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「全従業員デジタル人材化ってほんと?」 失敗で終わらせない方法DXリベンジャーズ(第3回)

ITのレベルが低い社員を“デジタル人材”として評価してしまうと、AI時代の新世代が入社した際に、先輩デジタル人材のレベルの低さに失望し、すぐに退職してしまうかもしれません。今回は「デジタル人材育成」にリベンジする道を考えていきましょう!

» 2023年08月08日 07時00分 公開
[西脇 学DLDLab.]

DXリベンジャーズ 〜失敗で終わらせない、リベンジへの道〜

世の中のDX活動が鈍化傾向にある今こそ、正面からDXに取り組み、ライバルに差をつけるチャンスです。一緒にDXリベンジャーズの道を進んでいきましょう。

 「デジタル人材」という言葉は、PCに詳しい人、プログラミングが得意な人、AIを活用できる人など、さまざまな視点が混在し、その定義はあいまいです。まずはデジタル人材の意味を再考し、その先にあるデジタル人材とDXの関係性について理解を深めましょう。

デジタル人材とはどのような人?

 AI時代における日本の課題の一つに、デジタル人材教育の遅れがあります。この流れを決定づけたのは、初代デジタル庁の長官である平井卓也氏が、内閣府特命担当大臣として2019年4月に発信した「AI戦略」です。

 この政策では全ての国民がデジタルの基礎を習得するという目標が掲げられ、すでに小学校教育からのデジタル導入、高等学校教育では「情報Ⅰ」を受験科目とするまでが実施されています。さらに大学、高専ではAI基礎力と専門分野を兼ね備えた「AI応用力」を持った人材の育成が掲げられ、各校が対応を進めています。

 ここで疑問が浮かび上がります。企業が定義するデジタル人材とは、政府が定める「AI応用力」を持った人材と同じなのでしょうか。私は多くの不一致と潜在的な課題を懸念しています。読者の皆様が想像するデジタル人材の姿も、これとは異なるかもしれません。

 また、本連載の第2回「『草の根DX』と称した『丸投げDX』を阻止せよ」で触れたような、従業員が自身の業務をデジタル化することによってデジタル人材化も進むという考え方は誤りです。今回は「デジタル人材育成」を失敗で終わらせない、リベンジへの道をいっしょに考えていきましょう!

潜在的な課題がもたらすトラップと学び

 経営者が、個人レベルの業務のデジタル化に慣れた社員を「デジタル人材」と認定したい気持ちは理解できます。しかし、そのようなあいまいな定義が社内に浸透すると様々な課題が生じます。

 まず改善すべきなのは、アピールしたいだけのDX宣言です。PRとしては効果的かもしれませんが、中味がないため結果を生み出すことはないでしょう。それだけでなく、PRに対してDXの成果が伴っていない事実が、デジタル人材への失望を生んでいるのです。課題を具体化して見落としがちなトラップを考察し、そこから学んでいきましょう。

トラップ1 デジタル人材を正しく定義せず、低い基準で評価している

 従業員が以前よりデジタルに慣れてきたからといって、それをデジタル人材と評価するのは間違いです。本来の目標は、改革に貢献する人材を育成することです。

 社内の文化、既存の制度、現行のサービス価値は永遠に続くものでしょうか。そう思えないなら、問題は至る所に存在しているはずです。その視点を持ち、自社に必要なあらゆる選択肢を見極め、行動できる人こそが、DXを推進する人材となるのです。評価すべきなのは、デジタルの習熟度ではなく、デジタルを手段として活用できる人材です。

 その認識を欠いて安易な道を選んでしまうと、AI時代の教育を受けた新世代が入社した際に、先輩である「デジタル人材」のレベルの低さに失望し、すぐに退職してしまうのが予想されます。これは人手不足の問題を解決できない長期的な原因となるでしょう。視線を高くし、意識を未来に向けてください。

トラップ2 急激な職場の変化に対し経営者が行動できない

 職場の制度や文化の変化は、何らかの反発や拒否反応を必ず引き起こします。従業員の中には、その変化に対応できる人とそうでない人がいて、その結果が格差を生みます。この格差は、技術の進歩に伴いさらに拡大する可能性があります。

 現代社会では、人々は転職したり、新たなスキルを身につけたり(リスキリング)することが推奨されており、変化への対応力は良いパフォーマンスの指標の一つです。しかし同時に、経験に基づいて仕事をこなすこと、つまりベテラン従業員の存在意義を揺るがすという側面もあります。

 キャリアとは長期間に渡る経験によって形成されるものです。したがって、長い経験を持つ従業員が自己のキャリアに危険を感じると、変化に対して否定的な反応を示します。このような複雑な問題に対し、経営者が単純に「変化するか否か」で考えてしまうと、従業員の業務が停滞し、問題はさらに深刻化する可能性があります。

