東京都足立区は、保育施設入所のオンライン申請受付業務などを自動化し、残業をほぼゼロにした。しかし、その道のりではツールスキルの習得や、自治体ならではの3層ネットワークへの配慮などが課題になったという。
2020年12月に「デジタル・ガバメント実行計画」が閣議決定され、総務省は「自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)推進計画」を策定した。その重要な柱の一つに「自治体のAI・RPA(Robotic Process Automation)の利用促進」が挙げられているが、「通常業務が忙しく担当課の理解が得られない」といった課題に直面し、プロジェクトが頓挫した自治体もある。
一方、足立区はUiPathで1100件に上る保育施設入所のオンライン申請受付業務を自動化し、367時間を削減した。メインの担当者以外の残業がゼロになり、職員は「もはやRPAによる業務自動化以前には戻れない」と話しているという。一方で、その道のりではツールスキルの習得や、自治体ならではの3層ネットワークへの配慮などが課題になった。
足立区でRPA推進担当の湯本氏(ICT戦略推進担当課)にプロジェクトの進め方や成果、今後の計画を聞いた。
足立区は2020年頃から「行かない区役所、書かない区役所、待たない区役所」を目指して各種申請のオンライン化に注力している。オンライン申請の導入で職員の負担増加が予想されるため、同区は業務効率化を目指して2021年4月にRPAの導入を決めた。
「オンライン申請を広めるに当たって、区民にとっては、窓口への来庁や紙の書類の郵送なしにオンラインで申請が完結するので利便性が向上しましたが、職員にとっては複数の申請チャネルに対応する必要があるため、作業の効率化が急務でした。その手段として、RPAが有効なのではないかと考えました」(湯本氏)
湯本氏は、足立区のRPA推進担当者として自動化プロジェクトを立ち上げ、その後1年ほどかけて製品や自動化対象業務の選定を行った結果、UiPathの採用を決めた。その理由を湯本氏は次のように振り返る。
「自治体のシステムは『業務用のマイナンバーネットワーク』『事務用のLGWAN系ネットワーク』『インターネット接続系ネットワーク』の3つに分かれています。これらのシステムをRPAの各製品で自動化できるかどうか検証した結果、UiPathは最も多くのシステムを操作できることが分かりました。また、自治体は予算の申請に時間がかかるため、あらかじめ自動化のロードマップを策定する必要があります。私たちはオンライン申請受付業務をはじめ、庁内のあらゆるPC操作の自動化を目標としたため、シナリオの管理統制機能が搭載されている製品が望ましいと考えました」(湯本氏)
RPAの環境構築が終わり、対象業務のヒアリングのために担当課を訪れた湯本氏は、職員からある悩みを打ち明けられる。
「新型コロナウイルス感染症の拡大で休園する保育施設が増加し、休園期間の保育料を還付する業務が発生してかなりの負担になっていると聞きました」(湯本氏)
足立区には、やむを得ない事情で保育施設が休園になった場合に保育料を還付する制度がある。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、これまで月に数十件だった還付の作業がピーク時には3000件へと爆発的に増加した。担当課の職員は昼間の通常業務をこなした後、夜間に分担して「どの園が休園して、誰に何日分の保育料を返還すべきか」といった情報をExcelから業務システムに転記していた。
湯本氏はまずこの業務をRPAで自動化しようと考え、2022年5月から自動化シナリオの開発に着手した。開発はUiPathの学習コンテンツを利用しながらほぼ独学で学び、1カ月ほどかけて約50ステップのシナリオを開発した。
開発をはじめた当初は、シナリオの条件分岐に戸惑ったり、画面が展開する時間のばらつきによってエラーが発生するなどのトラブルに見舞われたりしたものの、外部業者の協力を得ながら修正を行った結果、順調に稼働するようになった。
「職員からは『残業だけでなくミスもなくなり、気持ちが楽になった』と言われました。多くの職員が自動化の効果を実感し、別の業務も自動化したいと思ったようです。また、業務フローを確認しながらシナリオの開発を進めることで職員が業務そのものを見直せるようになり、業務改善のための意見が積極的に上がるようになりました」(湯本氏)
