契約書や請求書、FAX取引……。バックオフィス業務の担当者はテレワークで対応できない業務だらけだ。だが、バックオフィス業務がうまく回らなければ事業が停滞してしまう。段階的テレワークの考え方を社労士の提言から考える。
社会保険労務士法人であるスマイングは、IT業界の顧客が8割を占めるという特徴があり、自社もITツールを使って企業の人事労務をサポートしている。スマイングの代表社員である成澤紀美氏がChatwork主催テレワークカンファレンスに登壇し、企業のバックオフィス業務のテレワーク化について講演した。本稿ではその模様を紹介する。
成澤氏は、「感染症の拡大によって、予期せぬ形ではあったが企業のテレワーク実施が一気に進んだ。緊急事態宣言が終わった後も、いろいろな形でテレワークが前提の社会に変わっていくだろう」との見通しを語った。だが一方でバックオフィス業務をどうするかについては企業が悩みを抱える状況にある、と語る。
「バックオフィス業務はそもそもテレワークには向かないのではないかと声が寄せられている。しかし正しい手順で検討と導入を進めればテレワーク化は可能だ」(成澤氏)
バックオフィス業務は、経理、会計、総務、庶務といった、営業や顧客対応の部門の後方支援をする部署が担う業務のことを指す。企業にとってなくてはならない業務ではあるが、半面「問題なく進んで当たり前の業務」と扱われやすい面もある。
成澤氏はバックオフィス業務について、必要なことを正確にやるだけとの認識を持たれがちだが、そうではない、と強調する。
「事業部門が本当に事業計画通りに動いているのかどうか、またその活動が自社のリスクに見合ったものかどうかをマネジメントする。社内でありながら客観的にチェックする重要な役割がある」(成澤氏)。この意味において、事業部門の活動をサポートする重要な役割を持っつ認識を示す。
バックオフィス業務の実行体制については、社内(内製)と、外部の企業に業務の全部または一部を委託するアウトソーシングの形に分けられるがそれぞれメリット、デメリットがある。
内製の場合は、社内に業務のノウハウや情報資産が蓄積されるメリットがある。ただし、体系立ててノウハウや情報資産をできれば良いが、その仕組みができていないと、業務が属人化してしまう。社員の退職や異動があると、ノウハウごと失われてしまうようなケースだ。事業規模が急激に拡大した際なども、個人のノウハウに依存する場合は人員不足で対応できなくなる恐れもある。
一方、外部のアウトソーシングサービスを利用する場合は、社内のリソースに左右されずに一貫して業務を回せるメリットがある。経理会計でも人事労務でも、それぞれ外部の専門家の意見を採り入れて改善を進めやすい。この際のデメリットは社内にバックオフィス業務のノウハウがたまらないことである。
企業規模によってバックオフィスに求めるものは違ってくると成澤氏は話す。小規模だが成長が速いスタートアップ企業と、従業員が数千人規模の企業では事情が異なる。一般的に、規模の小さい企業や急成長する企業は事業部門の比率が大きく、バックオフィスが手薄になりがちだ。
事業部門とバックオフィスがそれぞれの求めに応じてうまくかみ合っている企業は事業もうまく回る、と成澤氏は語る。「バックオフィスと事業部は車の両輪。仮に営業がうまくいってもフォローアップがうまくいかないと、余分なコストがかかってしまうこともある。顧客が爆発的に増えた時などは後方支援のい事務コストがうまく調整できないこともある」
特にバックオフィス業務の再検討で注意しなければいけない点として、法令順守の問題を挙げる。「いくら手薄であってもコンプライアンスをしっかりやらないとリスクが高くなる。これからの働き方においてテレワークがより一般化する筋道がはっきりしてきた。この環境下でバックオフィス業務がしっかり機能しないと、大きなリスクになる」と成澤氏は注意を促す。その上で、パンデミック対策で行動が制限される事態でも事業を継続するには、バックオフィス業務自体をテレワークで遂行することを考えていかなければいけない。
「『Aさんが出社しければこの仕事は回らない』という問題があってはいけない。万が一のことがあれば周囲の人が代替できる体制を用意するのも重要。そのための環境として、テレワークをバックオフィス業務にも採り入れていく必要がある」
だが、冒頭にも触れた通り、バックオフィス業務は紙を扱うことも多く、テレワークには向いていないのではないかとの疑問がある。
「確かにバックオフィス業務は業務の特性があるので、どうしても紙の量が多い。書類を探せなかったり、処理が進まなかったりする事態を恐れる意見もある。また、一部の契約ではどうしてもハンコが必要なため、押印のために出社しなければいけないのも事実だ」(成澤氏)
では、どうやってバックオフィス業務のテレワークを検討したらよいか。
まずは今の業務フローを当たり前だと思わずに、「ムリ、ムダ、ムラ」がないのかを考える必要がある。成澤氏は全部一度に変えようと考えずに、一部でもクラウドサービスの利用を検討し、段階的に切り替えていくアプローチで取り組む方法を推奨する。
まずはいまある業務をゼロベースで「本当に必要か」「無駄はないか」を軸に見直す発想を持つことそのものが重要だという。
「それを企業規模や業務内容に合わせて段階的に進めていけばいい。これと併せて定型的な業務についてはRPAなどのツールで自動化するすることも重要。企業によってITリテラシーや求めるユーザーインタフェースが異なるため、自社に合うものを随時採用していけばいい」(成澤氏)
できるところから着手する際、まず当面の目的を定めながら進めることが重要だという。どうしても社内でやる必要がある業務は残して、テレワークでどこまで対応するかを決め、切り分ける。残した部分も、次の段階で再度検討する。
バックオフィス業務のテレワーク導入を緊急対応と捉えずに、自社は何を目指すのかということも考える必要があると成澤氏は言う。「経費削減なのか、生産性の向上なのか、これは、新しい仕組みを導入した後で社員の評価基準にも関わってくる重要な部分だ」
また、どうしてもコミュニケーション不足になりがちなので、そこはいろいろなツールを使っていくことでコミュニケーション不足にならないようにしていくことも注意が必要になる。
「社労士の立場から言うと、この他にも労務管理の問題がある。労働条件はしっかり決めなければいけないと考えている。労働時間の管理をはじめ、テレワークであっても労災の認定基準は必要だ。さらに副業の条件なども、ルールを見直していくことも求められるだろう」(成澤氏)
今回講演したテレワーク化の基本的な考え方や、具体的なツールの選定基準については、成澤氏をはじめとした全国の社労士の有志数名で、無料のガイドブックを作成し、配布している。40ページほどの冊子だが、既にに第4版となっているという。
成澤氏は最後に「コロナウイルス対策は、働き方改革に直結している。これを機に、現場の課題が何かを見つめ直して、自社にあった改善策を導入してほしい」と話した。
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