紙やハンコ、対面での合意など、法務関連業務へのアナログ規制は未だに強い。しかし実は法務DXを後押しする法改正が始まっており、業界を問わず財務や会計、ガバメントのデジタル化が進みつつある。ITに強い弁護士が、企業の法務機能の強化策を語った。
本記事はBUSINESS LAWYERS掲載記事をキーマンズネット編集部が一部編集の上、転載したものです。
2020年から続いたコロナ禍を契機に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性については広く認識されてきました。日本のデジタル化の遅れが「デジタル敗戦」ともいわれる中、2021年9月にはデジタル庁が発足し、DXの機運はかつてないほどに高まっていると言えます。
しかし、総論においてDX推進に賛成であったとしても、各論においてはさまざまな課題に直面します。例えば契約について100年以上続いた紙と押印の実務を変更することは容易ではなく、電子署名等のリーガルテックを活用した法務DX推進の前には多くの障害が立ちはだかります。
そこで本稿では、法務DXをサポートする法改正等の動向を紹介しつつ、法務DXを起爆剤とした法務機能の強化について検討してみたいと思います。
法務DXを進めようとしたときにまず初めに障害となるのが、アナログ文化を前提とした「書面・押印・対面」規制です。2020年以降の政府の動きでこれらの規制緩和が飛躍的に進みましたが、依然として規制が残っている部分があります。
法務DXの観点では、「書面・押印・対面」規制に関する規制緩和が最も期待されるところであり、これらの規制緩和への対応が重要課題となります。
政府は、内閣総理大臣のリーダーシップの下に、デジタル臨時行政調査会、デジタル庁、内閣府規制改革推進会議を中心として、全てのセクターにおいてデジタル化のための規制改革を予定しています。
中でも、2021年12月24日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」および同年6月18日に閣議決定された「規制改革実施計画」は、今後の規制改革メニューを理解する上で重要なものと言えます。それらの規制改革メニューのうち、主要なものは以下のとおりです。
デジタル原則※1を踏まえて全ての法令・通達等を点検し、デジタル原則適合性確保のための一括的な改正方針を2022年春ごろに取りまとめる
上記改正の具体策としては、従来型のアナログ規制(書面、対面、目視、常駐、専任、定期検査)について、下記4つの視点から最新のテクノロジーを踏まえて総合的に見直す
参考:「デジタル臨時行政調査会作業部会 法制事務のデジタル化検討チーム(第2回)」資料6(2022年2月22日)
政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)において、セキュリティリスクの小さい業務・情報を扱うシステムが利用するクラウドサービスに対する仕組みを、2022年中に策定し、クラウド・バイ・デフォルトの拡大を推進する
デジタル化による地方分散型社会を形成するため、「デジタル田園都市国家推進交付金」を創設する
「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」のうち、宅地建物取引業法改正・借地借家法改正等の未施行部分※2が2022年5月頃に施行される
バーチャル株主総会の実施を推進する
株主総会資料のWeb開示によるみなし提供制度の対象を拡大する措置等により株主総会実務のデジタル化を推進する
商業登記・不動産登記にかかわる手続きについて、オンライン利用率の向上を図る
国の行政機関間の全ての商業登記情報連携を無償化する
(企業からの照会に基づき)グレーゾーン解消制度により、新規事業に関連する規制の解釈・適用の有無を明確化する
民事訴訟手続きのデジタル化に向け、2022年の通常国会に必要な法案を提出する※3
電子署名、eシール等のさまざまなトラストサービスに関する包括的な検討が進む※4
2021年改正電子帳簿保存法が施行され、税務会計書類のデジタル化が進む※5
マイナンバーカードと健康保険証を一体化する
マイナンバーカード機能のスマートフォンへの搭載を進める
マイナンバーカードの署名用電子証明書について、顔認証技術を利用した暗証番号の初期化・再設定手続きをコンビニエンスストアで行うことができるようにする
法務局が発行する商業登記電子証明書を無償化する
eKYC等を用いた本人確認手法の普及を促進する
各種行政手続きのオンライン利用率を大幅に引き上げる
書面交付を原則とする金融商品取引における顧客への情報提供について、顧客の求めがない場合にはデジタルでの情報提供のみを行う、原則デジタル化について金融審議会での検討を開始する※6
整備法に基づく宅地建物取引業法改正の施行(2022年5月頃)により、不動産関連契約のデジタル化が進む
