現在、オフィスと自宅などの社外環境での就労を組み合わせたハイブリッドワークの環境整備が求められている。こうした状況下における、拠点間の通信を担うWANサービス市場の動向について見ていきたい。
小野陽子(Yoko Ono):IDC Japan コミュニケーションズ リサーチマネージャー
国内通信サービス市場、データセンターサービス市場などの調査を担当。特に法人向けビジネスネットワークの市場動向に詳しい。最近では、広域分散プラットフォームやエッジ(フォグ)コンピューティングの調査も積極的に手掛ける。
新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の影響から、テレワーク対応が進み、今後在宅勤務が常態化することも想定しながら、新たな働き方に向けた環境づくりの検討が必要だ。そうした中で、国内WANサービス市場はどのような状況にあり、今後どうなっていくのだろうか。
まず、国内WANサービス市場の動向と、国内WANサービス市場に含まれるカテゴリーについて見ていこう。WANサービスとは、企業の本社や支社はもちろん、データセンターやークラウドサービスも拠点の一つとして位置付け、これらの拠点間をつなぐサービスとして定義されている。自宅から社内ネットワークにアクセスするテレワーク環境については、一部、事業者がソリューションを提供しているものが含まれているものの、基本的にはサービスプロバイダーが提供する網サービスを活用し、拠点間を結ぶネットワークサービスとなる。
具体的には、帯域確保型のWANサービスをはじめ、閉域ながらアクセス回線にフレッツ網などを利用したベストエフォート型のWANサービス、そしてデータセンターとの接続などポイントツーポイントで広帯域なネットワークが必要な場面で選択されるイーサネット専用線、そして事業者が提供するマネージドされたインターネットVPNなどのWANサービスが今回のターゲットだ。なお、64kbps〜数Mbpsといった低速ながら品質の高いデジタルアクセスなど、レガシー専用線も本来はWANサービス市場に含まれているが、多くはその役割を終えつつあることから、後述する成長率の数字には含めていない。
2020〜2025年までの国内WANサービス市場について、CAGR(Compound Annual Growth Rate:年間平均成長率)は0.6%と予測している。2.2%の成長率だった2019年度に対して、2020年度は0.9%となり、成長率は鈍くなっているものの、もともと2019年時点においても高い成長率にはないことから、2025年まで含めると微減かほぼ横ばいの成長率が続くと予測する。
カテゴリー別に見ると、帯域確保型のマルチポイント接続のWANサービスについてはマイナス成長になると予測しているが、その他のWANサービスについては3.5%前後の成長率を維持すると見ている。なかでも、データセンター間や本社とデータセンターといった広帯域ネットワークが求められる部分については、先進的な技術が活用されているイーサネット専用線が期待できるところだ。
イーサネット専用線については、それぞれ網の持ち方が違うサービスプロバイダー同士が補完し合う形でつなぎこみに利用されるケースもあれば、企業がクラウドサービスへの接続にインターネットを介在させない閉域環境を整備するケースなどにも利用されている。例えば「Amazon Web Services」(AWS)が提供する「AWS Direct Connect」を利用する際に、企業が契約しているデータセンターからAWS Direct Connectの接続拠点であるエクイニクスにつなぎこむ際に利用するといった用途にもイーサネット専用線が利用されることが多い。
デジタル化の大きな潮流によってクラウド利用が加速する中で、クラウドサービスへの接続部分は、トラフィックのボトルネックとならないよう、サービスプロバイダーや企業が投資を進めざるを得ない部分の一つだ。イーサネット専用線は、市場における競争が激しいことでサービス価格が下がってきており、選択しやすいサービスとなっていると言える。ただし、イーサネット専用線の利用は増えていくものの、提供価格自体が下落傾向にあるため、二桁成長までは伸びないだろうと見ている。それでも、堅調に伸びていくWANサービスカテゴリーの一つだ。
2020年はCOVID-19の影響によってテレワークが進んだことで、以前に比べてオフィスの重要性が薄れつつあり、本社オフィスの面積縮小や店舗の撤退、支社の統廃合を検討する企業もある。売り上げの減少など、ビジネス環境の状況から考えても、WANサービスに対する投資は厳しい状況にあると見ている。
特に不動産における負担が大きな都心部については、オフィスの集約が進んでおり、空室率も毎月高まっている状況にあるようだ。都心部で不動産を所有する企業では、従業員のためにオフィスとして利用するよりも、賃貸として不動産をマネタイズすることを検討する企業も出てきており、従業員はオフィスと在宅を含めたハイブリッドな働き方を推進することで自社利用のオフィス面積を縮小して不動産コストを削減し、空いたスペースを貸し出してマネタイズする流れも出てきている。これまで潤沢に帯域を確保していたオフィスに人が集まらなくなることから、WANサービス市場にとってはマイナス要因となる部分だ。
