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ヤンマーはPDCAをどう“爆速化”した? AI×業務自動化の実践法事例で学ぶ! 業務改善のヒント

グループ全体でDXを推進するヤンマーはUiPathを利用してAIを使った業務自動化に取り組んでいる。「PDCAを最速で回す」ことにAIをどう活用しているのか。同社の実践方法を明らかにする。

» 2025年02月17日 07時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 長年培われた慣習が、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を阻む例は珍しくない。「Microsoft Excel」(以下、Excel)がその一例だ。習慣化したExcelの利用に課題を感じながらも、新たな手段に踏み出せないケースは多い。

 ヤンマーグループで建設機械事業を担うヤンマー建機も同様の課題を抱えていた。しかし、2020年に品質管理部門がExcelに代わってBIツールを導入し、データの可視化に成功する。それをきっかけに他部門でも「脱Excel」が進み、社内にDX推進グループやコミュニティが発足。事業部門の従業員による市民開発が拡大し、最近ではAIによる業務自動化にも着手している。

 机上の空論ではなく、現場に落とし込んでDXを実現するために何が必要か。AIを利用した業務自動化をどのように実践しているのか。早速見てみよう。

UiPathが主催するイベント「AIオートメーションフォーラム2024」(2024年12月4日開催)にヤンマーホールディングスの奥山博史氏(取締役 CDO《最高デジタル責任者》)とヤンマー建機の田中重信氏(DX推進グループ課長)が登壇し、「現場主導のAI・自動化による価値づくりへの挑戦」と題してデジタル化の目的やこれまでの歩みを語った。

編注:PDCAはフィードバックループの一種であるという考え方に基づき、タイトルやリード文に「PDCA」を使用しています。

ヤンマーはAI×業務自動化をどう実践している?

 セッションではまず奥山氏が、ヤンマーホールディングスがデジタル化を推進する理由を解説した。

 「当社は、業務品質や効率の改善だけでなく、デジタル化で顧客に新たな価値を提供したいと考えています。そのためには経営や意思決定に必要なデータ基盤や業務プロセス、組織、文化をしっかりと整備する必要があります」(奥山氏)

 こうした「次世代IT経営基盤」を実現する目的で、ヤンマーホールディングスは、「インフラの整備とセキュリティの強化」「データ基盤の再構築とモダナイゼーション」「草の根DX施策・グループ展開」「データ活用・分析」の4つを重点取り組み事項として掲げる。

図1 デジタル中期戦略(出典:ヤンマーの講演資料) 図1 デジタル中期戦略(出典:ヤンマーの講演資料)

 さらに奥山氏は、デジタル化の本質は、「情報・データ収集」「意思決定」「アクション」「課題と改善策の設定」のループを高速で回し続け、製品や従業員の“進化”のスピードを加速させることだと強調する。

 「デジタル化の本質は、情報やデータを収集し、意思決定し、アクションして課題と改善策を設定するループを高速で回し、製品や従業員を飛躍的に進化させることです。手作業や紙を使う業務、Excelによる計算がなぜいけないかというと、ループがそこで途切れてしまうからです。われわれは、RPA(Robotic Process Automation)やAIを組み込んでループを無限に速く回したいと考えています。デジタル化に関する取り組みは、フィードバック・ループを高速で回すために実施していることを従業員に理解してもらう必要があります」(奥山氏)

図2 ヤンマーが考える「デジタル化の本質」(出典:ヤンマーの講演資料) 図2 ヤンマーが考える「デジタル化の本質」(出典:ヤンマーの講演資料)

 次に奥山氏は、ヤンマーグループのデジタル化の取り組みの中から2つ例を挙げて解説した。

1. 計画策定から意思決定までの時間を短縮

 ヤンマー建機は、生産計画や販売計画などを策定する際に必要な製品別の連結損益データをこれまでは半年に1度しかアップデートしていなかった。計画から実績までのデータをデータ基盤で統合し、AIやBIツールなどを活用してデータの集計、分析から意思決定までの流れを効率化した結果、意思決定サイクルが大幅に短縮されたという。

図3 ヤンマー建機におけるAI活用の概要(出典:ヤンマーの講演資料) 図3 ヤンマー建機におけるAI活用の概要(出典:ヤンマーの講演資料)

2. AI搭載製品のバージョンアップ期間を短縮

 ヤンマーホールディングスは、画像を基に野菜の適切な収穫時期がいつかを判定するAIを搭載した製品を開発した。製品が取得したデータを基にAIモデルを進化させる仕組みで、これまでは人が現地でソフトウェアを最新バージョンにアップデートしていた。

これをOTA(Over The Air)で即時アップデートする仕組みに変更した結果、AIの再学習からバージョンアップにかかる期間が数週間から1日に短縮され、顧客の手元で製品の性能が日々向上できるようになった。

図4 ヤンマーホールディングスにおけるAI製品アップデートに関する改善の概要(出典:ヤンマーの講演資料) 図4 ヤンマーホールディングスにおけるAI製品アップデートに関する改善の概要(出典:ヤンマーの講演資料)

