中小企業はIT人材や予算の不足から大企業よりもDXが進みにくい。その中でも難関といえるのが経営者の説得と社内外の協力の獲得だ。少数のIT担当者でクラウドシフトを遂げた2社の事例から見える「勝ち筋」とは。
中小企業は大企業よりも人材や予算、リソースが限られることからデジタルトランスフォーメーション(DX)が進みにくく、いわゆる「2025年の崖」からの転落が危惧されている。そのような中、クラウドシフトを果たした2社が「『中堅中小企業こそクラウドを活用すべき!』クラウド活用企業が語る―コスト改善&安定運用のススメ―」と第して2021年5月11日の「AWS Summit Online 2021」に登壇した。
中堅中小企業はクラウドシフトにより「IT設備費用と運用費用の低減」や「安定運用の実現」「高い高可用性、高いセキュリティ」「先端技術によるイノベーションの実現」といったメリットを得られる。登壇した2社は「Amazon Web Services」(AWS)の導入によってIT運用の効率化と非常時にも強いシステムを実現した。少数のIT担当者がどのように経営者を説得し、社内外の協力を得ながらクラウド移行を進めたのか。
高知県内にLPガスを供給する土佐ガスグループの情報システム会社として1979年に創業したアツミ電子計算センターは、2016年に情報システムをクラウド移行する検討を始めた。
きっかけは「Windows Server2008」のサポート終了と、システム障害への不安だった。土佐ガスではガス漏れなどの緊急対応のために社員が各事務所に常駐しており、24時間365日のシステム稼働が求められる。しかし、過去に障害によって丸1日システムが停止した例があったという。
「8名の従業員が全員、常にサーバ障害の心配をしていました」(アツミ電子計算センター 情報システムグループ 椎原 徹氏)
また、同社は高知県高知市に位置し、南海トラフ地震が発生した際は大きな影響を受けることが予想される。そのような事情から、事業継続計画(BCP)と災害復旧(DR)を実現することもクラウド移行の後押しとなった。
椎原誌はAWSを選んだ理由について「24時間365日のシステムサポートが受けられることが大きな理由だった」と話す。また県内の取引先がすでにAWSを利用しており、相談相手がいたことも背中を押したという。
「2016年6月にAWS Summitに参加して、多くの中小企業の事例を確認し、自分たちでもできると確信しました。同時に今後のアツミ電子計算センターの新たな事業にしたいという気持ちが生まれました」(椎原氏)。
同社の新たな事業とするため、椎原氏はAWS導入を開発パートナーに頼らず、自社で実施することにした。まず「Amazon EC2」で「WordPress」による社内掲示板の運用を実施し、その実績を基にグループ企業のシステム基盤として導入するよう役員会を説得して承認を受けたという。
「直下型地震が来ても会社のデータを守れること、災害時でも事業を継続できること、セキュリティ面でも不安がないことなどを強調しました」(同氏)
導入決定後、最初にあたった課題が社内ネットワークとAWSのVPN接続だった。社内ネットワークはNTTコミュニケーションズの閉域網を使用しており、どこから接続を始めればいいか分からなかったという。そこで同社は実際の開発を一時的にAWSのビジネスサポートに切り替え、AWSの講義を受講したりチャットを利用したりといった方法で開発を進め、接続にこぎつけた。
接続の完了後、2018年から社内サーバを順次AWSに移行していった。現場のパフォーマンスもそれによって向上した。例えば現場作業者が日報を書くシステムを「Amazon WorkScpaces」に変更したところ、従来に比べて接続スピードが3倍になったという。2020年9月には、クラウド化可能なサーバ全てをAWSへ移行できた。
「AWS移行によって情報システムのBCP、DRの体制が整いました。ユーザーの使い勝手は従来と変わりません。情報システム部門は、サーバ機器の保守作業から解放され、問い合わせ対応はチャットによってスピードアップしました。取引先へのAWSによる新たな提案も始まっています」(椎原氏)
2020年のコロナ禍では、AWSによる情報システム基盤を用いて分散勤務体制を構築した。土佐ガスグループの営業部門と情報システム部門を中心に社員をA班(37名)、B班(36名)に分けて2週間交代で勤務した。リモート勤務のチームはインターネットから「Amazon WorkSpaces」に接続して業務に当たったという。
