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RPA導入から6年、伊藤忠商事が編み出した全体最適の必勝法

2017年にRPAを導入した伊藤忠商事は、2022年度末時点で350体のロボットが稼働し、RPAとAI OCRによる業務削減時間は5万9千時間に上る。しかし、自動化で成果を出し続けることは簡単ではない。

» 2023年04月10日 07時00分 公開
[元廣妙子, 編集:溝田萌里キーマンズネット]

 RPAの活用では、「業務の一部分しか自動化できずに効果が頭打ちになる」「社内にスケールしない」「管理運用が大変すぎる」といった課題がある。こうした課題が壁になって期待したほどの効果が得られないと感じている企業は多いだろう。

 一方で着実に成果を生み出している企業もある。2017年に「UiPath」を導入し、2019年には83体のロボットが69業務を自動化。その後拡大期に入った伊藤忠商事では、2022年度末時点で350体のロボットが稼働し、RPAとAI OCR(人工知能技術を用いたOCR)による業務削減時間は5万9千時間に及ぶ。直近では、RPAにAI OCRやPower Apps、AIチャットbotを組み合わせた業務の全体最適化も実現している。

 取り組みを成功させている背景には、同社ならではの思想や、組織体制、管理運用の工夫があるという。自動化で継続的に成果を上げるために必要なことを聞いた。

Power Appsとの組み合わせで1日1000件のWebサイト確認を自動化

伊藤忠商事の山地雄介氏

 2019年からの拡大期に重要な役割を果たしているのが、2018年4月に立ち上げたCoE(Center of Excellence)だ。CoEはIT・デジタル戦略部の8人と外部のSIerなどを含めた50人ほどで構成されている。

 その中心人物である伊藤忠商事の山地雄介氏(IT・デジタル戦略部 DXプロジェクト推進室)は、RPAと「Power Apps」、RPAとAIチャットbotを組み合わせ、RPA単体よりも広範囲な業務の自動化を実現した直近の事例を解説した。

船の動静確認作業をPower AppsとRPAで自動化

 伊藤忠商事の物輸入事業においては、荷物を乗せた船が今どこにいるのか、荷物がいつごろ届くのかといった情報を確認する「動静確認」という業務がある。商品の卸先である顧客に船の情報をタイムリーに伝えるための重要な仕事だ。

 これまでは従業員が、船の情報が集約された「Microsoft Excel」(以下、Excel)から船の予約ナンバーや荷物のBLナンバー(船荷証券番号)を抽出し、それを基に船会社のWebサイトで船の動静を検索し、Excelに情報を転記してアップデートするという作業をしていた。荷物の卸先である顧客1社に対して、1日に1000件の動静を確認する作業が発生することもあり、現場の負荷が高かったという。

 そこで、Power AppsとRPAを組み合わせ、船の動静情報を自動で取得し、Excelにアップデートできるようにした。

 具体的には、APIを使ってPower Appsと取引する船会社の動静情報を一括管理しているWebサイトを連携させて船の動静情報を集約し、検索できるアプリを作成した。RPAは船名またはBLナンバーなどの船または貨物が特定できる情報が記載されたExcelファイルのデータを基にアプリで検索をかけて必要なデータを取得。取得した動静情報を再び元のExcelファイルに入力し、情報をアップデートする。

 「API連携はWebサイトのUI更改といった変更にも強く、データ取得も高速です。Power Appsで情報を集約し、RPAを手足として情報を連携することで、効果の最適化を実現しています」(山地氏)

チャットbotとのAPI連携でロボットの実行も自動化

 他にも、AIチャットbot開発プラットフォーム「Benefitter」とRPAを連携してロボットを実行する仕組みを構築し、全社展開に向けた検証を行っている。BenefitterとUiPathをAPIで連携させ、Benefitterで開発したAIチャットbotに対してRPAのロボットを実行するように命令すると、AIチャットbotがRPAの管理サーバに対して命令を送り、ロボットを動かす仕組みだ。これについて、山地氏は次のように説明する。

 「当社では、RPAのロボットを動かす際に、個々のPCからリモートで実行端末に接続しています。そのため、ロボットが稼働しているときに実行端末上で別の作業を行ってしまうと、エラーが発生してロボットが停止することがあります。この課題を解決する目的でBenefitterを利用した仕組みを考えました。この仕組みを使えば、会社で隣の席の人に『ちょっとロボットを動かしておいて』と頼むような感覚で、ロボットを実行できるようになります」(山地氏)

 こうした例のように、同社ではRPAに限らずさまざまなツールを組み合わせることで効果の最適化を図っている。これらの取り組みは、CoEの改革と工夫によって創出されてきた。

個別業務の自動化から一連の業務全体の自動化へ

 同社は、2019年までの導入期に各部署の小さな業務を自動化させて実績を積み重ねるスモールスタートでプロジェクトを進行してきた。そのためRPAの拡大期に入ると「個別業務の自動化が多く、一つ一つの効果は限定的」という課題に向き合う必要が出てきたという。

 「導入期はRPAをどこの業務に適応させるかというマインドでプロジェクトを進めてきました。RPAに適した単純作業は限られているので、そうしたアプローチでは効果は限定的で、いつかは頭打ちになってしまいます」(山地氏)

 そこで、拡大期では考え方を180度転換し、RPAありきではなく「業務の課題を解決する」という俯瞰(ふかん)的な目標から逆算したツール活用を心掛けた。

 業務の課題を解決する上で現場へのヒアリングは欠かせない。しかし、現場からの要望を愚直に受けるだけでは近視眼的な効率化になるため、まずはCoEが現場の声を基に業務の流れを可視化した「グランドデザイン資料」を作成するようにした。