一方で、クラウドサービスの活用やデジタルトランスフォーメーションへの取り組み、Web会議によるコミュニケーション環境の変化などトラフィック増の要因も幾つかあることから、決してネットワークの需要が低下しているわけではない。
それでも、品質の高い帯域確保のWANサービスや、割安ながら帯域確保が可能なネットワークやベストエフォートながら業務にも耐え得る安価なWANサービスを選択するという流れもあり、全体的に市場はほぼ横ばいの状況が続くだろう。特に日本の場合、ベストエフォート型のサービス品質が高いことから、これまでの利用実績を加味した上で安価なWANサービスを選択するケースも決して少なくない。
また、クラウドサービスの利活用を促進させるために、本社などにトラフィックを集中させてインターネットにアクセスさせる環境から、ゼロトラストなどによるセキュリティ環境の整備によって、支社や自宅などから直接インターネットにアクセスさせるローカルブレークアウトを検討する企業も出始めている。この場合、トラフィックが増えても、拠点間を結ぶWANサービスの利用は抑制され、クラウドサービス利用がWANサービス市場の成長を押し下げる要素になるだろう。
ただし、ダイナミックなコラボレーションが求められる企業、例えば総合商社などビジネス機会にダイナミックに対応する必要があり、1人当たりの売り上げが大きな企業などでは、緊急措置的に進めてきたテレワークから、ビジネスのスピードを加速させるために出社できる環境を整えていくといった揺り戻しはどこかで起こりうると見ている。その意味でも、在宅とオフィス双方で業務を推進していくハイブリッドワークという考え方は今後さらに浸透すると考えられ、必要なネットワーク環境やWANサービスの見直しが進むだろう。
在宅にてテレワークを継続する企業が増えているなか、現時点では応急措置としてのリモートアクセス環境が整備されている段階にある。今後はネットワークの品質やセキュリティなどを考慮しながら、自宅とオフィスを行き来するハイブリッドワークなど、新たな働き方における最適なネットワーク環境の在り方が大きく議論されてくるはずだ。
社内会議であればいざ知らず、営業担当者が顧客とやりとりする際に、回線の状態が悪化してしまったり、コールセンターで顧客対応している際に回線が切れてしまったりといったことが起きると、インフラの運用管理を担うシステム部門に対して品質改善の要望が挙がってくることになる。その意味でも、システム部門では、ネットワーク監視を含めたこれまでの運用をどう継続するのか、セキュリティ環境をどう確保していくのかが求められるはずで、最終的には在宅環境も含めたネットワークを円滑に管理する環境づくりが必要になってくる。
実際に米国では、自宅を含めたネットワーク環境の可視化やセキュリティ対策強化に向けた取り組みを始めている企業もあり、日本の住宅事情を考えると、例えば一戸建てやマンションに敷設されたブロードバンド回線を企業側が意図したものに変更するのは難しいだろう。
回線の品質維持に向けて状態監視を行うのであれば、SD-WANなどの装置を宅内に設置したり、PCに同等の機能を有するソフトウェアを導入したりといったアプローチが考えらるが、可視化する環境を作り出すためのコストも大きなものになる。
またWANサービスの選択だけでなく、個人が設置している宅内のWi-Fi環境から業務に利用する部分だけ分離するべきなのかといった、宅内ネットワーク領域でも検討すべきポイントはある。現時点で企業から従業員に提供できる回線としては、LTEや5Gといったモバイル回線が候補に挙がってくるが、宅内まで5Gが届かないケースが多い中で、LTEだけで十分なのかなど、回線に関しても最適な姿は描きにくいところだ。
そんなハイブリッドワークに向けたネットワークやセキュリティの在り方については、企業側で議論が必要になるが、ネットワークを提供するサービスプロバイダー側から見ると“稼ぎどころ”となる領域なのは間違いない。現時点ではまだ見えていないものの、企業が管理可能な、最適なハイブリッドワーク環境に向けたソリューションが出てくることが期待される。
企業のシステム部門では、オフィスと自宅双方で継続して働くことが可能なハイブリッドワーク環境を念頭に、回線品質の在り方やその管理手法、そして最適なコラボレーションをどう整備していくのかを検討していきながら、WANの最適化を考えていくことが必要だ。また、クラウド利用が加速する中でローカルブレークアウトも視野に入れながら、ゼロトラストを含めたセキュリティ強化が求められる。
もちろん、ハイブリッドワークが常態化していく中で、既存環境からどう移行するのかも念頭に置きながら、体制づくりを進めていくことが必要だろう。運用体制に関しては、機動的にビジネスを推進するためには内製化できることが理想だが、ネットワークやセキュリティ、クラウドそれぞれに精通したエンジニアを社内で育成できるかどうかは企業によって異なる。外部の力も借りながら新たな時代に適用できる環境づくりを進めていくことが現実的な解となってくることだろう。
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