自然災害の絶えない日本で災害発生をはじめとする緊急時に従業員全員の安否を確認することは、BCP(事業継続計画)の一環としても欠かせない。事業継続の可否が社会に及ぼす影響が大きい、重要インフラ分野では安否確認サービスへの満足度は?
自然災害の絶えない日本において、迅速かつ正確に従業員の安否状況を確認することは事業継続計画(BCP)の観点からも重要事項だ。
デロイトトーマツ ミック経済研究所が実施した調査でも、事業継続マネジメント(BCM)ソリューション市場は2023年度に前年度比115%の205億7千万円、2023年度〜2027年度の中期予測では年平均成長率17.9%の397億円が見込まれるなど、2桁成長が続いている(注1)。
「自然災害発生時にいかにビジネスを止めずに継続するか」は多くの企業が取り組む重要課題と言えそうだ。そこでキーマンズネットでは「安否確認サービスの利用状況に関する調査(2023年)」を実施した(実施期間:2024年1月15日〜1月26日、回答件数:303件)。前編となる本稿では安否確認サービスの利用状況や利用のきっかけ、サービスの満足度などの結果を紹介する。
特に、大災害発生時に事業を継続できるかどうかが社会全体に大きな影響を及ぼすとみられる情報通信や電力、ガス、公共交通など、14分野にわたる重要インフラ事業者の取り組みは、サービスを選定する上で参考になるはずだ。
自然災害などの不測の事態が発生した際、ITを利用して従業員の状況を確認する「安否確認サービス」について認知度と利用状況を尋ねたところ、「名前も具体的に何をするサービスかも知っている」が86.1%に上った。「安否確認サービスという名前では認識していなかったが、説明されているサービスの存在は知っている」(6.3%)を合わせると92.4%と大多数の企業で認知されていることが分かった。
勤務先で安否確認サービスを利用しているかと尋ねた項目では、「利用している」が73.3%と高く、「利用していないが、利用に向けて具体的に検討中」(1.0%)、「利用していないが、興味はある」(7.9%)などを含めると、8割以上がサービスの必要性を認める結果となった。ただし、利用率と従業員規模には相関があり、従業員規模が少ない企業ほど利用率は低い。
安否確認サービスの利用経験の有無を聞いたところ「自然災害発生時に利用した」(56.5%)、「模擬訓練(テスト)のみ」(32.6%)と二分する結果となった。拠点数が多いほど被災率が高まるため、従業員規模が多くなるほど「災害発生時に利用した」割合が高い傾向にある。
重要インフラ事業者に回答を絞ると、「自然災害発生時に利用した」は72.2%と全体よりも高い割合に上り、「模擬訓練(テスト)のみ」は27.8%と全体よりも低くなった。重要インフラ事業者はその事業の性質上、人口密度の低い地域にも設備や施設を多く抱えていることから、「災害発生時に利用した」割合が全体よりも高くなったのではないかと考えられる。
安否確認サービスを導入した企業は果たして実際の利用時に満足のいく成果が得られているのだろうか。
「おおむね想定通りの成果を挙げている」(46.5%)と「想定通りの成果を挙げている」(25.2%)を合わせると、約7割が「成果があった」と回答した。
その理由について尋ねたところ、「電話などが不通の状態でも従業員の安否情報を確認できた」や「正確に安否を確認できる」「能登半島地震でも対象者には対応できている」など、通常時とは通信が制限される状況でも安否を確認できたことに対する評価や、直近に発生した地震での手応えを評価する声があった。
他にも「いろいろなデバイスに対応しているため、回答率が高い」や「スマホアプリの利用にて確認対応が早く楽になった」といった機能が提供されていることで、被災時に対象者が迅速な安否報告を実行したとの声も多かった(自由回答)。
反対に「想定を下回る成果」とした回答者に対して理由を尋ねたところ、次のような結果となった。
「UIが古く操作しづらい」や「従業員のうち15%は操作が分からず対応が難しい」など、操作性、あるいは従業員のスキルの問題から緊急時に機能しなかった点が理由だと考えられる。
得られた成果について、回答者を重要インフラ事業者、かつ「自然災害発生時に利用した」と答えた人に絞ると「おおむね想定通りの成果を挙げている」は23.1%、「想定通りの成果を挙げている」は53.8%と、全体と比べて「おおむね想定通りの成果を挙げている」「想定通りの成果を挙げている」の割合は逆転したものの、合計としてはやはり7割以上が「成果があった」と捉えていることが分かった。
「成果があった」と評価した理由については、「UI(ユーザーインタフェース)がシンプルで管理もしやすい」「想定通りだが、やや使いづらい」といったUIに関する言及が目立つ。「各自に電話を掛ける必要がなくなった」といったサービス導入前までの手間と比べて評価する声も挙がった。「数千人の職員が他地域の地震発生時に、忘れることなく安否確認の返信をすることが難しい」といった、広い地域に拠点を持つ企業ならではの課題を指摘する回答もあった。
逆に「想定を下回る」と評価した理由としては「会社支給のスマホにアプリをインストールしておらず、個人の携帯電話への転送設定をしていない。従業員が回答しないなどの問題がある」「返答率が低い」が挙がった。
