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DX化の遅れが功を奏したか? 国内オフィス/ホームプリント市場

COVID-19の影響で働く環境が大きく変化し、従来安定してきたプリンティング市場にも大きな変化が訪れている。そんな国内オフィス/ホームプリント市場はどのように変わってくるのだろうか。

» 2021年06月23日 07時00分 公開
[石田英次IDC Japan]

アナリストプロフィール

石田 英次(Eiji Ishida):IDC Japan イメージング、プリンティング&ドキュメントソリューション グループマネージャー

イメージング、プリンティング&ドキュメントソリューションの調査を統括。マネージドプリントサービス、ドキュメントアウトソーシングサービス、モバイル/クラウドプリント、MFPなどの市場調査を担当し、国内HCP市場の全体動向、市場における新たな変化、エンドユーザーニーズなどを調査、分析している。さまざまなカスタム調査を実施するとともに、Go-To-Market活動を行っている。


国内オフィス/ホームプリント市場のターゲット

 今回の調査では、国内オフィス/ホームプリント市場を、ハードウェア購入支出と保守支出、ページボリューム関連支出、プリント関連ビジネス(ソリューション)およびプリント関連ビジネス(アウトソーシング)という領域に大きく分け、市場動向を見た。

 ハードウェアについては、家庭用やビジネスで利用されるインクジェットプリンタおよび複合機、そしてレーザープリンタおよび複合機などが含まれ、モノクロで90枚/分、カラーで69枚/分のものをターゲットにしている。

 またページボリューム関連支出は出力枚数で費用が発生する支出で、トナーやインクなどの消耗品もこのページボリューム関連支出に含まれ、支出に関しては大きな市場を形成している。

 プリント関連ビジネスについては、プリンタや複合機ベンダーが提供する文書管理などのドキュメント関連ソリューションがその中心にあり、紙をOCR(光学文字認識)で読み取ってストレージにストアするソリューションもこの領域に入る。

 プリント関連ビジネスにおけるアウトソーシングについては、エンタープライズ系の企業が設置するコピー室などの運用アウトソーシングをはじめ、印刷業務全般のアウトソーシングやドキュメントのスキャニングによるデジタル化プロセスの委託業務もこの領域に含める。

 本稿で紹介する国内オフィス/ホームプリント市場は、安定した市場が形成され、ハードウェア購入やページボリューム関連の2つが大きな割合を占めている市場だ。ただし、安定しているとはいえ、以前から続くデジタル化の潮流の中で、2019年までは、毎年1〜2%ほどのマイナス成長が続いている。

緩やかに縮小する2025年までの市場予測

 2020年度は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により出社が抑制されたことでオフィスの複合機を利用する機会が大きく減るなど市場における阻害要因が大きく、2019年度と比較して10.6%のマイナスとなった。

 2021年はオフィスへの出社も徐々に戻りつつある中で、印刷量もある程度戻ると見られ、2020年の反動もあってある程度回復に向かうものと見ている。ただし、社会情勢やビジネス環境の変化からデジタルトランスフォーメーション(DX)や、統廃合などオフィスの最適化が今後さらに加速すると見られ、2022年以降は再び徐々に市場が縮小すると予測する。2019年までの縮小幅と比べると2022年以降はさらに幅が大きくなることが考えられ、毎年1〜2%から3%ほど縮小していくと見られ、現時点での年間平均成長率はマイナス3.2%と予測する。

 ただし、オフィスのプリント需要が急になくなるわけではないため、縮小幅は大きくなるものの、底堅い需要は続くだろう。

国内オフィス/ホームプリント市場の支出額予測、2019年〜2025年(出典:IDC Japanの調査資料)

COVID-19の影響を大きく受けた2020年の市場

 2020年度の同市場を詳しく見てみると、COVID-19の影響でオフィスでの出力数が大きく減り、ページボリューム関連支出を中心に大きく落ち込む結果となった。保守を除いたハードウェア購入支出は金額ベースでマイナス6.0%、ハードウェア保守支出がマイナス3.9%、ページボリューム関連支出がマイナス13.1%、プリント関連ビジネスのソリューションがマイナス6.7%、アウトソーシングがマイナス7.0%と見ており、全体では2019年度比で10.6%のマイナスとなった。

 市場自体は2桁のマイナス成長となった。COVID-19発生当初は30%ほど落ち込むのではないかという懸念があったが、結果的にはそこまで大きなマイナスには至らなかった。世界で見ても、欧州などと比べるとロックダウンの制限は日本はそこまで厳しいものではなく、市場の落ち込み幅は小さい。2020年の4〜5月は日本も厳しい状況ながら、その後はオフィスに戻るケースも出始めたことで、当初の予測ほどの影響はなかったと見ている。

 また、グローバルの中でも日本はデジタル化の後れが指摘され、紙に依存した業務が多く残っているため、欧州よりも落ち込みが小さかったのではと考えられる。現在、DX推進が企業の間で進められているが、そのDX化の後れがプリント市場においてはかえってプラスに働いた可能性はある。

