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インターネットブレークアウトは進んでいる? ネットワーク動向最新調査

業務環境がクラウドシフトする昨今、センター集中型のネットワークは非効率的だ。VPN通信を終端する装置への設備負担を減らす「インターネットブレークアウト」への注目度はどれほどか。企業のネットワーク環境の現況を紹介する。

» 2021年11月24日 07時00分 公開
[草野賢一IDC Japan]

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の広がりで、企業のネットワーク環境は大きな変革期を迎えている。2020年はテレワーク環境へのシフトが加速したが、2021年は今どんな状況にあるのだろうか。ユーザー動向調査から見るネットワークの現状を紹介する。

アナリストプロフィール

草野賢一(Kenichi Kusano):IDC Japan コミュニケーションズ グループマネージャー

国内ルーター、イーサネットスイッチ、WANアプリケーション配信やレイヤー4-7スイッチなどのアプリケーションネットワーキング、無線LANなど国内ネットワーク機器市場の調査を担当。ベンダー調査に加え、ユーザー調査やチャネル調査にも携わり、それらの調査結果をベースに、国内ネットワーク機器市場の動向を検証、市場動向の分析および予測を提供する他、さまざまなカスタム調査を実施している。IDC Japan入社前は、エンジニアとしてユーザー企業のネットワークの設計、構築を担当。商品企画にも携わる。


ネットワーク品質、セキュリティ……管理者の関心事

 COVID-19の影響によって多くの企業が働き方の変革を余儀なくされ、自宅やサテライト環境からでも業務が継続できるテレワークへの移行を進めてきたことだろう。環境が変化する中で、企業におけるネットワーク環境への取り組みはどう変わったのだろうか。IDCでは、日本国内企業517社を対象に「2021年 企業ネットワーク機器利用動向調査」を実施した。調査結果を読み解きながら、企業におけるネットワーク環境の現在を概観する。

 本調査結果によると、在宅勤務への対応などテレワーク環境の構築に追われた2020年と比べて、現在、ネットワーク管理者は幾分落ち着きを取り戻しつつある。一方で、引き続き在宅勤務やセキュリティ、クラウドシフトに関連した課題意識があることが明らかになった。具体的な企業ネットワークにおける重要課題を問う項目では、「在宅勤務のネットワーク品質向上」(28.8%)の回答割合が最も高く、次いで「セキュリティ脅威への対応」(27.5%)、「在宅勤務におけるセキュリティ」(25.7%)、「クラウドシフトへのネットワークの対応」(25.5%)となった。

企業ネットワークにおける今後対応すべき重要課題(出典:IDCの調査資料)

 在宅勤務におけるネットワーク品質が課題となった理由については、拠点からのインターネットトラフィックが増加し、かつコミュニケーション手段としてのWeb会議が広く普及したことが大きく影響していると考えられる。テキストを中心としたメールとは違い、音声や映像を使ったリアルタイムコミュニケーション手段であるWeb会議は音声の途切れや画像の乱れなど、ネットワークの遅延が直接的にユーザーに影響するため、管理者にクレームが上がりやすい。従来よりもネットワーク品質を強く意識せざるを得ないのは当然だろう。

 また、セキュリティに対しても大きな懸念事項があることが調査から見える。特に昨今は、クラウドサービスの設定ミスを狙った攻撃が発生するなど、クラウドシフトに伴うセキュリティの新たな懸念が広がっている。企業の情報を狙った攻撃だけでなく、システムそのものを人質にとって金銭を要求するランサムウェアなどが広がったことで、中堅・中小企業でも金銭を目的に攻撃者のターゲットとなる恐れがある。セキュリティに対する課題意識はこれまで以上に高まっている状況だ。

 他にも、多くのベンダーから従来の境界型防御では防げない「ゼロトラスト」の考え方をベースにしたセキュリティ対策の提案が増えており、従来の対策だけでは防御しきれないことが明らかになってきたことで、セキュリティに関する課題はより大きなものとなっている。

 クラウドシフトに伴うネットワーク対応に関しても課題が挙がっている中で注目されているのが、インターネットブレークアウトの取り組みだろう。業務環境がIaaS(Infrastructure as a Service)やSaaS(Software as a Service)といったクラウド環境にシフトしつつある現在、情報をデータセンターに集約し、インターネットに抜けていくセンター集中型ネットワークが最適とは限らない。VPN通信を終端する装置への設備負担も大きなものとなっていることから、拠点から直接インターネットに抜けるインターネットブレークアウトを検討する企業も増えている。

 ただし、働き方がしっかりと定まっていない企業が多いこともあり、クラウドシフトに適したネットワークの考え方についてのノウハウ不足から、課題も山積している。

インターネットブレークアウトの導入状況は?

 今回の調査の中では、前述したインターネットブレークアウトの導入状況などに関しても詳しく聞いた。

 インターネットブレークアウトを導入または検討していると回答した企業は全体で7割に達し、その関心の高さが明らかになった。

 アンケート調査からも、インターネットブレークアウトが現状のネットワークにおける課題への有効な解決策の一つとして考えている人が多く、約40%の回答者が一部も含めてインターネットブレークアウトの環境を導入していると回答した。今回の調査とは別に実施したSD-WANベンダー調査のにおいても、インターネットブレークアウト目的でSD-WANを導入する企業が多いことが明らかになり、インターネットブレークアウトへの注目度は高い。

インターネットブレイクアウトの検討または導入状況(出典:IDCの調査資料)

