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製造業で4年間RPAを推進した経験者が語る、業務自動化の本当の話

製造業に長年従事し、RPAによる業務改善で成果を上げた担当者が、それまでの経験を基にして製造業の課題やRPAの活用方法、現場の理解を得るための工夫を語った。

» 2023年07月30日 10時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 製造業では、統一されていない業務手順や業務プロセスの複雑さ、セキュリティが障壁となり、RPA(Robotic Process Automation)の導入プロジェクトが頓挫(とんざ)してしまうことがある。また、RPAを導入したものの「RPAとは何か」が社内に浸透せず、一部の部署のみの利用にとどまるケースが珍しくない。現場の理解を得ることは、製造業に限らずRPA推進における課題の一つだ。

 こうした課題をどのように解決できるだろうか。長年、製造業の企業において業務改善プロジェクトの責任者としてRPA・DXを推進した澁谷 匠氏(ASAHI Accounting Robot 研究所 テクニカルエバンジェリスト/DXアドバイザー)が、自身の試行錯誤を基に語った。

RPAで1000時間以上を削減した3つの事例

 澁谷氏は、自動車部品の製造企業で業務改善プロジェクトの責任者としてRPAを推進した経験を持つ。同氏は16年間の勤務期間のうち、最初の12年間は生産管理業務に従事し、最後の4年間で業務改善プロジェクトを担当した。こうした経験の中で「RPAは製造業が抱える多くの課題を解決する手段として期待されている」(澁谷氏)と感じたという。

ASAHI Accounting Robot 研究所 澁谷 匠氏

 澁谷氏は、製造業が特に優先的に解決すべき課題として、「市場の急激な変化への対応」「サプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性」「恒常的な人材不足」の3つを挙げる。

 自動車業界では、エンジン自動車から電気自動車への急激な移行が起きている。こうした変化に対応するためには新技術を開発したり、既存製品生産からの大幅な方向転換をしたりする必要がある。

 自動車1台を製造するには約3万の部品が必要で、1つでも欠けてしまうと製品として成り立たない。協力会社や関連会社でトラブルが発生して部品製造が滞り、自社が影響を受けるのを防ぐためには、複数のサプライヤーの事前確保やリスク管理システムの導入が急務だ。人材不足も深刻であり、募集をかけても優秀な人材になかなか応募してもらえない、近隣の同業他社と取り合いになっている、といったケースは珍しくない。

 RPAはこうした課題をどのように解決するのだろうか。澁谷氏は、RPAに期待されている役割を次のように説明する。

 「市場の急激な変化への対応に関しては、新規事業や新製品の創出を目的としてRPAを業務に適用できます。RPAによる既存業務の効率化は適切な人員配置を可能にし、人手が必要な新規事業や新製品の創出に必要な労力を割り当てられるようになります。サプライチェーンの脆弱性に関しては、自社だけでなく協力会社や関連会社を含めたRPAの推進により、サプライチェーン全体を管理する工数を確保できます。恒常的な人材不足に関しては、RPAが定型業務を自動化することで社員が煩雑な業務から解放され、他社との差別化により、優秀な人材を集めやすくなると考えられます」(澁谷氏)

製造業においてRPAに期待されている役割

 続いて澁谷氏は、製造業でどのようにRPAを活用できるかについて、自身が携わった3つの自動化の例を挙げて説明した。

 1つ目は生産実績数を基幹システムに入力する業務の自動化だ。製造業では生産計画に基づいてプロダクトを生産しており、生産実績数を記録して次の生産計画に生かしている。

 生産実績数を基幹システムに入力する業務は、まず現場担当者がExcelの日報にデータを入力し、別の入力担当者がそのデータを基幹システムに入力する。この業務は各製造ラインの各担当者が日々データを入力するため、膨大な手間と時間がかかっていた。

 澁谷氏はこの業務をRPAで自動化する際、ロボットによる入力がしやすいように、担当者ごとに異なる日報フォーマットを統一した。自動化の結果、人が担当するのは日報へのデータ入力とロボットが入力したデータの確認のみとなり、年間1300時間が削減され、ミスがなくなったという。