工事現場等における適正な施工の確保のための技術者の配置・専任要件について、デジタル技術の利活用を柔軟に認める規制緩和を検討する
目視等を前提とする道路インフラメンテナンスの規制について、デジタル技術の導入促進を促すものとする
参考:「デジタル臨時行政調査会作業部会 法制事務のデジタル化検討チーム(第2回)」資料1(2022年2月22日)
船荷証券をデジタル化する
オンライン診療・服薬指導普及のための施策を実施する
電子処方箋システムの構築等によるデジタル化を推進する
ICT・ロボット・AIの導入等による介護サービスの生産性向上に向けた施策を実施する
以下の事項は2023年以降の法改正等が想定されているため、法改正等の動向を注意深く見守る必要があります。
2022年度中の民事訴訟法改正を前提に、早ければ2023年度からのオンライン口頭弁論の運用開始、2025年度中のオンライン申し立て等の利用開始を目指す
家事事件、民事保全、民事執行、倒産手続き等のデジタル化を進める
トラストサービスの提供にかかわる認定スキームの創設に向けた検討を進め、2020年代早期の実現を目指す
2021年4月に設立された一般社団法人データ社会推進協議会を中心に、データプラットフォーム構築を進める
(必要に応じ)電子帳簿保存法を改正し税務・会計DXを推進する
2023年10月までに、電子インボイスの標準仕様を策定する
電子受発注システムのワンストップ化を目指し、全銀EDIシステムの利活用に向けた産業界・金融界等の取り組みを推進する
2024年度末までにマイナンバーカードと運転免許証との一体化を目指す
2024年度中に預貯金口座とマイナンバーの連携を目指す
2024年度に医師等の国家資格のデジタル化を開始する
2025年度中に、地方公共団体の基幹業務システムについて統一・標準化を目指す
2025年度中に全法人が法人認証基盤としてのGビズID※7を取得する環境を目指す
上記において検討してきた法務DXの課題にもかかわらず、先進的な企業はすでに契約DX等の法務DXに取り組んでいます。法務DXの流れに乗り遅れないためにも、下記を踏まえてできるところから始めることが必要です。
2022年に政府が予定するDX施策の概要は上記2-1の通りですが、実は、法務部員が日常的に扱う契約等DX(日本法準拠)については、下記(1)および(2)の通り既に環境がおおむね整っていると言えます。
(1)企業法務において日常的に取り扱う契約等
「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」により書面・押印要件が緩和され、DXが可能となっています。従って、特殊な契約以外は実体法におけるDXの阻害要因はおおむね撤廃されています。
(2)電子署名を用いて締結される電子契約の証拠力
2020年に法務省等により3つのQ&Aが公表されています。実務においては、以下のような3つのアプローチを採用することで、適切なリスクヘッジを行うことが可能です。
法務省等による3つのQ&A
適切なリスクヘッジを促す3つのアプローチ※8
(1)契約金額、(2)相手方との信頼関係の有無、(3)個人情報等の機密情報の有無等を踏まえて契約をリスクに応じて類型化し、各類型に適切な電子署名を用いるアプローチ
契約締結時の電子署名のみならず、契約締結前後の事情を総合的に証拠化することで簡易な電子署名(電子署名法2条のみが適用される電子署名等)の利用を認めるアプローチ
デジタル化過渡期の対応として、紙の基本契約書を事前に締結し、個別契約を電子契約で締結するアプローチ
従って、日本法準拠の契約等のDXは上記2の法改正等を待たずに現時点でも始められます。ただし、税務対応については下記3-4をご参照ください。
一方、準拠法や裁判管轄を日本法または日本の裁判所以外とする契約(以下「クロスボーダー契約」といいます)のDXに関する議論は、2022年の課題と言えます。
クロスボーダー契約DXについては、関連する外国法の調査が必要となりますので、まずは優先順位の高い国から対応することが必要と考えられます※9。
また、クロスボーダー契約DXに関する知見は、全ての日本企業に有益な情報と考えられますので、政府または業界団体等により知見を集約し、これを関係者間で広く共有することも考えられます。
2021年8月16日、いわゆる事業者型/立会人型電子署名サービスを提供する電子署名業者等により、「クラウド型電子署名サービス協議会」が設立されました。
「クラウド型電子署名サービス協議会」における議論により、電子署名法改正等の大きな動きを待つことなく、自主規制により事業者型/立会人型電子署名サービスの信頼性がさらに向上することが期待されます。