「Excelでのデータ整理」に危機感

 次に田中氏が登壇し、ヤンマー建機のDXの歩みを紹介した。

 2020年にヤンマー建機に入社した田中氏は、当時所属していた品質保証部の従業員がExcelにデータを整理して満足していることに危機感を感じ、BIツール「MotionBoard」を導入した。これにより、月次や週次、日次データの可視化を実現した。「この取り組みがヤンマー建機におけるDXの原点です」(田中氏)

 2021年には「重いデータの処理が難しい」といったExcel特有の課題に悩む他部門が、品質保証部と連携してBIツールやデータベースを用いたデータの可視化に取り組んだ。

 こうした取り組みを背景に、2022年1月、当時ヤンマー建機の社長だった奥山氏の発案でDX推進グループが発足した。田中氏は課長として全社規模のDXを推進することになった。同年に「UiPath」を導入し、「UiPath StudioX」による開発が進められた。当時は市民開発を推進する目的で、プログラミングの知識が必要な「UiPath Studio」の使用は禁止されていたという。

 翌2023年には、市民開発をさらに進める目的で社内コミュニティが立ち上げられた。社内の各部門に在籍するコミュニティメンバーは、コミュニティ発足当初から増え続け、今では約200人に上る。「最終的に全従業員がDX推進者になることを目指しています」(田中氏)

図5 ヤンマーにおけるUiPath利用の概要(出典:ヤンマーの講演資料) 図5 ヤンマーにおけるUiPath利用の概要(出典:ヤンマーの講演資料)

 ヤンマー建機におけるデータ活用の特徴は、データベース「Dr.Sum」に個人が作成したExcelデータを含む社内のシステムデータを集約し、外部パートナーであるSIerやDX推進グループが活用しやすい形に成形している点だ。成形されたデータは従業員がBIダッシュボードの「MotionBoard」で活用している。PCを所持するほぼ全ての従業員にMotionBoardのIDが付与されており、作成されたダッシュボードの数は1500に上るという。

 ヤンマー建機は、データ活用の前後の工程をUiPathで自動化している。

 「データの取得は、通常であればETLツールを使ったりAPIを開発したりしますが、ETLツールの設定は容易ではなく、APIの開発には時間がかかります。そこで、CSVをダウンロードしてアップロードする、通常であれば手作業で実施する部分をUiPathで自動化しました。MotionBoardで可視化や集計、分析した結果を社内システムに転記する際にもUiPathを利用しています」(田中氏)

AIを活用して競合他社調査を自動化

 市民開発中心に業務改善を進めたヤンマー建機が、次に挑戦しているのがAIを活用した業務自動化だ。

 同社は中期計画や年間事業計画、販売計画に活用する目的で、競合他社の活動や投資内容を調査している。これまでは人がWebで情報を検索し、Excelなどに整理して資料としていたが、かなりの時間と手間がかかっていた。

 そこで、電子メールやチャットといったコミュニケーションの非構造化データを自然言語処理で理解する「UiPath Communications Mining」(以下、Communications Mining)を使えば、この業務を自動化できると考えたという。

 Webで情報を収集する作業には、UiPath Studioを使って1000種類以上のキーワードの組み合わせで数万のデータを取得し、データをテキスト化する作業を自動化した。次にCommunications Miningが大量の情報から関係のある内容を引き出してラベルを付け、どの記事のどの部分に自社と関係がある情報が掲載されているかを整理した。資料をまとめて作成する作業にはMotinBoardを活用した。

 「Webの検索キーワードやCommunications Miningが付けたラベルを基にして、MotionBoardから必要な情報を検索できるようにしました。キーワードやラベルを選択すると情報が絞られてテキストが表示され、元のWebサイトの確認もできます。戦略を立てる際に必要な情報が、簡単に手に入る仕組みを構築できたと考えています」(田中氏)

図6 ヤンマーにおける情報収集の自動化のイメージ図(出典:ヤンマーの講演資料) 図6 ヤンマーにおける情報収集の自動化のイメージ図(出典:ヤンマーの講演資料)

 Communications Miningによる情報収集の自動化は、ヤンマー建機と奥山氏が率いる本社のDX部門が共同で進めている。田中氏は、Communications Miningで必要な情報を抽出して整理する部分を共通部品化し、グループ内で他の用途にも使えるようにしたいと語る。

 「競合他社の情報収集は、建設機械事業だけでなく農機やエンジンの事業でも必要です。製品やサービスに関する問い合わせ内容の振り分けと傾向分析にも応用できると考えています」(田中氏)

 田中氏は、今後は本社のDX推進グループと各事業現場のDXキーパーソンだけでなく、各事業間でも知恵の出し合いやユースケースの共有を進めたいと語る。

 「当社の取り組みは、本社の理想を現場で本当の価値創出につなげる一例だと考えています。皆さまが業務効率化や自動化を進める上で役に立つところがあれば幸いです」(奥山氏)

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