生産実績数システム入力業務の自動化(提供:ASAHI Accounting Robot研究所)

 2つ目は実験レポート作成業務の自動化だ。製造業では製品の性能を検査し、結果をレポートにまとめている。

 実験レポート作成業務は、試験データの分析とグラフ作成を実施し、結果が合格か不合格かを判断する。この業務は分析項目が多く、1つのレポート作成に膨大な時間がかかっていた。

 澁谷氏は担当者ごとに異なるレポート作成方法を一本化し、試験ナンバーや試験の条件といった可変する項目は、手動でExcelの「インプットシート」に入力する方法に統一した。インプットシートへの入力という新たな作業が発生したものの、トータルで年間1600時間が削減されただけでなく、入力ミスや判断ミスもなくなったという。

実験レポート作成業務の自動化(提供:ASAHI Accounting Robot研究所)

 3つ目は異常アクセスを監視する業務の自動化だ。製造業では図面は重要な機密情報であり、図面管理システムのログインや閲覧、ダウンロードなどに異常がないかを確認し、ルールに沿って多方面からログを分析し、異常を判定する必要がある。

 澁谷氏によると、この業務は取り組む必要性を理解しながらもなかなか手を付けられずにいたが、RPAを適用することで実施が可能になったという。ロボットは24時間365日稼働し、エラーが出ない、エラーが出ても自動でリトライする仕様にした。その結果、年間1300時間の削減に成功し、機密情報漏えい防止に役立ったという。

異常アクセスの監視業務の自動化(提供:ASAHI Accounting Robot研究所)

4年間のRPA推進から見えた、成功の秘訣

 製造業でRPA推進を4年間経験し、数々の業務を自動化した澁谷氏は、RPA推進の秘訣は「誰にでも分かる言葉で『RPAとは何か』を伝えることだった」(澁谷氏)と振り返る。

 「最初はRPAについて理解してもらえないだけでなく、『RPA』という言葉自体をなかなか覚えてもらえませんでした。そこで、RPAを『PCの中で動くロボットです』と説明したところ、少しだけ知名度が上がったと感じました」(澁谷氏)

 現場の理解を得るためには、分かりやすい言葉に置き換えるのが良いようだ、と感じた澁谷氏は、製造業の現場で知られている「改善(KAIZEN)の三原則」を引き合いに出してRPAを説明しようと思い付いた。

 改善の三原則とは、「ヤメル、ヘラス、カエル」を段階的に実施して業務を改善することだ。まず、やめられる業務がないかどうかを検討し、どうしてもやめられない業務は量や回数、頻度、種類を減らす。そしてこれ以上減らせないとなれば業務を変更したり、違う業務に置き換えたりする。

改善の三原則(提供:ASAHI Accounting Robot研究所)

 「製造業では、改善の三原則が会社の風土として浸透していることが珍しくありません。そこで、『改善の三原則のヘラスとカエルは、RPAによる業務の自動化で実現できるんですよ』と現場に伝えると、理解を得られ、RPAを推進しやすくなりました」(澁谷氏)

 ただし、業務を減らしたり変えたりすることに抵抗がある従業員もいるため、その場合はトップダウンでRPAによる業務改善のメリットを伝えたり、まずは一部の部署内で広めてスケールしやすい雰囲気を作ったりすることも重要だという。

 澁谷氏はセミナーの最後に、RPAをきっかけにして「人に優しいデジタル化」を推進することを提言し、次のように語った。

 「DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する際に、『何から始めたらよいか分からない』という声をよく耳にします。私はその場合、まずRPAによる業務自動化から始めることを勧めています。RPAをきっかけにしてDXの一歩を踏み出すと、RPAがDX推進の土壌となってデジタル化のハードルが下がります。そして、次々にデジタル化に取り組むことで従業員の意識が変わります。この過程を進めることで、DX、つまりデジタルを使用した企業変革は必ず実現できると考えています」(澁谷氏)

本稿は、ASAHI Accounting Robot研究所が2023年6月19日に開催したセミナー「現場から始めるRPA推進、成功の秘訣はこれだ!」の内容を編集部で再構成した。

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