレイバーが部下になる日』(日経BP社)を2018年2月に刊行、一般社団法人日本RPA協会の理事でもある池邉竜一氏に聞いた。

RPA拡大戦略では「現場視点」の議論が欠けている

−PC上の定型作業を代替するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の登場を機にした、人間の働き方の再定義をテーマにした新刊では、年代も境遇もバラバラな男女3人が登場。RPAツールを仮想的な知的労働者(デジタルレイバー)として使いこなし、自身の稼働日や時間、場所などを相当自由に決めて働く様子が描かれています。

はい。プロフィールの細部は変えていますが、いずれも当社に所属する正社員をモデルにしています。デジタルネイティブ世代でITスキルを持て余していた若者や、今後のキャリアに不安があった“アラフォー”の元事務職女性、さらに前職で心を病んで再起を図っていた父親が、デジタルレイバーを「部下」にすることによって従来と違った働き方を選べるようになったという実例です。

−RPAそのものよりも、活用する「人」に焦点を当てた内容が新鮮でした。

私の会社は2016年初頭よりRPA開発エンジニアの派遣事業などを手がけていますが、より安定した地位である当社の正社員としてRPA導入企業の支援業務に就いてもらうなど、新たな形での雇用創造に努めてきました。RPAの普及を考える上では「経営」「運用」「現場」という3つの視点が重要ですが、経営視点でのRPAが人手不足対策として連日メディアを賑わせ、運用視点からの実践的な取り組みも着実に進んでいる中、現場視点の議論だけが足りていないという個人的な問題意識がありました。

「RPAを採り入れることで、働く人がどう幸せになるか」を考えてほしい、そのためのヒントを提供したいというのが、今回の刊行の理由です。幸い多くの読者の方から「分かりやすい」「RPA導入に際しての人材育成について理解できた」と反響をいただいているところです。

RPAで必要なのは「答え」ではなく「問い」

−ここ2年ほどでブームとなったRPAは、早くも国内大手企業への導入がほぼ一巡する勢いです。その背景と、今後の展開についてどうご覧になりますか。

国内で現在、RPA導入の成功事例とされているのは「グローバル企業」「BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)」「金融業」の3分野です。それぞれ「世界共通のオペレーションが必要だから」「社内業務の一部を切り出したから」「不正防止のためあらゆる手順を検証可能にしたから」と理由は異なりますが、RPAの導入以前から事務作業の可視化・標準化を進めていた点では共通しています。定型的で膨大な事務作業の流れを整理していたからこそ、ロボットへの置き換えがスムーズに進み、自動化のメリットをすぐ感じることができたのです。

人間にとって何より貴重な時間をムダに使わないよう、本当に人がなすべき仕事のほかはどんどんデジタルレイバーに委ねていくべきだと私は考えています。ただ今後、中小企業を含めて全国にデジタルレイバーを普及させていく上では、上に挙げたようなRPAの即効性が見込める業務以外への応用にチャレンジしていくことになるでしょう。東京をはじめとする大都市圏以外では、そもそも大量の定型業務を処理している企業が少ないという事情もあります。

デジタルレイバーを仕事の中のどこで生かすか、ある程度の類型化はできますが、どこの現場にも通用する絶対的な模範解答はありません。ですから、これからのRPAの活用にあたっては「答」ではなく「問うことそのもの」を学ばなくてはなりません。その意味でRPAの活用は極めて学問的であり、哲学の実践と言ってもよいのではないでしょうか。

−哲学と聞くと、大それた話にも聞こえますが…。

決して大げさではありません。私たちはみんな「同じ人間」といっても、一緒の薬を飲んで効き目が違うようにさまざまな個人差があり、それは仕事上の適性や配慮すべき事情にも現れます。また逆に「RPAでもできる退屈な単純作業に就いているときの人間は、ロボットと何が違うのか」という見方もできるでしょう。

「人間とは何か」「人が生きている間に何をすべきか」は古代ギリシア以来、哲学の一大テーマでしたから、「人が・ロボットが何をすべきか」という問いは哲学そのものだというのが私の考えです。

RPAの導入に取り組む企業のマネジメント層には「ビジネス」「テクノロジー」「人事」という3領域にまたがる複合的な知見が必要です。ただ、これは平たく言えば「業務のどこを自動化すればよいか考えられる」ということ。自社のビジネスと人事について、多くの管理職の方が既にご存じだと思いますので、あとはデジタルレイバーと人間が協働する意義を踏まえて可否のジャッジメントをすればよいということです。個別のRPAの実装については社内で対応できる人材を育て、場合によっては社外のエキスパートの力を借りてもよいと思います。

定型作業の代替から「手が回らなかった仕事への拡大」へ

−経営・運用・現場の各レベルで、RPA導入への足並みや意欲がなかなかそろわない場面もあると思います。実際の導入支援ではどのような対策をしているのですか。

いきなりRPAを持ち出すのではなく、まずは現場の担当者に効率化したい業務を書き出してもらうようにしています。どこにムダがあり、何を解決すべきかというターゲットを認識することで、現状を変えようという業務改革への機運が出てくる。その次の段階として、RPAの適用を検討すればよいと考えています。

−大都市圏以外の地域は業務効率化に対するニーズが異なるとのお話がありましたが、デジタルレイバーの活用が有望な新領域はありますか。

実店舗以上にECサイト経由の販売が増えているのは全国的な傾向ですので、手間がかかる単純作業であり、なおかつRPAの得意分野でもあるWebサイトの自動巡回などは有望な用途だと考えています。

これまで就職難の時代が長く続いたせいか、大都市圏以外では総じて、既存の業務を効率化することへの警戒感が強いという印象も持っています。ですからデジタルレイバーの活用イメージも「合理化」よりは「今まで手が回らなかったプラスアルファの業務」を強調したほうがよいかもしれません。「こういうこともできるのか、ならば使ってみよう」と言っていただけるのが理想です。

−デジタルレイバーを活用しながら、私たち一人ひとりがどう働いていくか。最終的には各自の問いに委ねられていると思いますが、あえて最後に少しヒントをいただけますか。

「時間拘束への対価を得る」という労働観のままでは、24時間・365日休まず働けるデジタルレイバーを前に人間の勝ち目はないでしょう。人にしかできない創造性の発揮に専念するため、本来人間が不得意な仕事を任せる部下としてデジタルレイバーを使うのが基本になると思います。

言い換えると、デジタルレイバーと協働する人間は「時間を基準に働くこと」から解放されなくてはいけません。拘束時間に代わる尺度として、新たな発見・取り組みといった創造性の成果をどう評価するかという難問も残されていますが、まずは全国あらゆる産業の現場で「うちでもデジタルレイバーが使えないか」と話題にしていただくことを願っています。

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