顧客の満足度を測る新しい指標「NPS」は、今までの顧客満足度(CS)と何が違い、どう効果を生むのだろうか。効率の良いサービス開発に向け、顧客エンゲージメント指標を採用したKDDIの狙いを聞いた。
KDDIでは従来「CS(顧客満足度)1位」が目標だった法人事業の経営指標を、2016年から「NPS」(Net Promoter Score)の向上に切り替えてマーケティング、セールス活動に取り組んでいる(注1、2)。そもそもNPSは従来の指標と何が違うのだろうか。本稿ではまず、NPSそのものについて概要を整理した上で、KDDIが新たに導入した方法を見ていく。
これまで多くの企業が重視してきた顧客満足度(CS)は、商品・サービスを利用する顧客に、その使い勝手や機能についてよいか悪いか、評価を聞いていた。
NPSではさらに踏み込んで、顧客がその製品・サービスに対してどれだけ愛着を持っているかを数値化する。顧客には、「その製品・サービスを他者にお勧めしますか?」という質問を0〜10までの数値で回答してもらう。
10または9点を付けた人を「推奨者」、7、8点が「中立者」、6点以下を「批判者」として、(推奨者の割合[%])−(批判者の割合[%])でスコアを出す。
例えば、推奨者30%、中立30%、批判者が40%の場合、NPSは30-40=マイナス10となる。業界や製品ジャンルごとに、調査機関によるNPSの平均値が示されているため、自社の製品が顧客にどう評価されているかが分かる。
この計算式から分かるように、9または10点を付ける圧倒的な支持者(ファン)を増やさなければ、NPSを改善できない。逆に言えば他人に強くお勧めしたいぐらいの商品やサービスでなければ、顧客をつなぎとめておくことが難しいことを示している。それが現在、NPSを採用する企業が増えている理由でもある。
KDDIの調査でも、その傾向が明らかになっていたという。NPSの推奨者(9または10点)の層では全てのお客さまが契約の継続を選択するのに対して、批判的な層の中でも低得点(4以下)では半数以上が「次は他社を選ぶ」という結果が出ており、NPSの数値と売上、また契約継続傾向には明確な相関があることが分かった。
注1:本稿は2019年9月に都内で開催されたSAPジャパンのマーケティングイベント「SAP CX DAY 2019」での講演内容を元に再構成した。注2:「Net Promoter」「NPS」はベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標(本稿では略記)。
この調査結果をもとに、同社ではNPS経営に舵を切る。NPS向上施策を主導した、ソリューション事業本部の渡部友巌氏は、NPS浸透に向けての社内の課題は「調査方法の統一」「調査対象の拡大」「お客さまフォローの導入」の3点だったと話す。この3つを、KDDIはどう解決したのだろうか。
まず1つ目の調査方法だが、従来のCS調査は既に各部署がそれぞれの方法やタイミングでばらばらに実施していた。これを全社共通の方式に統一することで、評価の土台をそろえた。
次の調査対象の拡大は最も苦労したところだという。営業担当者は、どうしても懇意にしているお客さま顧客の調査を行い、良い結果を得たい持ち帰りたいと考える。だが、お客さま顧客全体の評価を得る必要があるため、より多くのお客さま顧客に広くご意見(アンケート)を頂く取ることが求められた。
営業担当にとっては、営業の日が浅いなどの理由で関係性の薄いお客さま顧客へのアンケートは気乗りがしない。回答が予測できないリスクがあるからだ。だがそこを押して「営業担当者には、お客さま顧客企業全体の評価がKDDIにとって重要だということを理解してもらい、アプローチしていただいた」(渡部氏)。
調査対象の拡大は2018年から実施された。結果は、幅広い部門からの意見が集められると同時に、想定されたことだがNPS評価は一時的に後退してしまった。
そこで3つ目のお客さま顧客フォローの出番となる。「従来のお客さま調査は主に分析に使っていただけでしたが、新しい仕組みでは、いままで見えていなかった批判的なお客さま層が明らかになったため、そこへのフォローアップをさせて頂き、中立または推奨者へと変えていくことができます。放っておけば離脱してしまうお客さまを、先回りしてつなぎとめることを目指せまる。これまでも調査で問題点が出てきたお客さまにはフォローアップをさせていただいてきましたが、良しあしの明確な基準がなく、対応も各部署の裁量に任されていた。NPS導入では評価の低い企業へのフォローアップのルール作りも必要でした」。(渡部氏)
同社ではNPS向上を軸にしたマーケティング活動の推進に当たり、当初は社内で開発した独自のツールを用いていたが、作業負担が重かった。そのため全体のシステムを見直すことにした。調査の結果、「NPS調査からお客さまフォローまでの運用という、われわれの要望に全て応えられるシステムは、クアルトリクス意外には存在しなかった」(渡部氏)と、クアルトリクス採用の理由を説明した。
渡部氏は同社のNPSの取り組みに関して「KDDIは幸い創業時からサブスクリプションモデルの会社である。従来は新規顧客の獲得を目指す『攻め』の活動が主だったが、同時に既存顧客を『守る』ことが大事になっている。NPSという指標をデジタルで運用することで顧客の評価を高め、契約を持続頂くことでサブスクリプションビジネスを拡張していきたい」と語った。
クアルトリクスは、オンラインアンケート・分析システムをクラウドで提供するソフトウェア企業。2002年に創業、欧州やアジア太平洋地域にも拠点を置き事業を拡大。2018年11月にSAPが買収を発表、2019年に正式にSAP傘下の企業となった。2018年には日本にも拠点を持っており国内の顧客も多く抱える。
同社の熊代 悟カントリーマネジャーは、マーケティングの分野では顧客の体験に関わるデータ(Experience=Xデータ)と、企業がこれまで蓄積してきた業務データ(Operation=Oデータ)を掛け合わせることが必要になっていると説明する。
「単に顧客満足度をアンケートで調査し、満足と答えた顧客が何%だったか、を把握するのが今までの顧客調査だった。だが、同じ満足度でも常連客の回答なのか、初めての顧客なのかによって意味が全く違う。アンケート結果(Xデータ)と顧客データ(Oデータ)を掛け合わせることで、それが見えるようになる」(熊代氏)
クアルトリクスでは、顧客アンケートの作成、配信、回答の分析、顧客や従業員のデータ管理、改善アクションの管理まで、1つのダッシュボードから操作できる。これにより従来は年に1回〜数回にとどまっていたアンケートも、必要な時にすぐに配信でき、分析レポートもリアルタイムに見ることができる。「ライドシェアのUberやLyft、個人間送金のVenmoなど、利用者の体験が画期的な魅力であるサービスが急成長している。これらの企業のように優れた顧客体験を実現するには、顧客の声を聞いて分析し、改善する必要がある。重要なのは、調査した結果をもとに改善アクションを日々の業務の中で無理なく行うことだ」(熊代氏)
KDDI以外にも、クアルトリクスの利用によってNPSスコアを向上させている企業が増えている。しかしB2Cと違い、B2Bの場合でも「他者へ推奨したい」という回答を得ることができるのだろうか。その点について熊代氏は「B2Cの調査の場合とは少し質問の内容を変える必要はあるだろう。B2Bの場合は顧客も1人ではないため、同じ企業内でも部署によって異なる評価を丁寧に聞き出すアプローチが必要だ」と語った。
顧客体験が重要だと言われるようになり数年がたつが、実際の企業活動に取り入れるには、全社的な意識改革と顧客体験をビジネスにつなぐシステムが必要だ。KDDIがいち早く取り組むNPS経営は、その成功例となるか。
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