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「ピアボーナス」とは? 成果報酬や社内通貨との違い、導入メリットと注意点

ピアボーナスは「ボーナス」と付くが、成果給やインセンティブなど、会社から支給される報奨とは異なる。新たな人事施策の一つとして海外を中心に広まりつつあるピアボーナスの基礎を解説する。

» 2021年07月05日 07時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 テレワーク全盛時代に移り、顔を合わせて感謝を伝え合う機会が少なくなった。従業員が互いに離れた場所で働き、特に何のリアクションもなく、個人の担当業務をただ淡々とこなすだけでは、モチベーションも上がらないだろう。

 従業員のモチベーション低下を防ぎ、仕事に対するモチベーションアップに貢献する人事施策の一つとして「ピアボーナス」(注)がある。「ボーナス」と言っても、給与や成果報酬とは異なるものだ。本特集では、海外を中心に広まりつつあるピアボーナスの基礎解説と期待できる導入メリット、自組織で運用する際の注意点などを解説する。

従業員の貢献を可視化する「ピアボーナス」とは?

 ピアボーナスとは、「手伝ってくれてありがとう」「困った時にアドバイスをくれて助かったよ」など、感謝の気持ちとして少額の金銭を従業員間で贈り合う仕組みのことをいう。「Peer to Peer Bonus」が語源だ。

 これまでにも会社への貢献に対する報奨制度として、会社側が従業員に「インセンティブポイント」や「社内通貨」などを贈る仕組みがあったが、ピアボーナスは会社側が従業員を評価するものとは異なり、従業員同士がささやかな金額もしくは換金できるポイントを気軽に贈り合い、互いを奨励し合うものだ(図1)。

図1 メッセージとともにピアボーナスを贈り合うやりとりの例(「Unipos」の場合)(出典:Unipos提供の資料)
図2 ピアボーナスの贈与のイメージ(Unipos利用の場合に想定される仕組みの一例)(出典:Uniposの仕組みを基に編集部で作成)

 例えば、毎週400ポイント、毎月1600ポイントなどといった単位で会社からピアボーナスポイントが支給され、「この人には30ポイント」「あの人には大変助けられたから100ポイント」といったように、個人の裁量でメッセージとともに感謝の気持ちとして従業員間でポイントを贈り合う。

 ピアボーナス運用を可能にするWebサービス「Unipos」(ユニポス)では、贈られるメッセージやポイントのやりとりは公開され、それを見て共感、賛同した他のユーザーは「拍手」を送ることができる。1拍手でメッセージを送った人と送られた相手の双方にポイントを贈ることが可能だ。

 蓄積された保有ポイントは、「1ポイント=1円」として換算して給与に加算したり、社内での購買(社食など)や社員旅行の自己負担金への充当、社会貢献団体への寄付などに利用したりもできる。ポイントの原資は会社が負担し、支給ポイント量やポイントの金額換算レートは利用企業の制度設計によって柔軟に決めることができる。

ピアボーナスとGoogleの取り組みとの関係

 ピアボーナスはもともとGoogleが組織強化のために考え出したもので、GoogleのOKR(Objectives and Key Results:目標と評価指標)型業績評価手法を補完する社内制度として生まれた。

 2012年頃にGoogleが「効果的なチームを可能にする条件は何か」を明らかにするための調査プロジェクト「Project Aristotle」を立ち上げ、同社の180に及ぶチームに対して聞き取り調査を実施し、「チームの効果性を向上させる要素」を分析した。その結果、次の5つの要素がチームのパフォーマンスに大きく影響していることが分かった。

1.心理的安全性

「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうか。つまり自分がばかにされたり罰せられたりしないと信じて、意見や疑問を自由に表明できるかどうか。

2.相互信頼

相互信頼の高いチームのメンバーは、クオリティーの高い仕事を時間内に仕上げる(相互信頼の低いチームのメンバーは責任を転嫁する)。

3.構造と明確さ

職務で要求されていること、その要求を満たすためのプロセス、そしてメンバーの行動がもたらす成果について、個々のメンバーが理解していること。

4.仕事の意味

仕事そのもの、またはその成果に対して目的意識が感じられること。

5.インパクト

自分の仕事には意義があるとメンバーが主観的に思えること。

 「これらの要素がチームあるいは組織全体のパフォーマンスを向上する決め手になる」と統計的に示された。この調査はさまざまな国の企業に影響を与え、組織力強化のヒントとして広く受け入れられるようになった。

 この調査が契機となってGoogleは、従業員が会社に何らかの貢献をした他の従業員に対して、承認者がそれに同意すれば、150ドルのボーナス(現金)を贈ることができる制度を作った。これがピアボーナスの原型であるPeer to Peer Bonusだ。

 Googleの制度では1回のボーナスが150ドルと高額であるために、承認の基準づくりが難しいのが難点だったが、やがて、上司や管理部門の承認を必要とせず、少額でも従業員同士で気軽に贈り合えて、多くの企業でも運用しやすいピアボーナスの形態に変容した。その流れを受けてピアボーナスの運用を支援するツールが開発されるようになり、海外で利用が広まった。

