メディア

「なんとなくの情シス」は危ない スキル不足とキャリア停滞を避ける方法

ITエンジニアの採用環境が厳しさを増す中、情シスやヘルプデスクは、多くの未経験者にとって現実的かつ実務に直結した第一歩といえるでしょう。しかし、企業側の受け入れ体制次第で、キャリアの足掛かりにも袋小路にもなることは意識しておくべきです。

» 2025年06月13日 07時00分 公開
[久松 剛エンジニアリングマネージメント]

情シスのキャリア戦略

エンジニアリングマネージメント社長の久松氏が、情シス部長を2社で担当した経験を基に、情シスのキャリア戦略で役立つ情報を発信します。

 未経験からのIT業界挑戦は、時代の変化とともに選択肢が変わりつつあります。かつては開発職が目指されることが多かったものの、今では企業の中で“支える側”として活躍するポジションにも注目が集まっています。その中でも、情報システム部門の担当者(情シス)やヘルプデスクは、多くの未経験者にとって現実的かつ実務に直結した第一歩といえるでしょう。

ITエンジニア採用が厳しい今、ヘルプデスクがITエンジニアの入り口?

 ITエンジニアの採用環境が厳しさを増す中、情報システム部やヘルプデスクの求人数は比較的堅調に推移しており、キャリア初期の人材や未経験者にとって、IT業界への入り口となるポジションとして機能しています。

 ある大手人材紹介会社によると、IT業界志望の登録者のうち、最初から情シスを希望する人は約8%程度にとどまっているものの、実際の内定決定職種としては20%が情シスになっているというデータがあります。これは、本人の希望にかかわらず、もしくは近い選択肢として情シス、あるいはその実態であるヘルプデスクに内定承諾している構図が見えてきます。

 また、同じく約50%がSIerやSES企業への決定となっていますが、こうした企業でも、アサイン先がヘルプデスクとなるケースが少なくありません。つまり、入社時には「開発エンジニア」や「インフラ構築」などをイメージしていた方でも、実際には「社内ITの問い合わせ対応」や「PCキッティング」などの業務を担当することが多くなっています。

 特に注目したいのは、情シスやヘルプデスクといったポジションは、東京や大阪などの都市圏に限らず、地方都市や中小企業でもニーズが存在するという点です。フルリモート求人が減少する中、地元でITに関われる職種として一定の価値があり、地方在住の方にとっては現実的かつ身近な選択肢となっています。地域密着型の企業や自治体では、ITインフラの維持や従業員のサポートを担う人材が求められており、未経験者にとっても挑戦しやすい職種としてキャリアの入り口となっているのです。

 一方で、そうした職場では一人きりの情シスといった体制になりやすく、教育環境やスキルアップ支援が整っていない場合もあります。企業側の受け入れ体制次第で、そのポジションがキャリアの足掛かりにも袋小路にもなることは意識しておくべきでしょう。

プログラミングスクール後の“漂流者”たちが流れ着く場所

 2019年前後、プログラミングスクールの台頭によって「未経験からITエンジニアへ」といったキャッチコピーがオンラインに溢れました。「誰でもエンジニアになれる」「年収が100万円上がる」「在宅で働ける」「人と話さなくて済む」「フリーランスで自由に生きられる」といった誇張された広告表現が、IT業界を目指す人々の背中を押しました。

 しかしブームの裏側では、「経歴づくりのために数カ月だけ正社員になる」といったフリーライダーの存在や、スクール卒業後すぐにフリーランスを目指すといった現実離れしたキャリア設計が問題となり、企業側が未経験歓迎のプログラマー求人を出すことを敬遠する傾向が強まりました。

 2024年以降は、生成AIの台頭や景気の不透明感も相まって、未経験・微経験層の開発職採用はさらに狭き門となっています。現在でも未経験からの採用が見込めるのは、インフラ系オペレーター、テスター、そしてヘルプデスク(あるいはテクニカルサポートを含む)といった職種に限られてきています。

「なんとなくIT職志望」の不一致と短期離職リスク

 「コンピュータが好きで、何かしら関わる仕事がしたい」という動機であれば、ヘルプデスク業務でも前向きに取り組めるでしょう。しかし、「プログラマーで楽に稼ぎたい」「リモートで自由に働きたい」といった広告に影響された動機の浅いIT志望者にとっては、実際の業務内容とのギャップが大きくなる傾向があります。