例えば、2021年12月27日に開催された「デジタル庁/トラストを確保したDX推進サブワーキンググループ(第3回)」において提出された同協議会の資料(「デジタル原則」を支えるクラウド型電子署名サービス普及促進の必要性)において、「UI・UXと安全性がバランスした「ちょうどよいトラスト」の選択肢を増やすために、クラウド型電子署名の普及促進が必要」という興味深い提案がなされています。
いわゆる電子帳簿保存法の2021年改正は2022年1月に施行されましたが、次のような論点に関する対応を含め、実務はこれから積み重ねられるものと思われます。
これらについて実務による検証が進み、DX阻害要因があればさらなる電子帳簿保存法改正を検討する必要が出てくると思われます。
経理DXにおいては、基本的に電子帳簿保存法対応ができればDXを阻害する要因はないと思われますが、インボイス制度については注意が必要です。
適格請求書(インボイス)とは、売り手が買い手に対して、消費税の正確な適用税率や消費税額等を伝えるものですが、2023年10月1日から、「適格請求書等保存方式」が導入される予定です(参照:コラム「適格請求書等保存方式の導入について」(国税庁))。
このインボイスのデジタル化について、2020年7月29日に発足した「電子インボイス推進協議会」(EIPA)等が中心となり、国際規格「Peppol(ペポル)」に準拠した「日本標準仕様」を推進しています。
経理DXによる業務効率化実現のためには、デジタル手段での請求書・領収書等の作成・電子帳簿の作成保存が連携されたシステム(個別の打ち込みが不要となる自動化システム)が有益と思われますので、今後の動きが注目されます。
法務DXは、人事・経理・税務DXと連動して、業務効率化・経費削減・働き方改革等さまざまなメリットを発揮する潜在性を秘めています。
しかし、法務担当者としては、営業部より依頼される目の前の契約レビューを後回しにするわけにはいかないため、現実的には法務DXへの取り組みは後回しになりがちです。 下記では契約DXをサンプルとして、法務DXを進めるための障害とそれに対する対処方法を検証してみたいと思います。
(1)費用と時間
法務DXは実現できればメリットはありますが、実現するためには相応の初期投資費用と時間が必要となります。
(2)不安感・分かりにくさ
電子署名を利用して締結される日本法準拠の契約に関する議論は、3-1記載のとおりすでに整備されつつありますが、紙の契約書に代表印等を押印する場合と同レベルの安心感・分かりやすさを社会全体、企業内で醸成するには時間がかかります。電子署名についての不安感・分かりにくさが、「万が一訴訟で負けた場合のリスクをとれない」という思考に結び付き、「しばらくは様子見」という現状維持のアクションとなりがちです。
(3)取引先の要望
前記の壁を乗り越えて、仮に自社主導で電子署名導入を働きかけたとしても、取引先において電子署名の検討が終わっていない等の理由で拒否されることもあります。
(1)費用と時間
費用と時間の捻出については、法務部だけでは解決できません。法務DXを含む会社全体のDXを経営の優先課題とし、法務部においても優先課題として費用と時間を割り当てる必要があります。ただ、現実問題として目の前にある契約のレビュー等は必要です。
電子署名業者等が提供する無料トライアル等を利用しつつ徐々に慣らすこともできますので、これまでの業務を継続しつつ、捻出できる時間(例えば通常業務の半分以下の時間)を使って法務DXの検証および無料トライアルを実施し、数カ月かけて本格導入するというような緩やかな実施でも十分です。
(2)不安感・分かりにくさ
電子署名等の法務DXが注目を浴びたとしても、紙と押印の歴史にはかないません。現時点において不安感や分かりにくさが残ることはやむを得ないところです。
契約金額が大きい高リスク契約のデジタル化を試みると不安感が大きく挫折してしまいます。まずは契約金額が小さい・信頼関係のある相手方との契約等の低リスク契約や、そもそも相手方がいない取締役会議事録等の社内文書のデジタル化から始めるスモールスタートで対処できます。
(3)取引先の要望
取引先において法務DXの検証中である場合、契約等の業務を完全デジタル化するのは反発が大きいと思います。この点は、例えば3-1で紹介した3つのアプローチのうち「ハイブリッド方式」(紙の契約書と電子契約の併用)等を取り入れることにより、取引先の不安感を取り除きつつ進めることで対応可能です。
法務DXは、単に業務効率化のみならず、法務の戦略立案機能を高め経営への貢献度をより高める可能性を秘めていると思われます。
電子署名を活用すると、契約締結行為の効率化を図ることができます。しかし、契約業務は締結行為のみならず、(1)ビジネスアイデアに基づく契約ドラフト→(2)相手方との交渉→(3)締結→(4)保管という一連の業務が必要となります。
例えば、電子署名サービスとAIを利用したリーガルテックサービスを併用すれば、上記過程を全てデジタル化することができるのみならず、過去の契約やリーガルテックサービス業者が保有する他の契約例等をデータベースとして活用することで、漏れのない正確な契約レビューや相手方との交渉戦略の立案を実現できます。
