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AIに採用を任せて大丈夫? 運用方法と導入事例

AI技術を採用活動に生かすことで得られるメリットとは。また、AI(人工知能)による評価の精度や人間がAI採用を攻略してしまうリスク、AIを採用に活用する際の注意点なども紹介する。

» 2018年09月25日 10時00分 公開
[吉村哲樹オフィスティーワイ]

 機械学習や深層学習をはじめとするAI技術を採用に活用する動きが増えてきた。その進化は目覚ましく、次々と新たなソリューションが登場しては注目を集めている。

 例えば、NECの「NEC Advanced Analytics - RAPID機械学習」(以下、RAPID機械学習)やInstitution for a Global Societyの「GROW360」、タレントアンドアセスメントの「SHaiN」などは、企業において実際に効力を発揮している。

 本稿は、その効果を事例を交えながら掘り下げたい。また、AIは正しい審査を行えるのか、人間がAIをだますというリスクはないのかということについても言及する。

初期選考の自動化による採用活動の省力化

 書類審査を中心とした初期段階の審査において、AIでスクリーニングを行うことでミスマッチを最小限に止め、本来注力すべき業務に労力や時間、コストを回せる。

 例えば、就職活動支援サイトを通じて大量に送られてくるエントリーシートのチェックや審査をAIによって自動化することで、省力化が期待できる。この分野では、NECのRAPID機械学習が実用化されており、既に多くの実績を挙げている。これは、過去に審査した応募書類のデータと、それらの合否結果を教師データとしてAIのディープラーニングエンジンに学習させ、新たに送られてきた応募書類をスコア付けするサービスだ。

 エントリーシートの代わりに、スマホの診断テストで学生のデータを収集し、AIによって評価のバイアスを除去できるサービスもある。GROW360は、応募者による自己診断テストに加え、複数の第三者による評価アンケートを実施し、データを機械学習にかけて応募者の気質や25の行動特性を可視化する。AIが人に代わって面接を行うSHaiNでは、深層学習でプログラミングされたAIが「戦略採用メソッド」の原則に基づいて質問を繰り出し、応募者の回答を判断し面接を進行。その結果を基にレポートを作成し、応募者を11の項目で評価する。

 採用担当者は、AIがはじき出したスコアや人物評価の結果を判断材料にして、その後の選考に通すべき応募者を選抜できるため、今まで書類選考や一次面接などの初期審査にかかっていた時間を丸ごと創出できるというわけだ。その結果、応募者を二次面接以降でより丁寧に評価することに注力したり、内定者のフォローアップなどを行ったりすることに時間や労力をかけて、採用活動全体の品質を向上できる。

マイナー学部の学生も採用、優秀な学生を全国エリアから募る

 AIが一次面接などの初期選考を代行することで、面接にかかる場所や時間といった制約を取り払えることも大きな効果だ。面接の時間や場所をわざわざ確保する必要がなくなるだけでなく、応募者は好きな時間にどこからでもスマホで診断テストや面接を受けられるため、エントリーのハードルが下がり、応募数の増加も見込める。

 この効果は、大量に面接の数をこなさなければならない企業もさることながら、学生集めに苦労する企業にとっても大きいメリットだ。例えば、人気企業と面接日時がバッティングするような心配もなくなり、学生を集めやすくなる。

 これまでアプローチしきれなかった全国の優秀な学生を募りやすくなるだろう。例えば、あるインターネット企業では、GROW360によるスクリーニングを活用することで地方の学生からの応募が前年と比較して4倍に増加した。

 ある鶏卵大手の企業は、ターゲットである農畜産系の学部卒業生が地方の大学キャンパスに散っていることから欲しい人材を獲得できない状況に頭を抱えていたが、AI面接サービスSHaiNを導入することで、自社が欲しい学生を採用できたという。

