セブン銀行はAIによる業務再編を前提にATMを刷新する。将来は自社スタッフ全員が「電卓のように」AIを使う世界を目指すという。ATMが変わるだけで、どこまで企業が変わるかを聞いた。
セブン&アイ・ホールディングス傘下のセブン銀行はコンビニエンスチェーン店舗設置型ATMの事業で国内最大手だ。600以上の金融機関と提携、全国に約2万5000台のATMを展開する。
コンビニなど店舗内のATMは、店員の関与の必要がないフルリモートオペレーションが実現しており、銀行ATM同様のサービスが24時間いつでも利用できる。銀行口座を介さずに企業からの送金(返金など)を直接受け取れる「ATM受取(現金受取サービス)」や「電子マネーチャージ」など数々の新サービスの提供を実現してきた。2019年秋をめどにさらにスキャナー、顔認識可能なカメラを実装した新型ATMを投入する予定だ。
同社が約3年前から注力するのが自社サービスの運営や新サービス開発へのAIの適用だ。
コンビニATMを軸にしたサービス展開の背後にあるのが、同社独自のAI技術だ。セブン銀行 専務執行役員の松橋正明氏は「市場の“ウォンツ”からサービスを考えてきた従来の当社のアプローチとは異なり、AIは"技術ありき"でサービスや製品を考えるアプローチが適している」と語る。
サービスや製品を考える際は、何らかの社会課題や事業課題の解決に必要とされるもの(=ウォンツ)を起点にするが通常の道筋だ。
だが、ことAIに関しては「何ができるか」を描き、自社が保有しているデータを使って試行してはデータ再構成を繰り返し、トライアンドエラーにより最適解を探していくアプローチを採るべきだ、と松橋氏は語る。そもそも松橋氏はAIへの取り組み当初に、当時注目された自動車(模型)のコース学習デモを見ながら「AIは破壊的技術。これを使いこなさなければ淘汰(とうた)されてしまう」と危機感を持ったのだという。その直感がAI開発へと向かわせた。
ATMサービスには、提携各社のシステムとの連携開発だけでなく、営業、機器設置、システム開発/改修、運用/管理/保守などさまざまな業務が関連している。それらを理想的な姿に変えていくために、AIに何ができるかを考えた。
同社には、AIの学習材料として現状で使える情報として、ATMの利用件数やICカードを使った取引件数、海外カード取引件数、取引金額、特定取引件数・金額、その他のATM計数データなどがあった。
「簡単なものから始めるというアプローチもあるが、当社は業務インパクトを重んじて、効果が大きなものを選んで取り組むことにした」(松橋氏)
現場の提案をあえて求めず、「かつてIT化に失敗したもの」「難しいができそうなもの」を、勘を働かせながら候補にした。実施の候補は図1に示したA〜Dの4つだ。
これらテーマは2018年時点で既に公表していたもの。現在はサービスの運用を始めており、それ以外についても本番展開に向けた検証が進んでいる状況だ。本稿ではこのうち、現在本稼働を目指して検証が進むA〜Cの領域を紹介する。
図1を見ると分かる通り、いずれも蓄積データを元に分析モデルを作るのだが、各テーマで、学習に利用するデータの性質が異なる。またその「出口」である目的も異なる。
蓄積データを活用して分析モデルを最適化するタイプのAIの場合、精度を高めるには繰り返しデータや処理結果を評価して精度を高める必要がある。一度何らかのデータを学習させればすぐに実践で使えるわけではなく、学習させるデータの扱い方や分析手法の検討、学習モデルの最適化などの工程は、データサイエンティストらによる非常に泥臭い作業も必要だ。
松橋氏は「未完成だった技術を試しつつ、データの有用性も検討しながら進めた」というが、「裏では苦しい局面がたくさんあった」と立ち上げ期の苦労を振り返る。
AIを「モノにする」には、実データを元に苦労なしには得られない経験値が重要だ。「“技術ありき”でAIを扱ってから具体的なサービスや製品を考えるアプローチ」はこの意味でも重要だ。