「すでにAmazon WorkSpacesが利用できる状態だったため、1日で運用を開始できました。状況に応じてアカウントを増減できるため、無駄もありません」(椎原氏)
同氏は今後、顧客からの問い合わせ窓口を「Amazon Connect」に切り替えて、24時間対応にしていきたいと考えている。また、AI(人工知能)サービスの活用によるガスボンベの需要予測やボンベ配送ルートの最適化なども検討中だ。
椎原氏は、これからAWSの導入を検討している企業に対して、「経営層にAWS導入を提案する際は、緊急時のデータ保護や事業継続に役立つことを説明すると、クラウドに詳しくない人でもイメージしやすく、納得が得られやすいと思います。また導入にあたり、相談できる相手を事前に見つけておくことも大事です」とアドバイスした。
大阪府高石市に本社を置く高砂金属工業は、建築材料の鉄骨の加工を主業とする製造会社だ。建築物の梁(はり)に用いるBH鋼や、列車の橋桁(はしげた)に使う部材も製造する。
同社のIT環境は、通常の業務システムの他に、金属部材の設計にCADを使っている。同社の総務経理部 業務課 課長の楠瀬博之氏は、全部で10台ある社内サーバのハードウェアの保守と更新、ソフトウェアの更新の繰り返しに頭を悩ませていた。
同社には専門のIT部門は存在しない。いわゆる「ワンオペ情シス」体制で、5年周期で訪れる10台のサーバとソフト、OSの更新を対応していた。
「確実に実施する負荷は高く、更新ごとに保守料金が上がっていました。外部に保守を委託していても、障害対応やバックアップは社内で実施する必要があります。この『無限ループ』から逃れるために、クラウド環境への移行を検討し始めました」(楠瀬氏)
AWSの開発パートナーには、ターン・アンド・フロンティアを選んだ。すぐに社内サーバ10台を全てAWSに移行する提案を受け、それを「オンプレミスからの完全な脱却ができるプラン」として社内に提示、経営層の承認を得たという。
AWS移行のプロジェクトは2012年に始めた。まずは社内メールのクラウド化から効果を確認し、2013年から2018年まで、5年かけて順次移行を進めた。例えば生産工程システムは社内でスクラッチ開発したプログラムをそのままAWSに移し、社内ポータルなどのシステムは、SaaS(Software as a Services)へ切り替えてAWSで使うなど、システムごとに最適な方法を採用した。
CADとCAM(コンピュータ支援製造)システムの移行には3年をかけた。既存サーバをAWSで動かす構成パターンを何度も検証し、最終的に全ての拠点からリモートデスクトップ接続ができるようにネットワークを構成したという。
2018年5月に全ての移行が完了し、AWSでの稼働を開始した。移行後は運用負荷をモニターし、サーバ構成やメモリ容量を調整して運用コストとパフォーマンスのバランスをとる。またAmazon EC2は、夜間の時間帯に利用を停止し、コストの削減を図ったという。
その結果、オンプレミス環境時と比べて、サーバなどの設備コストは10%、インフラの管理工数は45%削減できた。
「オンプレミス時代はサーバが24時間稼働していましたが、AWSに移行して夜間は停止するため、働く人の意識が変わりました。また社内のサーバルームを開放して他の用途に使うことができるようになり、空調コストも削減できました」(楠瀬氏)
システム管理業務の工数が大幅に削減できたことで、積極的に新しい課題に取り組めるようになったという。「AWS化によって、情報システムの投資は、設備導入からサービスの利用へ変わりました。自社システム構成の最適解を、まずはやってみて見つけるという手法に進化したのです」(楠瀬氏)。今後はビッグデータ分析や大規模データベース、クライアントシステムの導入を検討している。
楠瀬氏は、中堅中小企業へのアドバイスとして、次のように語った。「クラウドリソースの利用は、人的リソースが限られた中堅中小企業こそがいち早く導入し、その恩恵を受けるべきだと思います。AWSの導入は、まずやってみることを経営層に決定してもらうことが必要です。やらずに諦めるのでなく、検証をして、だめならやめればいいという考え方が必要だと思います」
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