 「グランドデザイン資料によって業務全体の流れを整理することで、どこに課題があるのか、その解消に向けてどのように業務を整理すればよいのかが見えてきます。その上で、費用対効果の出るツールを検討し、ときには複数のツールを組み合わせることで点ではなく面での効率化を図ります」(山地氏)

 実際に効率化を実行するかどうかを決める際は、部門長や経営層を交えて、削減できる時間や人件費などを踏まえた費用対効果をシビアに議論する。もちろん、その際は現場がどれだけ楽になるか、どれだけミスが減るかという点も考慮される。

 「トップダウンとボトムアップの視点のバランスを取ることが非常に重要です。現場の本気度を見ながら業務内容の課題を聞き、それをグランドデザイン資料という見える形にして経営層にも納得感のある言葉で伝え、当社の目的とすりあわせる。CoEはまさに橋渡しの役目を担っているといえるでしょう」(山地氏)

 こうして一連の業務を自動化した例が、前述のRPAとPower Apps、RPAとAIチャットbotを組み合わせた事例だ。

カンパニーへのスケールを担う組織体制と共通化ロボット

 自動化のスコープを拡大し、効果を最適化している伊藤忠商事。同社の拡大期のもう一つの課題が、カンパニーへの展開だ。

 大手総合商社である伊藤忠商事はディビジョンカンパニー制を採用しており、社内に業務手順やシステムが異なる8つのカンパニーが存在する。伊藤忠商事のIT・デジタル戦略部はカンパニーの業務効率化も支援しており、RPAもその手段として展開を考えていた。

 そこで同社はカンパニーをまたいだCoE組織を新たに設置し、RPAの横展開の支援や自動化ニーズの抽出を行うことにした。この組織は「拡大CoE」と呼ばれ、各カンパニーの経営企画部直下の情報化推進室のメンバー1〜2人と、IT・デジタル戦略部のCoE8人で構成されている。

 拡大CoEのミッションは多岐にわたるが、そのうちの一つが「全社共通で実施しているが、カンパニーごとの作業方法が異なる業務」を自動化することだ。例えば伊藤忠商事には、全社的な業務としてSAPの会計システムからデータを抽出し、請求書データと突き合わせる業務が存在する。カンパニーでデータを抽出する方法は共通だが、請求書の突合方法がカンパニーごとに異なる点が特徴だ。そこで拡大CoEは、データを抽出する自動化フローを共通化し、突合する部分をカンパニーごとの手法に合わせてRPAとAI OCRで自動化した。

 共通部品によって、開発効率が大幅にアップし、高い費用対効果を実現できているという。さらに、共通部品は「エラーになりにくい」という点を重視して開発しているので運用負荷によって効果が低減することもにない。

 「ロボットがエラーを起こして停止した場合は、毎回原因を追求して開発者にフィードバックし、その後の開発に生かすようにしています。改善された部分を共通部品化し、その部品をバージョンアップしていくことにより、全社規模でロボットの品質向上を図っています」(山地氏)

 こうした工夫が功を奏し、伊藤忠商事では2022年度末時点でRPAとAI OCRによる業務削減時間は5万9千時間に上る。

Power Appsでロボットの運用、管理も

 伊藤忠商事では導入期、拡大期を経て着実にRPAをスケールさせ、現時点で350のロボットを運用している。同社は効率化によって多大な成果を上げた一方で、ロボット数が200体を超えたあたりからロボットの数やライセンスの管理負担が大きくなってきた。

 「これまでは、Excelでライセンス管理や稼働状況を実施していました。新たにライセンスを付与する際は、社内で稟議や経費処理の作業も発生し、その工数が負担になっていました」(山地氏)

 そこで、ロボットの管理ツールをExcelからPower Appsによるシステムに置き換える取り組みが進んでいる。

 「ライセンス管理をはじめ、これまで私たちCoEが担当していたRPAの導入から運用までの業務を、全てシステム化しようと考えています。システムはPower Appsで開発し、11のメニューを実装しています。システムは今後、事業会社にも展開していく予定です」(山地氏)

 「RPA管理のためのシステム開発に多大な労力をかけるわけにはいかない」として、実際に開発にかけた工数は3人月だった。ノーコード/ローコード開発ツールならではの強みが生きている。

ロボットの管理ツールの機能一覧(提供:伊藤忠商事)
ロボットの管理ツールのライセンス管理画面(提供:伊藤忠商事)

伊藤忠商事の考える内製化

 同社は、開発作業などに外部ベンダーのリソースを活用しているものの、基本的に「内製化」をキーワードに、業務のヒアリングや洗い出し、課題の可視化、解決策の企画などの上流工程や実装の責任はデジタル戦略部のプロパーが担う。

 「自社の業務に詳しい人がITを担うことが重要だと考えています。CoEには、事業部門の従業員が参画することもあります」(山地氏)

 一方で、現場の従業員への教育活動として、社内でRPAの事例を紹介する研修会や、DXに関する研修会を開催するなど、現場の課題意識や創出した効果をビジネスにつなげる意識を醸成する施策を進めている。

 「現場にいる方々がプロになるというよりは、課題解決に詳しくなり、CoEがそれをサポートする体制を整えることで、トップダウンとボトムアップ両輪での取り組みを進めることが重要だと考えています」(山地氏)

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