生成AIブームの中で、生成AI導入という手段が目的化する問題がある。本企画では、トップと現場の「目的のズレ」に焦点を当て、失敗と成功の分岐点を提示する。
生成AIに関する記事を書くため情報収集をしていると、企業が「生成AIを導入」「生成AI活用に本腰」といった発表をしているのをよく見かけます。
一方で実際の現場では、「AIで何かできないか」「取りあえずAIを使って業務を効率化してほしい」といった抽象的なミッションが情シスや現場部門に降りてくるケースも珍しくありません。いつの間にかKPIが「AIを導入すること」や「AIを使うこと」になり、本来解決すべき業務課題が曖昧(あいまい)なままプロジェクトが走り出す。そんな状況に心当たりがある方もいるのではないでしょうか。
米マサチューセッツ工科大学が公開したレポート「生成AI格差:ビジネスAIの現状(2025)」によると、自社向けAIの開発や特定業務の自動化を目的としたAIシステムの導入については約6割の企業が検討しているものの、PoC(概念実証)に進むのはそのうちの約5分の1にとどまり、本格稼働に至る企業は全体の約5%にすぎないとされています。
なぜ生成AIの導入はこれほど難しく、実用化に至らないケースが多いのでしょうか。
生成AIブームの中で、「AIを導入した」という事実そのものが企業のアピール材料になっている。一方で現場には「AIで何かやれ」という抽象的なミッションが……。また、KPIが「AI導入」「AIで効率化」技術導入が目的化し、本来の課題が置き去りといった構造的な問題が発生している。これは生成AI特有の問題ではなく、RPAやクラウドシフト、DXなど、過去の技術ブームでも繰り返されてきた構図だ。本企画では、トップと現場の「目的のズレ」に焦点を当て、失敗と成功の分岐点を提示する。
新しい技術が注目を集めると、多くの企業の経営層はそれをいち早く取り入れようとします。少し前はDX、もっとさかのぼるとIoT。今は生成AIがこのポジションにあり、世の経営トップが「当社も生成AIで何かできないか」と号令をかけている状況ではないでしょうか。
これに対して現場はこう思うのではないでしょうか。「生成AIは手段の一つであって、目的ではない」と。生成AIで解決できる課題もあれば、生成AIを使わない方がスムーズに取り組める課題もあります。理想的には、まず課題を明確にした上で、その解決のために適切な技術を探し、検討を進めるのが自然な流れです。
にもかかわらずトップが生成AIで何かせよと求めるため、ここに対立構造が生まれるわけです。しかし、トップ層にとって生成AIは正当な目的です。
AIを導入しているという事実自体が、企業のアピールポイントになるからです。先進的である、時代に乗り遅れていない、常に成長している、凝り固まっていないといった印象を振りまくことが、広報的な役割を果たし、仕事や優秀な人材を集めるための布石になります。
企業が生成AIを導入した、あるいは実証実験をしたことを報道発表する背景には、このような事情があります。本来であれば企業が技術やツール、サービスを導入すること自体には速報的価値はないはずです。例えば、企業が新たに会計ツールを導入したとして、それが「速報! ○○社が会計ツールを導入」と報じられることはないでしょう。
速報として報じられるからには相応の背景事情があるはずです。「これまで導入に消極的だった○○社がついに導入した」「ツール導入によって大きな成果が得られた」「最新技術をいち早く導入した」などの付加価値のある情報が必要です。生成AIの導入は付加価値として十分に意味があるため報じられています。
トップの「生成AI導入は目的である」という主張と、現場の「生成AI導入は手段である」という間違っていない2つの主張のズレが、生成AI導入失敗の一因になっているのではないでしょうか。両者の主張が正しければ、この認識のズレは今後も解消されることはないでしょう。
では、その前提を踏まえた上で戦略を考えるしかありません。経営トップの鶴の一声を"利用する"という発想も一つの方法です。
社長が「生成AIで何かやれ」と言うということは、裏を返せば、その目標を達成するための予算が付くということです。
トップから「AIを導入せよ」という号令が出た後、現場では具体的に何をすべきかが明確でないまま、手探りで「生成AIで何かできること」を探し始めることになります。その結果、本来優先すべき業務課題が後回しになったり、生成AIでは解決しにくい課題に無理やり取り組んでしまったりして、プロジェクトの失敗や成果の停滞を招いてしまうのです。
キーマンズネットがこれまで実施してきた取材や読者調査では、失敗理由として以下のような要因が見えてきました。