人間が取りこぼす優秀な学生もキャッチ……バイアスのない公平な判断ができる

 AIによる評価によって、人間ではありがちな評価判断のブレやバイアス、採用担当者ごとのクオリティーの差を取りのぞけるという期待も大きい。しかし気になるのは、AIによる審査の精度だ。データに基づいた客観的な評価が可能になるとはいえ、その評価によって本当に自社にマッチした人間を見つけられるのだろうか。

 ある事例では、GROW360によって新卒採用の応募者全員を審査した結果と最終的な人事評価結果を見比べた結果、内定者はGROW360によるスクリーニング結果でも上位30%以内にいることが分かり、一次面接をGROW360で代替できることが証明された。

 ある航空会社では、書類審査の時点で落とした学生がGROW360では自社との親和性が高いと判断されたため面接を行ったところ、面接官の評価が満点だったこともある。少なくとも選考初期の段階では、AIを活用することで精度の高いスクリーニングが可能になり、人間が取りこぼしていた優秀な学生をキャッチする可能性も広がると分かる。

インターンシップにおける優れた人材の発掘に

 近年、優秀な学生を少しでも早く発掘して採用するために、インターンシップ制度を実施する企業が増えている。こうした場にも、AIを活用できる可能性が広がっている。

 例えば、インターンシップの参加者同士で互いの評価を、GROW360を通じて入力し合い、「協調性と独立性」などの気質診断と合わせた分析を行うことで、参加者個々人の伸ばしやすい行動特性が見いだせるようになり、いち早く自社に合った人材を確保できるようになるのではと期待されている。また、大手食品メーカーはSHaiNによって、インターシップ中に学生の資質を見抜き、本面接への意向を高めることに成功している。

成長ポテンシャルの分析結果のイメージ 図1 成長ポテンシャルの分析結果のイメージ(出典:Institution for a Global Society)

コラム:人間がAIにうそをつけるのか

 AIを採用に活用するサービスでは、応募者がAIをごまかしたり、出し抜いたりする対策法も研究されるのではと危惧するかもしれない。無意識のうちに文章量を多くしたり、AIが審査するに当たって有利な回答をする人も現れるだろう。

しかし、少なくとも今回紹介したサービスでは、AIをごまかすことは難しいという。例えば、GROW360では、自身でも認識できない潜在意識まで可視化する上、故意に印象を操作しようとして偏った回答をすれば、バイアスのかかった評価を補正する。また、全体的にやさしい評価をする人、厳しい評価をする人など、評価者の傾向に合わせ「評価者を評価する」モデルを構築してデータを補正しているため、自分の気質や行動特性を偽ることは難しい。

自己評価と他者評価の乖離(かいり)から内定者を分析 図2 自己評価と他者評価の乖離(かいり)から内定者を分析(Institution for a Global Society)

 またSHaiNでは、AIが「戦略採用メソッド」に基づいて応募者の回答内容を深掘りするため、ウソの内容を話すと途中で整合性がとれなくなり、「先ほどウソをいいました」と白状した学生がいたほどだ。ちなみに、SHaiNの面接を受ける学生の中には、面接相手がAIだからと油断して、テニスコート上やカラオケボックスで面接を受けた人もいたという。AIで採用をすることで、本質が見えるケースもあるということだろうか。

従業員の関係性を図式化……従業員の離職の予測、予防に

 前述したサービスは、採用した人材が入社後に離職することなく、長く職場に定着するための施策にも活用できる。

 既に社内で働いている従業員の働きぶりをAIによって分析し、離職の予兆を検知する取り組みも各所で始まっている。この場合も、あらかじめAIに学習データを一定量与えてモデルを構築し、最新のデータをぶつけることでスコア付けを行う。

 学習データは、自社における過去の勤怠情報や健康診断の結果データ、PCの利用履歴、家族構成や年齢といった各種プロファイル情報などが該当する。これらを「実際にその従業員が離職したかどうか」の情報とともにAIに与え、離職スコア付けを行うためのモデルを構築する。このモデルに従業員の最新データを与えると、その従業員が離職する確率をAIが自動的に割り出してくれる仕組みだ。

