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新サービスのアプリをわずか1カ月で開発、クレディセゾン流AWSの使い方

新サービス「セゾンのお月玉」を約1カ月で開発したクレディセゾン。その舞台裏で何が起こっていたのか。

» 2021年07月13日 08時00分 公開
[齋藤公二インサイト合同会社]

 クレジットカード業界をとりまくIT環境は、スマートフォン決済といったデジタル化の取り組みによって著しく変化している。会員数3700万会員を抱える「セゾンカード」を展開し、連結カードショッピング取扱高は7兆円を超えるクレディセゾンだが、そうした業界の変化に対応することは簡単ではない。

 こうした中、同社は新しいサービスである「セゾンのお月玉」を約1カ月で開発したという。スピーディーな開発の裏には同社ならではの戦略があった。

 5月11〜12日に行われた「AWS Summit Online 2021」で、クレディセゾンの小野和俊氏( IT戦略部 デジタルイノベーション事業部 専務執行役員 CTO兼CIO)が、同社のDX推進の取り組みとそのポイントについて語った。

クレディセゾンが抱える3つの課題

 クレディセゾンのITアーキテクチャは、基幹システム、コア業務アプリケーション、デジタルサービスの3つのレイヤーに分かれる。小野氏は、「システムのアーキテクチャを1本の木に例えると、基幹システムが幹に、コア業務アプリケーションが枝に、デジタルサービスが葉に相当します」として、それぞれが成長することで“大きな木”になることを目指す。

 小野氏は、これら3つについて「基幹システムの存在が大き過ぎる」「コア業務アプリケーション同士の連携が不十分」「デジタルサービス開発のスピード不足」という課題を抱えていたと振り返る。

 ミッションクリティカルな基幹システムは個人情報など個人情報など膨大な量の機密データを取り扱うことで巨大なシステムになりがちだ。改修は容易ではなく、より安定的な運用が求められた。そこで、普遍的な機能に絞り優先的に安定化、固定化させることに注力した。

 コア業務アプリケーション同士の連携が不十分なせいで、データ活用が思うように進まないという課題も挙がった。これについては、APIを活用し、社内外で利活用できるデータ連携基盤を開発することで解決した。

 さらに、デジタルサービスの開発スピードが遅いという課題は、クラウドサービスの活用や内製化、サービスのAPI開発を進めるといった工夫によって解決したという。

AWSの活用を肝にDXを推進

 同社の取り組みにおいて肝となるのがクラウドサービスの活用だ。上記した3つのレイヤー別に、AWSを適用させてきた。

 2019年時点では、デジタルサービスの範囲となるCDP(カスタマーデータプラットフォーム)の「セゾンCDP」やマーケティングオートメーションツール、スマートフォンアプリの「セゾンクラッセ」などで活用を進めてきた。

 21年は、「セゾンのお月玉」「SAISON CARD Digital」といった顧客向けサービスなどの活用範囲を拡大している。セゾンのお月玉は、セゾンカードユーザー1万人に毎月現金1万円が当たるサービスだ。システム構成として、お月玉用の専用サーバをAWSで構築し、カードの利用データを扱う既存システムと並べた上で、それぞれフロントのスマホアプリと連携させた。また、SAISON CARD Digitalは、完全ナンバーレスのプラスチックカードでスマートフォンを財布代わりに利用できるというもの。これも内製化によってスピーディーに開発を進めた。

 2021年は基幹システムやコア業務アプリケーションの一部でもAWSを活用している。

 「当社のインフラの構成は、顧客管理やカードのオーソリ情報、入出金、残高管理などの機能を担う基幹系システムが中核にあり、その周辺に入会審査、与信管理、カードの不正利用の検知、カードの回収などの機能を担うコア業務アプリケーションがあります。このうち、基幹システムでは審査、与信、回収、コア業務アプリケーションでは入会受付やポイント管理のインフラでAWSを活用しています」(小野氏)