 とりわけヘルプデスクは、PCの電源トラブルやプリンタの紙詰まり対応、パスワードリセットなど、一見すると単調な作業の連続となることも多く、「プログラミングがしたかったのに……」という不満につながることもあります。

 企業としても、こうしたギャップが原因での短期離職を防ぐためには、選考段階で動機の深さや目指すキャリアをしっかり見極めることが求められます。入社後も定期的な対話を通じて方向性を擦り合わせることが、結果として定着率の向上にもつながるでしょう。

ヘルプデスクと情シスの間にある“見えない壁”

 もう一つ重要なのが、「ヘルプデスクと情シス業務の違い」に対する理解です。情報システム部門の正社員として採用された場合でも、実際にはヘルプデスク業務が中心となるケースが少なくありません。

 特にITリテラシーの低い企業では、「PCの動きが遅い」「ログインできない」といった問い合わせが頻繁に寄せられ、対応に追われる日々が続きます。こうした環境では、対面で感謝されること自体がやりがいとなりやすく、本人も現状に満足してしまうことがあります。

 しかし、その一方で、業務の中で専門スキルや知識を習得する機会は乏しくなりがちです。目標設定や評価制度も整っていない場合、キャリアの先が見えにくくなってしまうのです。

 実際に、ある医療系企業で数年にわたって情シスとして勤務していた方が、「対応の多くがディスプレイの電源が抜けていただけといった単純なトラブルだったため、スキルも経験も特に身につかなかった」と語っていたことがありました。

育てるなら“時間と仕組み”を作ろう

 未経験者を受け入れるのであれば、育成するための「時間」と「仕組み」が必要です。事業部門の呼び出し対応に忙殺されていては、本人の成長も企業の投資回収も望めません。

 育成環境を整備する上では、以下のような取り組みが効果的です。

  • FAQやマニュアルの整備により、問い合わせ数そのものを減らす
  • ITリテラシーを従業員教育や評価制度に取り入れ、組織全体の質問スキルを高める
  • 一時的な派遣社員やSESとの契約によって、教育中の負担を一時的に軽減する

 また、育成段階では以下のような支援があると、より「情シス人材」へのステップアップがしやすくなります。

  • 資格取得支援制度などを活用し、基礎的なIT知識の習得を促す
  • 先輩社員の補佐業務からスタートし、徐々に責任ある業務に移行する
  • 社外の勉強会やウェビナーへの参加を後押しし、外部との接点を持たせる

 即戦力だけを求め続けることが難しくなっている現在、企業側が未経験者やキャリア初期の人材をどのように受け入れ、育てていくかが大きな分岐点となっています。特に、IT部門の属人化リスクや後継者不足といった課題を抱える企業では、中長期的な視点で人材投資をすることが、将来の安定運用やシステム内製化につながる可能性もあるでしょう。

 情シス部門は、企業のDXやセキュリティ対策を支える基盤でもあります。未経験者の育成を通じて、現場のIT環境を理解する人材を増やすことは、将来的なIT内製化や情報システム戦略の自走にもつながります。

 その意味でも、短期的な即戦力だけを追い求めるのではなく、「未経験から一歩ずつ成長する人材」と向き合う姿勢こそが、企業のIT競争力を高める鍵になるのではないでしょうか。

著者プロフィール:久松 剛(エンジニアリングマネージメント 社長)

 エンジニアリングマネージメントの社長兼「流しのEM」。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学で大学教員を目指した後、ワーキングプアを経て、ネットマーケティングで情シス部長を担当し上場を経験。その後レバレジーズで開発部長やレバテックの技術顧問を担当後、LIGでフィリピン・ベトナム開発拠点EMやPjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを行う。

 2022年にエンジニアリングマネージメントを設立し、スタートアップやベンチャー、老舗製造業でITエンジニア採用や研修、評価給与制度作成、ブランディングといった組織改善コンサルの他、セミナーなども開催する。

Twitter : @makaibito


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。

アイティメディアからのお知らせ