こうしてRPAを積極的に推進する環境が整い、湯本氏は保育施設入所の申請受付業務の効率化に乗り出した。該当業務は、入所希望者が来庁して提出もしくは郵送した申請書を確認して業務システムにデータを入力し、入力したものをダブルチェックする作業だ。申請書の内容は多岐にわたり、家族構成や就労状況、児童の健康状態、希望する保育施設などの項目が150以上にも及ぶ。
「申請書の内容を業務システムへ入力する時間は、1件当たり20分程度です。保育施設入所の申請時期になると例年2000件以上の申請が寄せられます。職員は残業に追われ、毎日体力が限界を迎えたら帰宅するような状況でした」と湯本氏は振り返る。
2021年11月から、保育施設の入所をオンラインで申請できる環境が整ったこともあり、まずはオンラインで寄せられる申請の入力処理をRPAで効率化しようと考えた。
オンライン申請受付業務は大きく分けて3つのフェーズに分かれている。まず、オンラインで寄せられた申請をインターネットクラウドサーバーからダウンロードして成形する。次に、成形したデータをマイナンバー系ネットワークの業務システムに入力する。最後に正しく入力が行われたかを点検する。湯本氏はまず、自動化によるメリットが大きいと考えられる、2つ目のフェーズの「大量データを業務システムに入力するシナリオ」を手がけることとした。
湯本氏は2022年の5月から早速シナリオ開発に着手した。入力する項目数が多いだけでなく、特定の条件で選択肢が変更になるなど処理が複雑なため、シナリオの開発は容易ではなかった。
「入所希望者の兄弟が保育園に通っていた場合、画面には『兄弟がいます』といったポップアップが表示され、システムが止まってしまいます。こうした条件を整理してシナリオを分岐させたり、エラーが発生してもRPAを止めないように処置を施したりする作業にとても苦労しました」と湯本氏は振り返る。しかし、保育料の還付金の入力業務を自動化したことで、ある程度のこつをつかむことができたことから、約2カ月でシナリオを完成させられたという。
前述したように、自治体のネットワークは3層に分かれ、それぞれに業務システムがひも付いている。ネットワークを異にする業務システムをまたいだプロセスを一気通貫で自動化することはセキュリティの観点から難しい。そのため職員の手を残した実装になったが、本番稼働させた際の効果は絶大だった。
2022年度には2300件の保育施設入所の申請があり、そのうちオンラインで申請された1100件を自動化し、367時間の削減に成功した。これは人が1日8時間入力作業を行うと仮定すると、46日分の作業に相当する。自動化の結果、メインの担当者以外は残業がなくなり、担当課の職員が「もはやRPAによる業務自動化以前には戻れない」と話すまでになった。
保育施設のオンライン申請業務の自動化に成功した足立区は、続いて「財務会計システムへの検査入力」「人事給与システムからのリスト出力」「OA機器貸出台帳への入力」といったシナリオを開発し、2023年1月時点で15の業務を自動化した。今後はRPAをAI OCRと連携させ、効率化の範囲を拡大していく予定だという。
「全てがオンライン申請になるのが理想ですが、紙業務はなくならないため、AI OCRの導入を考えています。どの程度の効果があるかを調べる目的で、来年度の税務関連業務に適用する予定です」(湯本氏)
自治体におけるRPA活用は3層分離のネットワークなどの環境上の課題により、ある程度の制限がある。しかし湯本氏はセキュリティを考えればやむを得ないことだと話す。
「自治体の業務は要所要所でダブルチェックが必要ですし、現状では一連の業務全てを自動化する必要性を感じていません」(湯本氏)
現在はRPA推進担当者も3人に増え、さらなるスケールを目指して、シナリオ開発スキルやRPAの管理、運用のアップデートにも注力しているという。
湯本氏は「RPAは柔軟に業務を自動化できる点が特徴であり、今後もRPAで幅広い業務を自動化していきたい」と語る。
「RPAによる自動化で現場が直面している課題に柔軟に対応することができました。RPAの効果を実感した現場は業務改善に積極的に協力してくれるようになり、担当者としてやりがいを感じています。単純入力作業は庁内の至るところに存在するため、今回の成果を披露しながらさらに多くの業務を自動化し、DXを推進していきたいと考えています。そのためにはエラーを出さない質の高いシナリオを開発するスキルが必要であり、自分も含め、チームとして研さんを続けていくつもりです」(湯本氏)
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