DX推進で取り組んだ3つのステップと目指すべき「グラデーション組織」

 上記したセゾンのお月玉は、プロジェクトを始動させて約1カ月という短期間でシステムを開発したという。それを可能にしたのが、開発の体制作りだ。同社は、3つのステップで組織体制を整備してきたという。

 ステップ1は、2019年3月に新たなデジタル組織としてテクノロジーセンターの立ち上げだ。

 「人材は、スピード重視のベンチャー系の人たちと、安全性やサポートをきちんと理解しているエンタープライズ系の人たちの半々で構成されていました。当初はテクノロジーセンターと既存のIT部門はそれぞれ独立して活動していました」(小野氏)

 ステップ2は、テクノロジーセンターとIT部門の交流を進め、組織間の連携を強めることだ。まだシステム共通機能(セキュリティなど)の調整に時間がかかり、カルチャーギャップも存在する。現在はステップ3として、テクノロジーセンターと既存のIT部門の完全な融合を目指している。

 「今は、ステップ2からステップ3の半ばぐらいに位置しています。最終的には、ウオーターフォールとアジャイルといった対立概念をなくし、『V.S.ではなくWithで』同じ方向を向くグラデーション組織を目指したい。ITとデジタル部門に加えて、事業部門との融合も考えています」(小野氏)

 小野氏はもともと、データ連携ツール「DataSpider」を開発するアプレッソの創業社長であり、セゾン情報システムズの常務CTO時代にもデジタル領域での取り組みに注力してきた経験があり、ベンチャーとエンタープライズ両方の流儀を知っている。

 「ベンチャー的なやり方か、日本の伝統的な企業のやり方か、プロジェクトの性質や事業のステージによって割合を考えることが重要です」(小野氏)

 DXの議論では、既存の業務改革をモード1、既存の枠組みを飛び出した新しい取り組みをモード2と呼称し、両者の融合が重要だとされている。モード1、モード2は、米ガートナーが提唱した概念で、両者を融合しDXを推進することを「バイモーダル戦略」と呼ぶ。小野氏は、IT戦略と組織体制の構築においてモード1とモード2を混在させたバイモーダル戦略が重要だと話した。

社内での文化や価値観の対立を防ぐために「HARTの原則」を重視

 講演ではクレディセゾンのバイモーダル戦略についてさらに詳しい説明があった。小野氏によれば、バイモーダル戦略を理解するための分かりやすい例が「自転車」だ。

 「前輪が方向を変えながら進むべき方向を模索し、後輪は前輪が決めた方向に従って自転車を力強く進めます。両方が存在することで安定します。会社組織を見渡すと分かりますが、モード1、モード2に振り分けられる取り組みやそれを推進する組織があちらこちらで存在しています。いろいろなレイヤーで、バイモーダル戦略を実施することがDX推進のキモです」(小野氏)

 バイモーダルを進める上でのキーワードとなるのが「HRTの原則」だという。HRTの原則とは、ブライアン・W​.フィッツパトリック氏らが著した『Team Geek─Googleのギークたちはいかにしてチームを作るのか』(オライリージャパン)で示されている考え方だ。

 「バイモーダルな体制を構築しようとしても、考え方や価値観の違いからしばしば対立が生まれることがあります。そうした対立を解消するのが、HARTの原則です。謙虚さ(Humility)、尊敬(Respect)、信頼(Trust)の3つの価値観を大切にすることで、優れた開発チームを作れるとされています。HARTの原則は、バイモーダルを実践する良いプラクティスになるものです。クレディセゾン社内でも、常識や価値観の違いから対立が起こる前に、このHARTの原則を活用しようと提案しています」(小野氏)

 最後に小野氏は、「クラウドファーストでAWSの活用領域を順次拡大していきます」と述べ、基幹システムからコア業務アプリ、デジタルサービスからなる「木」をさらに成長させていくことを強調した。

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