 オフィスへの出社が抑制されたことで、自宅などでテレワークによる業務を継続している人もいるだろう。自宅でのプリントニーズは以前に比べて増えたのだろうか。実は、家庭用のプリンタは出荷量が増え、特に1万円台を中心とした比較的安価なモデルが多く購入されている。

 恐らく、急な在宅勤務で紙の出力が必要になったことで個人的にプリンタを購入するケースが増えたものと考えられるが、この価格帯のプリンタは世界的に不足しており、機器自体の調達が難しい状況にあった。確かに日本においては家庭用のプリンタ需要は高まったものの、金額面からも機器不足の影響からも、極端に数字が伸びてはいない。そもそも、家庭用プリンタが市場を占める割合は小さく、10%未満と言われており、全体の数字には影響を及ぼしにくい。

 なお、紙情報をスキャンしてデジタル化を支援するプリント関連のアウトソーシングも数字としては見えにくいものの、実際には伸びている状況だ。在宅勤務で自宅からでも紙の情報にアクセスしなければ業務の継続が難しい企業が増え、オフィスにある紙をスキャンしてデジタル化するアウトソーシングサービスのニーズが高まったものと考えられる。

 また、今回の市場動向には含まれていないが、スキャナー単体としての売り上げは、2020年は好調で、2020年4月頃から3〜5万程度の価格帯のスキャナーを中心に出荷量が伸びている。恐らく、テレワークに向けて契約書などの紙文書をデジタル化するために、部門単位でスキャナーを購入していることが考えられる。

再度注目されるか、クラウドプリンティング

 市場における景気の影響を受けやすい国内オフィス/ホームプリント市場だけに、現時点では明るい話題が少ない。また、デジタル化の加速によって紙で行われていたプロセスがデジタル化されるなど、業務における紙の依存は減りつつあるのが実態だ。

 それでも、紙が必要な場面はいまだにあり、家庭用プリンタの出荷量が増えたことも、底堅い紙需要があることの証左だと考えられる。ただ、業務に必要な書類を家庭で出力するとなると、管理面で課題がある。誰がどんな情報を出力したのかという証跡が管理できなければ、発生し得る情報漏えいを防ぐことも難しくなるからだ。

 そこで改めて注目されるのが、技術的には既に確立されているクラウドプリンティングという手法だ。出力したい情報をクラウドにアップロードすることでオフィス外の複合機からでも出力でき、コンビニエンスストアなどに置かれている複合機を出力機器として利用している人もいる。

 この技術は以前からあったものだが、仕事となるとオフィスで出力するのが一般的であり、業務で個別にクラウドプリンティングを利用することは少なかった。しかし、テレワークの広がりによって状況は大きく変化した。出力情報の把握や情報管理の徹底などが今後の大きな話題になれば、クラウド環境を管理の起点とすることで、誰がいつどんな情報を出力したのかが把握でき、アップロードされた内容を精査して制限をかけることも可能になる。

 ここで大切なのが、オフィスでの出力と同等のユーザー体験を提供できるかどうかだ。ネットカフェやコンビニエンスストアなど、環境ごとにインタフェースが異なり、出力時のプロセスがその都度違うと、うまく運用に乗せることは難しく、社内のサポート窓口へ問い合わせが殺到することが予想される。だからこそ、オフィスで出力する感覚で、出先でも出力できるものが望ましい。

 しかし、ベンダーごとで異なる複合機で、同一のユーザー体験をどう作り出すのかは今後の課題だ。既にMicrosoftは「Microsoft 365」の一部としてクラウドプリンティングのプラットフォーム「ユニバーサル プリント」を提供しており、ベンダーの垣根を超えた出力が可能になる可能性を秘めている。特に「Microsoft Teams」などとの連携によって、出力までのユーザー体験を均一なものにすることも可能になるはずだ。

DX化=ペーパレースから脱却すべき

 市場動向を踏まえた上で、今後のプリンティング環境をどのように考えるべきか。DX推進という大きな潮流があることを踏まえて念頭に置くべきことは、短絡的なイメージが出来上がってしまっている“紙をデジタル化することがDX”という考え方からいったん離れることだろう。

 例えば複数の承認者を経て紙への押印が必要な業務プロセスがあった場合、このプロセスをデジタルに置き換えて紙をなくすという思考回路で考えてしまうと、かえって効率が悪くなる可能性がある。従来紙で回していた業務プロセスをそのまま踏襲した場合、従業員は「念のためにプリントアウトしておく」「紙で出力して確認しながらフォームに入力する」など、結局紙から脱却できなくなる可能性もある。その結果、本来目指すべき業務効率を高めることにつながらず、単に紙をデジタル化しただけに終わってしまう。

 DX化を推進するということは、改めて既存業務を見直すことが重要で、見直した結果、チェックのプロセス自体が不要になることもある。またスマートフォンで代替できるプロセスもあり、デジタルを念頭に抜本的な業務プロセス改善を行うことが必要だ。その上で、Excelの膨大な数字を人がチェックする時に紙を用いるなど、出力が必要なプロセスがあるかどうかの議論を進めていくべきだろう。紙をなくすことを象徴的なスローガンとせず、本来の目的を見失わないようにしたい。

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