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たった2年で全世界のグループ企業の会計を標準化した機械メーカーTHKは何を手掛けたか

「属人化した情報を基に長時間労働も厭わない決算手続きを担当する『スーパー経理部長』が存在する組織は会社から望まれていない」と断言するTHKの財務トップ。各国の決算業務でヘトヘトだった財務経理の仕事をどう変えるか。最新のデータを基に将来予測シナリオを提示できる強い財務経理部門を目指す同社が手掛けたのはどんな仕事か。

» 2020年10月05日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 1971年に東邦精工として事業をスタートしたTHKは、日米欧、アジアで機械要素部品の製造開発、販売を手掛ける機械大手企業だ。2020年8月25日には経済産業省の「DX注目企業2020」に選定されている。同社は約10年の歳月をかけて財務経理業務の改革を推進する。事業が拡大し、海外進出を強化する中で、目が行き届きにくくなりやすい海外拠点の会計情報を把握するために同社は何を変えたのか。

本稿はブラックライン主催のイベント「BeyondTheBlack TOKYO2020」における対談をベースにその模様を再構成してお届けする。聞き手はブラックラインの古濱淑子社長、話し手はTHK財務経理統括部の中根建治統括部長だ。

(左)中根建治氏(THK 執行役員 経営戦略統括本部財務経理統括部 統括部長)(右)古濱淑子氏(ブラックライン社長)

現金出納や手形などの地味な手続きから始めた改革

 中根氏は2005年に財務課長に就任している。就任した時点であまりの手作業の多さと、承認作業の煩雑さに参ってしまったことから、何らかの業務の見直しをしなければいけないと考えたのが、業務改革のきっかけだという。

 「当社は事業のグローバル展開を続けており、拠点が増える過程にありました。財務経理部門は多忙でしたが、その中でどう時間を作るか、忙しいからこそ無駄な作業を見つけてなくしていこうという意識がありました」(中根氏)

 そこで中根氏は、まず「課題一覧表」を作り、作業の無駄やムラを書き出すことにした。さらに書き出した無駄やムラの要因が何なのかを紙に書き出し、改善の難易度や期待効果、関与する人や組織を調べながら、付加価値の高い業務や負担の大きい業務に着目して効果が出やすい領域をさぐっていった。

 課題をまとめた後で最初に改革に着手したのは「厄介な現物」だった。「現物」とは具体的には現金出納と手形の手続きだ。

 「現金出納の作業は、時間はかかるものの付加価値は生みません。支払い手形の作業も同様です。このような部分の手作業のプロセスをなくす施策からとりかかりました」(中根氏)

図1 THKの変革への道

共通会計システムの導入、会計年度の全世界共通化へ

 このように徐々に財務経理部門の業務を改善してきた中根氏は、ついに2013年から「共通会計プロジェクト」をスタートする。このプロジェクトは全体で5〜6年をかけて国内外のグループ企業全体で標準化と可視化、統制強化を進めるプロジェクトだ。その背景には財務経理の合理化と最適化による組織力強化の狙いがあった。

 組織力強化は、2008年に発生したいわゆる「リーマンショック」による危機からの脱出を目指す取り組みの一環だった。

お詫び:公開当初、中根建治執行役員のお名前と肩書きに誤りがありましたので訂正し、再公開いたしました。関係者の皆さまには謹んでお詫び申し上げます(22 Oct 2020 10:21:52 +0900)

 「2010年はリーマンショックから立ち直り切れておらず、多くの企業が厳しい経営状況を改善すべく、効率的で強固な組織にしていく取り組みが盛んでした。当社も財務部門と経理部門を統合して財務経理部門を立ち上げ、その部門の部長職を私が務めました。私は財務畑のキャリアが長いのですが、経理の仕事と財務の仕事の違いに違和感がありました」(中根氏)

 中根氏が感じた違和感は、端的に言うと数字の「ズレ」に対する財務と経理の感覚の違いといえる。

 「財務では、キャッシュや為替を取り扱うときにはリアルタイムの情報を扱うのが当然で必要なのですが、経理部門では、国内は3月決算、海外は12月決算というように、違う時期の決算書をもって連結処理をします。日常業務も前例踏襲が原則でベテランの属人的業務になっているという印象も持ちました。つまり、情報がばらばらで属人的な手続きが多く、日常業務に加えて決算業務や監査対応に追われる状況だったのです。なんとかこれを改善したいという思いを強くしました」(中根氏)

