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肩越しに手元を見ながら作業を教えてくれる 「遠隔操作ロボット二人羽織」って何?5分で分かる最新キーワード解説(3/3 ページ)

» 2019年03月13日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
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Fusion開発の背景

 Fusionを開発したサライジ氏は、シリアのダマスカス大学コンピュータサイエンス部出身だが日本での生活が長く、日本語も素晴らしく堪能だ。この開発の背景について聞いた。

 「ヒューマンオーグメンテーション(人の身体の拡張技術)研究の一環として、テレプレゼンスやテレエグジステンスの研究を、慶應大学だけでなく東京大学の稲見昌彦教授などの国内研究者とともに進めているところです。Fusionは科学技術振興機構(JST)などの支援を受けて実施したテレエグジステンスによる人と人とのコラボレーションをテーマにした研究の成果です。ロボット技術を使ったヒューマンオーグメンテーション研究の多くは拡張した人間の身体を、その人自身が動かすことにフォーカスしていますが、今回は、ある人が他人に遠隔から動作を教示したり、動作を誘導したりできるウェアラブルロボットの実現の一步になりました」。

 人間の能力の拡張という研究領域では、脳波によるロボットアームの操作成功事例が数年前に話題になり、BMI(ブレインマシンインタフェース:過去記事参照)技術を使ったリハビリシステムなどが実用化されているのをご存じのことと思う。一方ではロボットを人間の分身として遠隔操作するテレプレゼンスロボットシステムも多くの研究開発が進んでいるところだ。サライジ氏などの研究グループは、これまでもそうした技術を使って成果を上げてきた。Fusionの下地になったのは、同様に背中に装着したロボットアームを、背負った本人の足の動きで操作する「MetaLimbs」(2017年)である。これは足に取り付けたセンサーにより、足の上げ下げや足指の屈曲動作をロボットアームの動作に結び付けた操作システムだった。これはあくまで自分で、拡張された自分の腕を操作するものだが、「千手観音」ウェアラブルロボットなどと呼ばれて話題になった。その操作者を他人に代えたのが、Fusionだと考えてよい。

ユースケースと今後の研究開発

 Fusionのような遠隔操作ロボットアームの実用化はまだ先の話だが、大きく2つのユースケースを目標に、今後の研究開発が進められる。1つはリハビリテーションの現場の機能訓練である。歩行などの方向教示や、手元の細かい作業の動作教示、直接腕を支持しての動作支援などが、遠隔から対象者の視覚を共有しながら行えることにより、1つの新しい機能回復プログラムに発展する可能性がある。またリハビリ患者や障がい者でなくとも、同じ目線で手元を見ながら、しかも機械とはいえ人の手と同じように動くロボットアームも使いながら行う共同作業によるトレーニングは、主に視覚と聴覚によるしかなかった遠隔教示の方法に新しい可能性を付け加える。

 またもう1つは、手作業が必要な職種のエキスパートの人の手技を、正確に伝えることだ。実際に先生がそばにいなくても、生徒の手元を見て、ロボットハンドを援用しながら教えることができる。多くのFusionで一斉に先生の動作を再現することができれば、多人数での研修に使うこともできそうだ。

 ただしコストとサイズ、重さ、動作の精密さの面では課題が多いのも事実だ。現在のところハードウェアコストが約600万円とのことで、量産化すればコスト低下するとはいえ、数年後には一家に1台というような普及は考えられない。実用化されるとしてもまずは特定施設内での利用にとどまりそうだ。一方、サイズや重さについては、材質を変えることで、ある程度解決可能になりそうだ。現在の状態でもバックパッカーとして旅や山登りをする人ならそれほど負担に感じないかもしれないが、身体障がい者が立って使用するには少々つらいだろう。リハビリ用途では、天井からつるして体に負荷がかからないようにする方法もあるというが、それにしてももっと軽くて小さいほうが望ましい。

 またロボットハンドの操作はかなり難しく、自由度が今のところ小さいのが課題だ。これについてはバイオフィードバック機構を備えたデータグローブを開発中という。5本の指の動きを再現し、モノをつかむ感触をデータグローブ側に返すシステムとなる見込みだ。これなら柔らかいものでも力を調節してつぶしたりせずにつかむことができるだろう。

 バイオフィードバック機構は、安全性にも寄与する。現在はハードウェアとソフトウェアそれぞれに力のリミットを設けて、身体に危険のない動きをする配慮をしているが、操作者の側にアームやハンドの感触が伝えられれば、操作者側の判断でもっと繊細な動作が可能になり、危険を予見して避けることも可能になるだろう。

 遠隔地間での身体的な情報の伝達は、視覚や聴覚だけでは不十分。その限界を超えてコラボレーションできるのがFusionの利点だ。他人の視点を共有することと、他人の身体動作を身近に感じることは、人間どうしの共感や理解を促進する効果もある。EラーニングやAR利用のトレーニングシステムの先に、ロボティックスを加えた新しい可能性が見えてきた。

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