Microsoftは従業員向けにAIに関する新しい学習プログラムの提供を始めた。単なる研修との違いは何だろうか。
Microsoftは従業員のデジタルスキルの不足を解消するため、AI(人工知能)学習に関する新しい取り組みを始めたと発表した(注1)。
この取り組みはMicrosoftの「Skills for Jobs program」の一部であり、LinkedInと共同開発した新しい学習コースを含んでいる。Microsoftによると、これらのコースではAIの基本的な概念、責任あるAI(RAI:Responsible AI)、生成AIの核心的な概念と倫理的考慮についての指導を受けられる(注2)。コースを修了した従業員は「生成AIに関する専門家」と認定される。
この学習プログラムは単なるトレーニングの提供にとどまらない意義があるようだ。どのような狙いがあるのだろうか。
Microsoftの取り組みは、IT教育が行き届いていない人々へAIに関するトレーニングを提供するものだ。本取り組みの目的を達成するために、data.orgやGitHub、MicrosoftのAI for Good Labが連携し、非営利団体や社会的企業、研究・学術機関を対象として、IT教育を受けていない人々のために生成AI開発・実装に関する助成金を立ち上げた(注3)。
Microsoftが社内で立ち上げた慈善団体Microsoft Philanthropiesのインド支部ディレクター兼代表者であるグンジャン・パテル氏は2023年6月30日(現地時間)の発表において次のように述べた。
「AIのスキルは企業の教育において分析的な思考と創造的な思考に次いで3番目に優先されるものだ。AIは従業員を強力に支援する可能性を秘めている。それを実現するためには、全ての人がAIを使いこなす必要がある」
ベンチャーキャピタルの支援を受けた技術系のスタートアップ企業が新しい生成AI製品の市場投入を進め(注4)、MicrosoftやIBM、Googleなどの巨大テック企業が求人広告の作成や潜在的な求職者の特定、従業員の要望の管理など、従業員の業務を自動化するツールを展開するなかで(注5)、それらの製品に対してはさまざまな反応がある。
Microsoft Philanthropiesのバイスプレジデントであるケイト・ベンケン氏は2023年6月28日に次のように述べた。
「Microsoftの最近の調査に回答した従業員のうち、6割以上が『仕事中、情報を検索する時間が長過ぎることに悩んでいる』と述べた。また、49%の従業員が『AIに仕事を奪われるのではないかと心配している』と回答している。一方で、70%の従業員は『AIにできるだけ多くの仕事を任せ、自分の仕事量を軽減したい』と回答している」(注6、注7)
また、人材紹介企業のRobert Halfは報告書で次のように述べている。
「どの世代の従業員もAIに仕事を奪われる恐れがある場合、別の職種に就くよりも、現在の企業で新しい役割を得るためにリスキリングのトレーニングを受ける方が良いと考えている」(注8)
あるベンチャーキャピタルのパートナーが語ったところによると、物流やサプライチェーン、ヘルスケア、金融サービスなどの市場では、AIがより優れたデータ分析を提供し、既存のプロセスを改善する可能性があるという。
MIT Sloan Management ReviewとBoston Consulting Groupの2023年6月の報告書によると、AIに創造的な力を発揮させるために多くの従業員がスキルアップを必要とする一方で、企業はAIのリスクを理解し、財務的、法的、企業の評判に関わる問題を避ける必要がある(注9)。
同報告書によると、特にサードパーティ製のAIツールには重大なリスクが存在しているが、1200以上の組織を対象とした調査において、回答者の78%はサードパーティ製のAIに大きく依存しており、そのうちの5分の1の企業は「リスクを全く考慮していない」とのことだ。
同報告書は企業に対して「サードパーティ製のツールを適切に評価して新たな規制に備え、責任あるAIの取り組みにCEOを関与させ、責任あるAIに関するプログラムの成熟に向けて迅速に動くべきだ」と呼びかけている。
AIには人事面での懸念もある。自動化によって一部の業務が効率化されるが、採用においてはロボットに頼り過ぎないよう注意する必要があると専門家は指摘する。
ニューヨーク市で可決された、雇用プロセスにおけるAIの使用を規制する法律が潜在的に提起しているように(注10)、適切なチェックが行われない状態でAIに依存することは法的問題を引き起こす恐れもある。この法律では主に2つの規制がなされた。企業は従業員の採用や昇進に自動化された意思決定ツールを使用する前に、そのツールを監査する必要がある。また、ツールを使用する際は求職者や従業員に事前に通知しなければならない。
法律事務所のMorgan Lewisによると、この法律は当初は2023年1月に施行される予定だったが(注11)、実際の施行は企業へのガイダンス提供と併せて2023年7月5日に行われた。
雇用機会均等委員会(EEOC)の副委員長であるジョスリン・サミュエル氏は、AIに関するオンラインディスカッションで次のように警告している(注12)。
「AIの技術により仕事の効率を高められるが、歴史的な差別を持続させないようにする取り組みが重要だ」
出典:New Microsoft AI initiative aims to upskill workers on critical tools(HR Dive)
注1:Microsoft launches new AI Skills Initiative and grant(microsoft)
注2:Build the skills you need for the digital economy(linkedin)
注3:Empowering organizations with generative AI(data.org)
注4:The deluge of new generative AI products is just getting started(HR Dive)
注5:Ready or not, generative AI is coming for HR(HR Dive)
注6:Will AI Fix Work?(microsoft)
注7:Microsoft Launches New AI Skills Training and Resources as part of Skill for Jobs Initiative(linkedin)
注8:Opaque pay, unclear expectations drive candidates to withdraw applications(HR Dive)
注9:71% of organizations struggling to keep up with new AI risks, report finds(HR Dive)
注10:As NYC restricts AI in hiring, next steps remain cloudy(HR Dive)
注11:NEW YORK CITY ISSUES FINAL RULE ON AI BIAS LAW AND POSTPONES ENFORCEMENT TO JULY 2023(morganlewis)
注12:EEOC looks to outsmart AI in employment(HR Dive)
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