例えば、生成AIチャットを使って営業トークをブラッシュアップするシステムを作ったとしましょう。もし従業員が「確かにブラッシュアップできればいいが、現時点で大きな問題が生じているわけではない」という程度にしか思っていないなら、結局、あまり活用されずにPoCで終わってしまう可能性が高いでしょう。
例えば、経理の月末処理を自動化するシステムを作ったとします。ですが、厳密な計算が求められる作業で生成AIがハルシネーションを起こし、存在しない数字を出力してしまったら、それは明らかに失敗です。
読者調査の回答結果を見ると、中には、KPIが「生成AI導入」といったあいまいなまま設定されている企業もあるようです。また、一般的なビジネス施策でROIを特定せずに進めることは考えにくいですが、生成AI導入に関しては「ROIを測定していない」という回答が一定数見られます。
この問題を解決するために情報システム部門ができるのは「現場を理解して課題を把握しておくこと」「技術を理解して何ができるか把握しておくこと」「社長を理解して意図を分解すること」です。これ自体は特殊な言説ではないですが、大事なのはこれらをストックしておくことです。
現場の具体的な悩みを見ると、課題は意外に単純です。人事は日常的に同じような問い合わせに対応しなければならず、コア業務が圧迫されています。経理は数字が合わない場合、経験に頼ってミスを見つけますが、新人には難しい作業です。マーケティング部門では、大量のアンケートから顧客の意見をなんとなく推測するしかない、といった状況があります。社内でのコミュニケーションや知識の共有が、業務の効率や質に大きく影響しているのです。
こうした現場の課題に対し、生成AIの最新技術は一定の解決策を提示できます。社内データを検索しながら情報源を示す生成AIサービスや、MCPやRAGといった技術で社内データを接続するチャットサービス、自然言語テキストの高速分類などは、現場業務をサポートする可能性があります。ベンダー事例やイベントで学べる活用方法も参考になります。
実際にイメージすると、人事では生成AI検索で資料を自然言語で探せるようになり、対応が効率化されるかもしれません。経理では、ベテランのノウハウや過去データをAIに接続すれば、数字が合わないときのチェックポイントを提示できます。マーケティングでは、アンケート回答をAIに読み込ませることで、短時間である程度統一感のある基準で分類できる可能性があります。
ですが、ここで重要なのは技術の便利さだけに飛びつくのではなく、本当に解決したい課題と向き合い、AIの役割を正しく位置付けることです。現場の課題を起点にしなければ、生成AIは単なる「とりあえずAI」のまま終わってしまいます。
生成AIが万能というわけではありません。人事の問い合わせ対応は、FAQサイトやナレッジ共有ツールを整備するだけで、低コストかつ正確に解決できることもあります。経理業務も、ミスを提示するような定番のテクニックをシンプルなプログラムで再現するだけで十分な効果が得られる場合があります。マーケティングのアンケート分析も、ワードクラウドや基本的な機械学習手法を使った方が生成AIを使うより安く、かつ実務的に使いやすいことも多いでしょう。
つまり、AI導入の判断は「便利そうだから」とか「最新技術だから」といった理由だけで決めるべきではありません。本当に解決したい課題を見極め、最適な技術を選ぶことこそが、現場の成果につながるのです。
こうした課題や技術のストックをあらかじめ用意しておけば、社長から「生成AIで何かやれ」と指示があったタイミングでも、現場は振り回されることなく、主体的に声を上げられます。「実はこんな課題があって、生成AIを活用すればこう解決できそうです」と提案できれば、トップはAI導入という目的を達成でき、現場は本来の課題を効率的に解決できる、まさにWin-Winの状態です。
さらに成功に近づくには、トップ層と現場層の双方が役割を果たすことが重要です。トップは、現場が課題や活用事例のストックを作るための時間とインセンティブを用意します。一方、現場は事例や学習を通じて生成AI活用の知識を身に付け、社長の「鶴の一声」を具体的なKPIに分解して効果を測定できる体制を整える。こうした仕組みを作ることで、単なるAI導入ではなく、現場課題の解決につながる成果型のプロジェクトに変えることができるのです。
本企画「『とりあえずAI』への対処法 〜情シスがトップを利用する、生成AI導入の処方箋〜」では3回にわたって、事例から学ぶ生成AI導入の難しさや、専門家による状況改善のヒント解説などを公開する予定です。情報システム部門をはじめとする実務者目線で、生成AIのビジネス活用における現状と、プロジェクトを成果につなげる具体的な対処法を見ていきます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。