全従業員の安否を確認するというツールの目的上、「従業員全員が操作できる(操作しやすい)UIかどうか」「従業員から高い回答率が得られるかどうか」の2点が成果を分けるポイントとして浮上した。
特に後者に関しては、被災時に従業員が確実に回答できるようなモバイル環境も含めたシステムの整備や、災害発生後は安否確認サービスにすぐに回答するという習慣付けの徹底など、平時の備えが欠かせないだろう。
なお、回答の中には「ライセンス費用削減なのか、管理職が部下の被災状況をまとめて報告する方針の下、非合理的な運用フローが運用されている。実際に被災した場合はどうコントロールするのか」といったリスク管理の在り方を危惧する意見も見られた。そもそも不測の事態が発生した際に従業員の安否を確認するのはなぜなのかという基本に立ち返りつつ、重要な初期対応段階で「誰が、いつ、何をすべきか」の割り振りを見直す必要がある企業は多いのかもしれない。
次に、安否確認サービスを「利用している」と回答した人に対して具体的なサービス名を尋ねたところ、「セコム安否確認サービス(セコムトラストシステムズ)」(34.9%)、「エマージェンシーコール(インフォコム)」(10.7%)、「安否確認サービス2(トクヨモ)」(8.7%)、「安否確認サービス Biz安否確認/一斉通報(エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ)」(8.7%)の並びとなった。「その他」としては「自社開発」や「グループウェアの機能を利用」する声が挙がった。
重要インフラ事業者に絞ると、「セコム安否確認サービス(セコムトラストシステムズ)」(25%)が個別に名前の挙がったものとしては最も多く、「安否確認サービス Biz安否確認/一斉通報(エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ)」(15%)、「安否コール(アドテクニカ)」(10%)、「エマージェンシーコール(インフォコム)」(10%)が続いた。
安否確認サービス選定で「決め手」となった点を聞いたところ、全体では「従業員の状況を一元管理できる機能がある」(42.1%)、「PCだけでなくスマートフォンでも従業員の状況を確認できる」(40.9%)、「従業員の安否状況や出社可否などを自動集計できる」(36.9%)と続いた(図1-3)。有事の際には従業員の安否を如何にスピーディに把握し一元管理できるかが最も重視され、次点でコストや使い勝手が求められている。加えて、緊急時に正常に機能しなければ意味をなさないサービスの性質上「定期的に模擬訓練(テスト)を実施する機能が搭載されている」(20.2%)や「操作が簡単で、ITが苦手な従業員にも使いこなせそう」(20.2%)にも票が集まった。
重要インフラ事業者では「従業員の状況を一元管理できる機能がある」「従業員の安否状況や出社可否などを自動集計できる」が同率で50%と最も多く、「PCだけでなくスマートフォンでも従業員の状況を確認できる」(45%)が続いた。緊急事態発生直後に自社が管理・運用している設備を含めて状況を把握し、必要であれば所管省庁に報告する義務を負うことの多い事業者が、「なるべく早く、正確に」確認できる点を重視していることが分かる。
これだけ多くの企業で、有事を想定した安否確認サービスが利用されているのはなぜか。多くは日本全体の課題である自然災害時の対応を想定しているようだ。
今回の調査によると、利用目的の大半が「大災害発生時の従業員の状況を把握するため」(82.1%)で、「BCP(事業継続計画)の一環として」(49.2%)、「大雨や大雪など荒天時の出勤の可否を把握するため」(24.6%)が続いた。
重要インフラ事業者に絞ると、利用目的の大半が「大災害発生時の従業員の状況を把握するため」(85%)であることは同じだが、「BCP(事業継続計画)の一環として」が60%と高く、他の業種よりもBCPへの意識が高いことが分かる。
国土交通省の水管理・国土保全局が2022年8月に発刊した「河川データブック」 によると、2012〜2021年にかけて世界で発生したマグニチュード6以上の地震のうち11.9%が日本周辺で発生している。日本の国土が世界に占める割合が0.29%であることを鑑みると、高い数値だといえるだろう。日本はプレートの位置や地形、地質、気象などの条件から、地震や津波はもちろん、台風や豪雨、火山噴火による災害が発生しやすい。災害を起点とするビルや家屋、橋などの建築物の倒壊や火事の発生も記憶に新しいところだろう。
安否確認サービスを利用するようになったきっかけとしても自然災害が多く選ばれた。特に国内観測史上では最大規模とされるマグニチュード9.0を観測した「東日本大震災(2011年)」(46.0%)の影響は大きく、これを機に災害時の事業継続計画(BCP)策定に本腰を入れた企業も多かったとみられる。「2003年以前に発生した震災」(21.4%)と早期にサービス利用を決めた企業や「発生が予測されている震災」(17.5%)など将来を見据えるケースもあるが、きっかけとしては災害による被害を目の当たりにした経験が大きく関与しているといえそうだ。
後編では、安否確認サービスとの関連性の高い、事業継続計画(BCP)に関する意識や策定状況、事業継続計画(BCP)の一環として最もコストをかけている項目などを調査した結果をお届けする。
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