 こうした状況下においては、何を変化させ、何を維持し、何に対しては時間をかけて変化すべきかを的確に判断することが重要となります。会社を支えてきた本質的な価値を維持しつつ、時代の変化に対応して会社を発展させる方法を模索することが、経営者に求められます。

リベンジへの道

 ここで、洞察に富んだDX事例「東京エレクトロンは全世界1万7000人の従業員をどう管理しているのか 人事管理システム導入秘話」を参照し、リベンジへの道を明らかにしましょう。

改革内容の明示とワンチーム体制の構築

 東京エレクトロンは米国企業との経営統合交渉をきっかけに、グローバルで1万7000人の従業員を対象に人事制度改革とシステム統一に取り組みました。グローバル展開する同社にとって、各リージョンでバラバラだった人事制度と人事システムの統合は、真に全社で力を発揮するための重要な改革でした。課題と改革内容が非常に明確であり、総論的な合意形成は取りやすかったと推測できます。

 この改革の中で特筆すべきは、人事部内の改革専門組織が制度設計とシステム開発の両方を責任を持って進めたことです。この一体的なアプローチが、最大の成功要因となりました。なぜならそれは、同時期に人事部が人事制度を検討する一方で、IT部門がツール選定して導入を進めるという体制の欠点を裏返しにして見せたからです。

 制度運用の責任部門とIT部門がお互いを見ない無責任な関係はプロジェクトの空中分解を招きますが、それをワンチームで見事に回避しました。

一気に仕組みを入れ替えず徐々に変革を進める

 もう一つ注目点があります。グローバル企業に限らず、拠点ごとに独自の制度とシステムを利用しているような状況では、全ての仕組みを一気に統一すると部分的に業務効率が悪くなります。

 そこで東京エレクトロンは、「システムを統一すると業務効率が悪くなる部分については、従来のシステムを残すことを許容」しました。そして、導入後徐々に統合範囲を拡大することで、全体の改革を進めました。

 改革を断行する部分と、許容してなじませていく部分を適切に切り分けることで協力を得る。一見遠回りに見えるかもしれませんが、実は改革成功への王道であり、この事例から学ぶべき重要な教訓です。

徹底して運用にのせて成果を見せる

 また、この改革をリードした人事部「HRテクノロジーグループ」は、各グループ内にエンジニアを配置し、ベンダーに頼らない人事管理システムの運用を目指しました。特に欧米の拠点では新しい制度、システムの運用方法がなかなか浸透しなかったそうですが、導入後4年間にわたって拠点に駐在してサポートしたという徹底ぶりで成功に導きました。

 この改革によって、人事制度の統一と集中管理が実現し、人事データの分析基盤を構築できました。現在は人事データ活用への議論が進み、さらには拠点の自発的な動きによって残っていた従来システムの集約が始まっているそうです。

 このように改革を遂行できる人材こそ、DXに必要となる「デジタル人材」であると筆者は考えます。あなた自身のリベンジへの道は見えてきましたか?

次回はRPA

 「生産性向上で業務時間を数千時間圧縮」といった事例をよく見かけるRPA。RPAは定形作業を自動化してくれますが、手放しで導入を進めてよいものなのでしょうか。「現場のDXはRPAにおまかせ!ってほんと?」に続きます。

 筆者はX(かつてTwitterだったもの)で読者のみなさんからの感想やリクエストなどをお待ちしております。今後の連載の参考にさせていただきますので、ぜひコメントをよろしくお願いします。

 なお、このアカウントでは毎朝DX関連ニュースをピックアップして発信していますので、みなさんの情報収集に役立ててください!

著者プロフィール:西脇 学(DLDLab. 代表)

 大学卒業後は電源開発の情報システム部門およびグループ会社である開発計算センターにて、ホストコンピュータシステム、オープン系クライアント・サーバシステム、Webシステムの開発、BPRコンサルティング・ERP導入コンサルティングのプロジェクトに従事。

 2005年より、ケイビーエムジェイ(現、アピリッツ)にてWebサービスの企画導入コンサルティングを中心に様々なビジネスサイトの立ち上げに参画。特に当時同社が得意としていた人材サービスサイトはそのほとんどに参画するなど、導入・運用コンサルティング実績は多数に渡る。2014年からWebセグメント執行役員。2021年の同社上場に執行役員CDXO(最高DX責任者)として寄与。

 現在はDLDLab.(ディーエルディーラボ)を設立し、企業顧問として、有効でムダ無く自立発展できるDXを推進している。共著に『集客PRのためのソーシャルアプリ戦略』(秀和システム、2011年7月)がある。

Twitter:@DLDLab


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