 その頃の会計システムは各国各社でバラバラで、一部は老朽化した状態で使われていたという。ちょうど、日本ではIFRS(国際会計基準)の強制適用が話題になっていたことから、中根氏は「会計システムや会計年度、会計基準が共通化・統一されていないことが今後問題になる」という認識を持ったという。

 だが、課題認識はあったものの、中根氏もすぐに何に着手をすべきかが明確だったわけではない。書籍やセミナーなどの情報源をあさったり、会計コンサルタントと議論をして「業界のトレンド」を把握したりすることで、それとの対比から課題を把握していく。

 「業界トレンドと自社とのギャップを分析した結果として、システム、会計年度、会計基準の共通化を目的とする共通会計プロジェクトを立ち上げることになったのです」(中根氏)

内向きな組織を脱して全員に全体最適の視点を持たせる

 共通会計プロジェクトを立ち上げる際、もう一つ着手したことがあった。それは、地域や拠点を横断した財務経理部門のコミュニケーションだ。

 「経理に携わった時に強く感じたのは、決算開示前のインサイダー情報を扱う部門であるが故に仕事が内向きになりやすいということです」と中根氏が指摘するように、同社経理部門は機密情報を扱うため組織間の交流が乏しく、結果としてグループ全体の課題や最適化に関する意識が希薄になやすい状況だったという。各拠点の財務経理を統一することになるため、各拠点担当者と直接コミュニケーションをとり、意識をそろえる場はどうしても必要だ。そこで財務経理部門だけを集めたグローバルカンファレンスを開催し、課題意識を共有し、共通会計プロジェクトへの意識合わせを試みた。

 「各国各社の幹部が年に数回集まる経営幹部の定期ミーティングはありましたが、財務経理部門が集まることはありませんでした。現地各社は個別課題に取り組む姿勢はあっても、全体最適を見るスタンス、目線になっていない。グローバルカンファレンスの話は好意的に捉えてもらえました」(中根氏)

 プロジェクトはまず、グループ全体で共通の会計基盤を導入して情報がそろう状況を作った。次に会計年度を全世界の拠点で統一し、最終的にはIFRSを導入する、というステップで順を追って会計の共通化を目指すことにした。

 「共通会計システムを入れるプロジェクトだけで2年かかりましたが、全世界のシステムを統一するのはそれでも速いとされるほど大変な作業です。プロジェクトコードはTG1(THK Global One)とし、THKが作る唯一無二のシステムだということを表しました」(中根氏)

コロナ禍でも在宅でリモート監査を実現、「スーパー経理部長」に期待しない組織を目指す

 プロジェクト推進の渦中である2020年は変革のステップに位置付けられる。改革の途中でコロナ禍に見舞われることとなったが、業務のデジタル化を進めていたことが奏功し、本社業務をリモートで対応できた。同社は12月を決算期としていたため、2月の段階で決算作業はかなり進んでいたが、3月、6月の四半期決算はリモートで監査を受けたという。

 「当社は機械部品メーカーですから、製品の供給を絶やさないということを第一義に掲げました。1月時点で中国でCovid-19流行の影響が出てきた時点で、すぐに対策会議を立ち上げており、今も継続しています。本社については在宅勤務を中心とする勤務体系となり、リモートで業務を回さざるを得ない状況になりました」(中根氏)

 同社が経理業務自動化のために採用するのが経理業務の一部を自動化して生産性を高めるSaaS「BlackLine」だ。

 「BlackLineは既に稼働していますが、決算において十分活用できたかといえばまだまだ道半ばです。つい先日、BlackLineの第2フェーズプロジェクトをキックオフしました。これは財務経理部員全員参加型で、今までの紙ベースの業務プロセスをBlackLineに電子データを載せ、電子承認するのを基本とする業務構築をしていくプロジェクトです。ペーパーレス、押印レス業務をどんどん進めていけば、リモートでも仕事が十分効率的に回るようになります。そうすれば有効なシェアードサービスセンターを構築でき、事業に貢献できるものになると考えます」(中根氏)

 中根氏は「属人化した情報を基に長時間労働もいとわず決算手続きを担当する『スーパー経理部長』が存在する組織は会社から望まれていない」と従来型の経理業務を否定し、データを基に分析的な業務から出てくる将来予測を経営陣に助言できる、企業の成長に貢献する財務経理部門の必要性を訴えた。

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