 例えばNECのRAPID機械学習は、ある企業のコールセンターにおける離職者の予測と防止のために活用されている。コールセンターのオペレーターは、一般的に離職率が高い職種だといわれているが、この企業ではオペレーターの業務記録やプロファイル情報を基にAIで離職スコアを割り出し、スコアが高いオペレーターに対して個別に対応することで離職を予防する取り組みを進めている。

離職のリスクを分析 図3 離職のリスクを分析

(出典:NEC)

 またGROW360では、誰が誰を評価しているのか、評価依頼ネットワークを可視化することで、従業員の関係性も浮き彫りになり、孤立する社員の発見に役立つという。同様にこの試みを内定者に行えば、早期のケアも可能だ。

内定者のネットワークを可視化 図4 内定者のネットワークを可視化(出典:Institution for a Global Society)

採用コストを5分の1に……人材と働く場のマッチングのために

 応募者と企業とのマッチング、あるいは従業員と配属部署とのマッチングにAIを活用する事例も増えてきている。RAPID機械学習を採用したある人材紹介会社は、過去に企業に紹介した人材の応募情報やプロファイル情報と、その人材が入社後にどの程度の成果を上げたかの評価情報をAIに学習させて、人材と企業の相性をスコア付けする取り組みを行った。その結果、クライアント企業の採用コストを5分の1にまで削減したという。

 企業の人事部門においても、採用した人材の経歴や資質、個性などがより生かせる配属先を、AIを活用して判断するケースが出てきている。例えば、各部署で活躍できる要件を、既に活躍している人物のGROW360の診断結果から割り出し、その要件に合致する人物を配置するというユースケースもある。あるいは、人材のポートフォリオを作成し、足りない気質を持つ人物を配置するという活用法もあるだろう。こうした取り組みを進めることで、従業員の意欲や生産性を向上させ、会社全体の成長に寄与できることが期待される。

AIを採用に活用する際の注意点

 以上でみたように、AI技術は企業の人事業務に新たな価値をもたらしてくれる可能性を秘めている。また学生側も、AIに評価されることに対して拒否的な反応は少ないという。

 SHaiNを提供するタレントアンドアセスメントによれば、AIにどう評価されるか不安という声はあるものの、話し下手な学生にとっては自身をアピールできるチャンスが広がるといったプラスの声も多い。従来の面接は企業本位でスケジュールが進むため、学生からは「上から目線」に捉えられることもあるが、いつでもどこでもAI面接を受けられることで、面接に対する印象も変わるという。

 また、対面の面接のように印象に左右されたり、圧迫面接などで緊張したりするリスクも減り、面接官によるハラスメントなども防止できるということで評判は高いようだ。

 しかし、これらのサービスは登場して間もなく、評価が定まっていない面も多いため、現段階では導入に慎重になる企業も多いことだろう。そこで以降では、採用プロセスにおいてAI技術の導入を検討する際、留意すべき点を挙げる。

最終的な合否判断はAIではなく人が行う

 「人の評価を機械が行う」ということに対して、現在ではまだ違和感を抱く人々が多数を占めている。たとえ具体的なサービスを導入していても、そのことを社外に公開していない企業も多い。このようにAIによる人事評価は、その技術の信頼性以前に「社会的な合意」「責任の所在」といった課題が常に付いて回る。

 従って、現時点ではAIの活用はスコア付けやデータとしての可視化といった「参考情報の提示」にとどまっており、最終的な合否の判断はそれらの情報を参考に人が行う必要がある。導入に際しては、テクノロジー以前にこうした社会的な文脈にも目配りしながら、その活用法を慎重に検討すべきだろう。