 国内では、2017年6月にFringe81がピアボーナスの運用ツールとしてUniposをリリースし、それ以降、さまざまな同種ツールが登場した。

ピアボーナスで期待できる4つのメリット

 ピアボーナスを利用するメリットとして、主に次の4つが挙げられる。

1.従業員エンゲージメントの向上や離職率の低減、定着率の向上が期待できる

2.他部門の従業員の業務内容とその意義への理解が深まり(=相互理解・相互信頼が深まり)、個人の承認欲求も満たされる

3.複数部門やチームにまたがるコミュニケーションが活性化し、部門やチームを超えたコラボレーションや連携が促進される

4.会社のビジョンやミッションの浸透が図れる。ポイント付与の条件を会社のビジョンやミッションとリンクさせれば、従業員が「どのような行動が高く評価されるのか」が分かりやすくなる。

 ピアボーナスは、職種による評価の不公平感を解消する手段にもなり得る。例えば、システム部門では、開発エンジニアは良いシステムを開発すれば評価されるが、運用管理エンジニアは地道にシステムの安定稼働に力を尽くしていても、安定稼働中は気にもされず、システムダウンなどのインシデントが発生すれば非難されるといった減点方式の評価になりがちだ。

 かといって自分から「こんなに努力しているんだ」と発信することもはばかられる。そんな時に、運用管理業務を理解する他部門の誰かが「システムダウンを短時間で回復してくれてありがとう」「年間のダウンタイムが昨年の半分に減ったよ。おかげでストレスなく仕事ができている」などと日頃の地道な努力を評価し、ピアボーナスのポイントを贈れば、他の従業員も運用管理エンジニアの見えない努力に気付くことができる。

 総務部門などバックオフィス領域の従業員も業務の大切さや苦労を他の従業員には理解してもらえない寂しさやわだかまりを抱えているかもしれない。ピアボーナスの贈り合いを契機にコミュニケーションを深め、業務内容や意義を他部門と共有できれば、承認欲求を満足させるとともに相互信頼を強化し、モチベーション向上につながる可能性がある。

コラム:インセンティブポイントや成果給とは何が違うの?

 インセンティブポイントや成果給など、貢献度が高い従業員に報奨を贈る制度は以前から存在していて、中には社内通貨を導入、運用しているケースもある。しかし、そうした従来の制度は経営者側による従業員査定のための評価制度として運用されていた。

 それに対してピアボーナスは報酬が少額であり、従業員の相互理解やコミュニケーションを深めることにフォーカスし、心理的安全性や相互信頼を高めることに軸足を置く。経営側の判斷で従業員に贈るインセンティブと、従業員が個人の判斷で贈るピアボーナスとは意味が違い、効果も異なる。

 もちろんインセンティブポイントや社内通貨による報奨制度とピアボーナス制度を共存、両立させることも可能で、対立するものではなく、視点の異なる仕組みとして捉えるべきだろう。

 一般的な給与と、インセンティブポイントなども含む成果給、ピアボーナスの違いは以下のように理解するとよいだろう。

月給、成果給、ピアボーナスの比較表(出典:2017年6月14日発行のFringe81のリリース)

ピアボーナス運用で気を付けたい3つの注意点

 ピアボーナスは「人を褒めて伸ばす」ことが本来の役割だ。褒める、褒められることのデメリットはほとんどない。ただし、次の点には注意が必要だろう。

1.称賛文化を根付かせるには組織努力が必要

 ピアボーナスの導入や運用に際して「感謝が義務化されるのでは」と懸念する人や、行動が誰かの主観で勝手にポイント評価されることに嫌悪感を感じる従業員もいる。

 これに対しては、導入時に利用意義とメリット、会社のビジョンやミッションとの関連など、利用意義の認知を十分に進める必要がある。ツールベンダーによるサポートが得られる場合があるので活用するのも一つの手だ。また、無料体験やトライアル利用が可能な場合は主要部門で試用してみてもいいだろう。

 トップを含めた経営層やマネジャー層の理解を得た上で、ツール選定と制度、運用設計をしっかりと行うことも重要だ。

 また、導入企業の中には「旗振り役」となるキーパーソンを任命し、制度の啓蒙、普及を進める組織もある。従業員目線でのスタッフ選定も大事な要素だ。

 なお、新しい制度の導入に反発するのは年配社員が多いと思われるかもしれないが、年齢は問題ではなく、ITリテラシーもほとんど関係ない。重要なのは、従業員の意識変容を促すことだろう。

2.運用コスト

 報奨金に加えて、ツールの初期費用と月額利用料金が加わる。チャットツールなど他ツールと連携する場合は、1人当たりのランニングコストは相応の金額を確保する必要があるだろう。とはいえ、中には初期費用不要のツールや、利用料金が数百円程度のものもある。なお、利用範囲が広がれば、その分の報奨金の予算確保が必要となる。予算が限られている場合は、どの範囲で運用するのかを検討しておく必要がある。

3.恣意的、放漫なポイント付与が行われる可能性も

 ポイントの換算レートが高すぎたり、従業員に支給するポイント量が多すぎたり、個人の査定基準があまりに恣意的で根拠が薄弱だったりすると、本来の役割を果たせなくなりかねない。組織強化につながらないポイントの贈り合いや、業務を無視してポイント獲得のための行動をとるようなことも起こり得る。

 例えば給与を基にポイント付与の上限を決めたり、ポイント贈与の評価ガイドラインを作成したりと、適正な運用を図ることが重要だ。

 本特集では、ピアボーナスの意義とメリット、運用上の注意点について解説した。テレワークが当たり前の働き方になってきた現在、従業員同士のコミュニケーション不足が課題になっている。その課題解消の手段の一つとしてピアボーナスという制度がある。海外を中心に広まった考え方だが、今後の国内での動向に注目しておきたい。

(注)片仮名表記の「ピアボーナス」はUniposの商標または登録商標です。

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