また、リーガルリサーチはこれまで書籍・雑誌・判例集等の紙ベースで行われてきました。しかし、リーガルテックサービスの多様化により、リーガルリサーチをデジタル手段で行う余地が拡大してきました。さらに、全ての民事判決情報をデータベース化し、社会全体の共有財産として活用する「民事裁判のオープンデータ化」に関する議論も進展しています※10。これらを活用してリーガルリサーチを完全デジタル化できれば、リサーチに要する時間を大幅に短縮できるとともに、将来的には、日本国内の法的問題のみならず海外における法的問題も、デジタルを活用して効果的にリサーチし、リスクヘッジの選択肢を経営陣に提案することができる可能性があります。
このように、電子署名サービスおよびその他のリーガルテックサービスを活用することで、法務部における業務効率化を図り、経営にとってより重要な課題に時間を割くことができます。
契約DX等の法務DXは、2022年以降の法改正を待たずとも今日から取り組むことは可能です。DX時代に取り残されないためにも、まずは始めやすい低リスク類型の契約DXや請求書・領収書等のDXから始めることをお勧めします。
※1:構造改革のためのデジタル原則とは、(1)デジタル完結・自動化原則、(2)アジャイルガバナンス原則(機動的で柔軟なガバナンス)、(3)官民連携原則、(4)相互運用性確保原則、(5)共通基盤利用原則をいいます。
※2:未施行部分の詳細は、同法改正附則第1条但書において列挙されています(293頁以下をご参照ください)。
※3:法務省民事訴訟法(IT化関係)部会第23回会議(2022年1月28日開催)において、「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱案」が取りまとめられています。
※4:デジタル庁に設置された「トラストを確保したDX推進サブワーキンググループ」において議論が進められています。
※5:2022年1月施行の改正電子帳簿保存法により、基本的には、税務会計書類のデジタル化をより進めやすくなりました。ただし、電子帳簿保存法改正(2022年1月施行)のうち、電子取引に関する紙保存禁止の措置は企業の対応が間に合っていないため、2023年年末までの猶予期間が認められました(国税庁「電子帳簿保存法が改正されました」、電子取引に関する紙保存禁止の措置に関する対応については「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】」問41−3等をご参照ください)。
※6:2021年12月2日開催の内閣府規制改革推進会議 第6回 経済活性化ワーキング・グループにおいて、金融商品取引にかかわる書類のデジタル原則化に関する議論がなされています。
※7:GビズIDとは、「複数の行政サービスを1つのアカウントにより利用することのできる認証システム」をいいます。複数のアカウントがあり、「GビズIDプライム」の場合、二要素認証によるログインが必要となります(デジタル庁「gBizID」)。
※8:詳細は、加藤新太郎・宮川賢司「『署名押印の効力』と『電子契約の効力』の比較検討」ビジネス法務2021年5月号13頁以下、宮川賢司・渡部友一郎「DXをどう生かす?契約と電子署名/証拠力を中心に」会社法務A2Z2021年4月号38頁以下をご参照ください。
※9:詳細は、宮川賢司・渡部友一郎「DXをどう生かす?契約と電子署名/クロスボーダー契約」会社法務A2Z2021年8月号34頁以下をご参照ください。
※10:例えば、日弁連法務研究財団主催の「民事判決のオープンデータ化検討PT」において検討が進んでいます。
本記事は2022年3月23日掲載のBUSINESS LAWYERS「2022年DX関連法令の動向 優先順位付けと法務機能強化のヒント」をキーマンズネット編集部が一部編集の上、転載したものです。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業スペシャル・カウンセル。1997年慶應義塾大学法学部卒業。2000年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2004年ロンドン大学(University College London)ロースクール(LLM)修了。2019年から慶應義塾大学法学部非常勤講師(Legal Presentation and Negotiation)。国内外の金融取引、不動産取引、カーボンクレジット等の脱炭素・気候変動関連法務および電子署名・電子契約・業務デジタル化等のデジタルトランスフォーメーション(DX)関連法務を専門とする。
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