 インターネットブレークアウトの導入形態に関しては、UTM(統合脅威管理)をはじめとしたセキュリティアプライアンスを利用して導入したいという回答が多く、拠点側に新たな設備を導入、もしくは入れ替える方法が支持されている。最近ではUTMにSD-WAN機能が備わったものも登場しており、その中にはUTMのライセンス内にSD-WAN機能がバンドルされ、無償でインターネットトラフィックをクラウド側に流せる環境もある。以前と比べてインターネットブレークアウトを導入しやすい環境が整いつつあるだろう。

 在宅勤務などの環境においてインターネットブレークアウトを導入するには、PCのVPNクライアントを入れ替えた上で、クラウド側のセキュリティを強化して安全な環境を整備する方法もある。拠点や本社側に新たな機器を導入してWANそのものの構成を見直すよりも導入しやすいはずだ。

 なお、2020年にネットワーク機器市場を大きくけん引した「GIGAスクール構想」においても、文部科学省が公表している「GIGAスクール構想の実現 標準仕様書」で、センター集約型のネットワークによって発生しうるボトルネックを解決する策の一つとして、ローカルブレークアウト(インターネットブレークアウト)が示されている。企業において本社や拠点に集中するトラフィックをオフロードする策として、インターネットブレークアウトが一般的な手法となっていることの証左といえる。

ネットワーク機器のクラウド管理、AIなどに対する期待は高い

 調査の中では、ネットワーク機器におけるクラウド管理型のメリットについても聞き、5割を超える回答者が導入したいと回答した。クラウド管理型のソリューションには、シスコシステムズの「Meraki」をはじめ、ヤマハの「Yamaha Network Organizer」(YNO)やNECプラットフォームズの「ネットマイスター」、HPEの「Aruba central」などのソリューションが具体的に挙げられる。クラウド管理型のネットワークソリューションに対する関心が高い背景には、管理者自身が出社せずともネットワークの運用が可能なこと、そして拠点側に管理者が不在であってもネットワークの状況を可視化でき、対処に向けた初動調査がすぐに始められることなどが考えられる。

 他にも、AI(人工知能)や機械学習など最新のテクノロジーをネットワークに取り入れることの有効性についても聞いており、回答者のおよそ9割が有効だと答えた。導入コストや導入運用の難易度など現実的に運用に至っているわけではないが、労働人口が減少する中でネットワーク管理者のリソースが十分に確保できない状況を考えると、省人化や自動化などに寄与するAIの有効性を十分に感じているようだ。

 AIについては、コモディティ化したネットワーク機器市場において、ベンダー側の差別化要因としての期待もあり、多くのベンダーが新たなテクノロジーをネットワーク機器の運用管理に取り入れつつある。ネットワーク管理者にとっては、稼働前のDay0や稼働日のDay1よりも、運用管理が始まるDay2がまさに本番といっても過言ではなく、運用管理にAIや機械学習などの機能をどう使えるかが、今後のトレンドになる可能性は十分に考えられる。

 以前は、運用開始後に初期のネットワーク設定から大きく変更することはなかったが、今ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が大きく叫ばれ、ネットワーク管理領域においてもDevOps的なマインドを取り入れるべきだという議論もある。企業に閉じたネットワークから、インターネットやクラウドを業務の中に取り入れていくことが求められている今こそ、ビジネスの変化に対して柔軟に順応することが、ネットワーク管理における重要な要素となるだろう。

これからのネットワークを考えるための勘所

ネットワークにおけるオンデマンド環境への意識

 多くの企業で在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッドワークへの移行が進み、従来のようにオフィスでのトラフィックが中心の環境から、さまざまな場所からネットワークにアクセスする環境が広がるだろう。最近はオフィスのフリーアドレス化を進める企業が増えている。普段はオフィスに従業員が出社することはなくても、時期によっては出社が集中する可能性があるならば、そうしたことも考慮に含める必要があるなど、ネットワークのトラフィック需要が読みにくい状況だ。潤沢な予算があれば別だが、オフィスだけにネットワーク資源を集中させることは難しいだろう。その意味では、トラフィック変動をうまく吸収できるようなオンデマンド型の回線サービスなども視野に入れ、ネットワーク設計をする必要がある。

ネットワーク投資のタイミング

 新たな時代に適したネットワーク環境に向けて、これからもセキュリティゲートウェイやVPN装置、無線LANなどネットワークへの投資を検討するタイミングがやってくるだろう。ただし、働き方がいまだに固まっていない企業が多い今、ネットワークへの投資をどこまで進めるべきかは未知数だ。2020年にテレワ―ク環境への投資に注力してきた企業では、COVID-19以前に凍結されてきたシステム投資のプロジェクトも動き出してくるはずで、ネットワークへのさらなる投資に踏み切るかどうかの判断は難しい。また、世界的な半導体不足によって、すでに無線LANアクセスポイントの調達が難しいという声も聞かれるなど、大幅なディスカウントも期待できないことも想定される。投資の優先順をしっかりと見極めながら、半導体需要が落ち着く頃合いも見定めていきながら、最適なタイミングでの投資が求められるところだ。

アプリケーション同様に内製化できる環境が必要に

 今後ネットワークを検討する上で、クラウドドリブンな環境を意識しながら、オフィスでの柔軟な働き方が可能なワイヤレス主導の設計が求められる。この考え方をベースにしながら、柔軟な環境変化に適用できるネットワークを意識したい。最近ではアプリケーションの内製化によってDXの推進を実現するノーコード/ローコードツールが注目されている。ネットワークにおいても外部に丸投げせず、柔軟に自らの手で運用管理できる環境が求められるだろう。管理者不足を補うための省人化を意識しながら、ビジネスサイドの要求に応えられる自由度の高いネットワーク環境を整備していきたいところだ。

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