優秀な人物ばかりを採用する失敗……AIの出した結果をどう料理するのか

 AIが出した評価結果をうまく活用するには、自社がどのような特性を持つ人物を必要としているのかさまざまな観点から定義しておく必要がある。例えば、SHaiNを使って採用を行った企業を例に出すと、自律的に行動できることを優秀さの基準として「自主独立性」に注目し採用を行ったが、「柔軟性」という要素を見落としたばかりに、採用した学生の多くが3カ月以内に辞めてしまったケースもある。多くの視点から、AI評価の材料をどう生かすのか戦略を練ることが必要だ。AIが出した結果を読み解き、料理する能力を培うためのコンサルティングを提供するサービスもあるので利用したい。

ディープラーニングの「ブラックボックス」の問題

 採用の分野におけるディープラーニングは大量データを基に、人では気付きにくい新たな着眼点からも審査を行うことで、従来は書類審査や面接で取りこぼしてきた優秀な人材を確保できるメリットがある。しかし、AI技術としてディープラーニングを採用しているサービスにも留意すべきポイントがある。

 ディープラーニングでは、「なぜその評価結果に至ったか」のプロセスはブラックボックス化されており、現時点では人間が容易にうかがい知ることができない。つまり現時点のHRテックは、「なぜその人に対してAIがこういう評価を下したのか」を明確に説明する術がないのだ。ときに人の一生を大きく左右するかもしれない人事評価において、こうしたいわば「責任の所在」が不明という状況は望ましくないと考える人々も多い。

 前項で述べたように、AIはあくまでも参考情報の提示に留め、最終的な判断は必ず人の手に委ねるようにする理由の1つには、こうした技術的な制約もある。ただし、ディープラーニングのブラックボックス化は採用分野に限らず、さまざまな分野で課題として指摘されており、モデルの解読法の研究が進められている。将来的にこれが実用化された暁には、採用や評価におけるディープラーニング活用への見方も大きく変わる可能性があるため、このあたりの技術動向にもぜひ目を配っておきたい。

HR分野のAI活用、真の評価が定まるのはこれから

 HR分野におけるAIソリューションが他の分野のそれと大きく異なる点に、効果が出るまでに長い年月がかかることが挙げられる。「その画像が猫かどうか」の判断の妥当性は、画像を見た瞬間にすぐ判別できるが、「その人材が果たしてその会社(あるいは部署)とマッチしたのか」を評価するには、その人材がその会社(あるいは部署)で一定期間働いた後に、その成果やパフォーマンスをあらためて測定、評価する必要があるためだ。今後1〜2年の間に導入されたAIのサービスを使って採用した人材が、さらに3〜5年後に仕事でどれほどの成果を挙げているのか。そこに至って初めて、実効性のほどが正確に評価できるようになる。

 今は、技術的にもまさに発展の途上だといえる「採用×AI」の分野だが、今後はより多くの実績が出てくるだろう。そうした時に、AIが人間に置き換わるのではないかという懸念や不安の声も必ず上がるはずだ。

 しかし、AIは単に人の仕事を奪い、代行する存在ではない。本稿で紹介したように、その存在によってたった5分の面接で学生を判断しなければならないような状況が解消され、公平なスクリーニングの後に、人間が学生をきちんと評価して自社に合った人材を「選び抜く」ことが可能になる。すなわち、AIは、今まで人間では対応ができなかった部分のケアを可能にし、ひいては採用活動全体のクオリティーを上げる存在となる可能性を秘めているのだ。今後も、その動向に注目したい。

コラム:AIで変人採用も可能に?

 「変人採用」という言葉がある。変人を採用するというのは聞こえが悪いが、いわゆる他の候補者とは全く異なる基準で特定の人物を採用することだ。従来は、面接官の直感などで行われることが多いが、AIによる人物評価のスコアを基に戦略的な「変人採用」が可能になるかもしれない。例えば、「外交性」という行動特性のスコアが人と比べて特段に高い人物は、新しいものに目を向ける「イノベーション人材」であることが多い。今後は、ある特定の行動特性が高い人物を採用し、各面で力を発揮する人材を集めるという戦略的な採用も可能になるのだ。

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