セブン銀行でもAIを試したことで、いくつかの経験則を得たという。
1つは、予測最適化の近道が「結果と現実との乖離からデータの有用性を視覚化して最適に調整していく「データ再編」アプローチにあるという点だ。
例えばテーマA「現金マネジメント」を考えてみよう。
原則として24時間稼働するATMは、引き出す現金が足りなくなればサービス提供ができなくなる。そのため、事前に現金の必要量を予測して計画的な物流によって常に適量の現金を配送しておく必要がある。
松橋氏は「当初は入出金の予測だけを目標にしたが、検討するうちに現金マネジメントの全体を対象にリデザイン(再設計)する必要性が見えてきた」と語る。
そこで、「異種混合学習」という、性質が異なるデータから規則性を発見してその規則に基づいて最適な予測を行う手法を採用した。異種混合学習はNECが開発した自動データマイニング技術の1つ。時系列データなどの中から、複数の異なる規則性を抽出し、分析モデルを最適化する。
通常であれば蓄積された「データの塊」を、分析用に手動で分類したり前処理を行ったりしながら条件ごとに学習用データを用意した上で機械学習を行い、予測モデルを準備する。用意した予測モデルは繰り返し実データで検証を行い精度を高めていくのが一般的だ。
一方、異種混合学習は、「データの塊」から直接、予測モデルを導き出す。データの規則性や分割方法の検討といった、データサイエンティストが手作業で実施しなければならない工程を肩代わりする。異種混合学習の場合、結果に対してどのデータをどう分割したか、あるいはどう調整したかといった処理(説明変数)をトレースできる点も特長だ。
下図のように、現状の業務フローの一部見直しを行いながら、AIによる精度の高い入出金予測、コース作成の自動化、自動帳票や自動補正の仕組みを作りこんだ。
判断基準となる説明変数を明確にすることでデータの分割条件や複雑さを調整したことで、正答率を高めている。
ATMでの取引量は、企業の決裁が多いいわゆる「五・十日」や給料日、最終営業日に出金が多く、給料日後や営業月初めには入金が多い傾向がある。
ゴールデンウイークや自動車税の納付時期など、月ごとのイベントにも左右される。この他にも桜の開花などの条件でも状況は変動する。突発的なイベントによる需要の変動が起これば、それを織り込んでいないAIの予測値と乖離が生まれる。この乖離状況すら可視化できれば予測精度をより高められる。
例えば既にある予測に対して「開花時期」を組み込めばより制度を高められるだろう。つまり、テーマA「現金マネジメント」で採用した「データ再編」は、予測しては結果を可視化し、現場の実態との乖離を可視化して調整することを繰り返して予測精度を上げていくアプローチだ。
過去5年分の取引データを利用した異種混合学習により、現在の正答率は「人間を超える程度に近づいている」という。一定の精度で実運用しながらチューニングを続けている段階で、精度向上が難しい部分は別に運用設計することも考えているとのことだ。
「完成しないと現場に入れられないと考えがちだが、実は逆で、現場に導入すると人間のノウハウが可視化されて予測精度向上のに役立つ。何度もだめかと思ったが、諦めないで何度も何度も実装し続け、データサイエンティストと議論を重ねながらいろんな手を尽くしてきた。結果的にはAI専門チームでなく、実運用チームが推進してきたことが良好な結果につながった」(松橋氏)
テーマBの「保守最適化」に関しては、画一的な保守ルールを廃止して最適化を目指す。具体的には、機器の定期点検や部品交換を「期間」を軸に運用する方法を廃止する目的で、故障予測を行い、予防保全に役立てる。機器停止前に最小限の保守時間でメンテナンスできれば稼働時間を最大化でき、さらに保守にかかる部品の調達量も最適化できる。
具体的には機器別の過去2年分のログを使った分析を行う。ここでいう機器別のログとは、ATMのセンサー情報、メカ駆動状況の記録、ソフトウェアの実行ログ、故障処置情報などだ。複数の異なる機器やソフトウェアから得られる、粒度や頻度が異なる情報であることから、やはり説明変数を定義して行う「異種混合学習」が有効だ。
業界の常識的なATM保守サイクルを廃止して、故障の予兆の前に修理が済むような適時保守を行うことでATMの利用時間を最大化するのが目標だが、現行の機器が持つデータだけでは予防保全型の運用を行うには情報が不足しているという。2019年秋に登場する新型ATMでは保守関連データをさらに豊富に収集できるセンシング機能強化を盛り込む計画だ。
「現有データだけではAIの最適化が実現できない。今後得られるデータを元に新たに『データの再編』を検討する」(松橋氏)
では新型機を投入してから計画を推進するのかというとそうではない。同社内には既に相当規模の検証環境を用意しており、それを「年」単位で検証する覚悟だ。
検証環境は使う側の企業が積極的に作るべきと考えており、当社では一切保守をしない端末を100台規模で運用して検証している。それでもすぐに定期点検をなしにはできない。結果が出るまで数年越しで対応する気構えも必要だ」(松橋氏)。
テーマCの「金融犯罪対策」ではATMそのものが独自に不正を判定するロジックを持つ仕組みを目指す。「ディープラーニングは特に画像認識においては破壊的な技術革新を遂げた。この技術はATMならではのセキュリティ対策と相性がよい」と松橋氏は評価する。
松橋氏は、ATMが「カード券面の情報」や「機器の前に立つ人物の顔」「装着物」「行動」「取引傾向」をセンシングして、不正行為などを判別することを目指している。判別には正常/不正取引データや画像データを元に「総合判定ロジック」を作って対応する
「(画像認識と処理の分野では)人間が見つけられない情報をAIは見つけられる」(松橋氏)
ただし、先ほどの異種混合学習と異なり、現在一般的に使われる深層学習は、処理の過程がブラックボックス化してしまい、結果に対する説明が難しい場合がある。しかし、こと不正や犯罪に関わる問題だけに、判定ロジックにも説明責任が求められることが予想されることから、公正さや論理的な正しさをどう構築するかが今後のテーマだという。
松橋氏は、これらAI活用技術の開発のポイントとして、「持続して成果を出せる体制・推進方法を考えながら変化させ続けること」「提案を募るのでなくリーダーが作るべきものを自ら考え、勘を働かせて軌道修正しつつ推進していくこと」「常識を疑い、未来を描いて推進して大きな成果を狙う」ことを挙げた。さらに「データの再編こそがゴールへの近道のはず。まだ100%の答えは出ていないが、2〜3年越しで答えを出せるように、自己変革を続けながら粘り強くやっていく」と語った。
同社のAI活用は新型ATMにとどまるのではない。一部外部パートナーとの共同事業としての座組みを考えながら、「オリジナル商品展開化を目指し、独自のサービスを提供していく」と、今後の構想を語る。
今夏にはコンビニで快適に使える決済アプリを提供し、グループ企業にもサービスの提供を進める。また海外人材の日本語習得から就業先紹介、毎日の生活までを支援する「one visa」サービスの一部として口座開設と金融サービス支援、信用スコアリング活用を検討しているところだ。
「AI開発チームは後付けでできたもの。まずやりたいメンバーが集まり、社内の各部門と交わりながら活動している。最終的には部や組織にとらわれず目的重視で協力しあう『ユニット』として活動できるのではないか。顧客ニーズの変化に対応し、競合との同質化を避けるアプローチをこれからも続けていく。最終的には社内人材の半分が、AIを電卓代わりに使えるようにしたい」(松橋氏)
注:本稿は2019年2月13日の「THE AI 3rd」(主催:レッジ、2019年2月24日開催)におけるセブン銀行 セブン・ラボ 専務取締役執行役員 松橋正明氏の講演「AI導入の工夫 コンビニ銀行の事業高度化アプローチは?」を元に編集部で再構成したものである。
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