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なぜ姫路市の救急病院AIチャットは、2週間で正答率最高90%を出せたのか?

生成AIで多くの業務が効率化されるなか、電話対応だけは何十年も変わらない光景が続いている。AIを実務で機能させる鍵は何か。メディアリンクが姫路市との実証実験で示した「ナレッジ循環」の仕組みを読み解く。

» 2026年06月08日 07時00分 公開
[平 行男キーマンズネット]

 生成AIの導入により、メール返信や資料要約、議事録作成といったテキスト業務の効率化は急速に進んだ。一方で、電話業務の現場だけは何十年も変わらないままだ。なぜAIが普及しても、電話による問い合わせは減らず、効率化も進んでいないのか。

 コールセンター向けITソリューションとAIエージェントを提供するメディアリンクの松田彩花氏は、姫路市との実証実験で得た知見も踏まえ、AIを実務で機能させる条件を整理した。

姫路市が目指す「AIと人の明確な役割分担」とは

 「ChatGPT」の登場から3年以上が過ぎ、LLMの進化によってAIは単なる指示処理から、推論して自律的に動くAIエージェントへと移行しつつある。特にカスタマーサポート領域は自然言語でのやりとりが中心であり、AIと親和性の高い領域だ。

 それにもかかわらず、メールや資料作成が大きく効率化される一方で、電話対応は従来のままだ。電話が鳴れば作業を中断して応対し、メモを取り、担当者へ引き継ぎ、不在であれば折り返すといった流れは今も変わっていない。

 松田氏はその背景として、電話が選ばれる理由を「緊急性」「複雑な要件」「共感・安心感」の3点に整理する。即時の回答が求められる場面や文章化が難しい複雑な相談、さらには不安やトラブル時における感情的なケアなど、いずれも電話が依然として担っている領域だ。

 松田氏は、兵庫県の「ひょうごTECHイノベーションプロジェクト」の一環として、姫路市と共同で実施した実証実験について説明した。同プロジェクトは、県内の社会課題をスタートアップなどの技術で解決する取り組みであり、メディアリンクの提案は2025年に採択された。

 実証の対象となったのは「姫路市休日・夜間急病センター」の相談窓口だ。看護師が蓄積してきた知見をナレッジデータ化し、それを基に生成AIが自動応答することで、24時間365日対応かつ多言語対応可能な相談窓口の実現を目指した。

 同センターが抱える課題は主に3点あった。

 第一に、夜間・休日における医師や看護師の人員不足により、電話対応が本来の医療業務を圧迫していた点。第二に、外国人からの問い合わせを含む多言語対応の負担が大きい点。そして第三に、既存の電話相談事業の縮小により軽症者の相談先が減り、市民の不安が高まっていた点だ。医療現場の人手不足と市民の安心確保という課題が、電話窓口に集約されていた。

抱えていた課題と解決の方向性(出典:講演時の投影資料)

 そこでメディアリンクは、電話問い合わせの自動化によって市民の自己解決を促すと同時に、看護師の知見をナレッジ化し、回答のばらつきを抑えた高品質な応答を実現する仕組みを設計した。

 市民からの問い合わせはまずIVR(自動音声応答)で要件を振り分け、AIで対応可能な内容については、同社のRAG型AIチャットbot「AItoChat」を中核とするボイスbotやチャットbotがナレッジデータを参照して自動応答する。一方で、緊急性の高い案件や個別対応が必要な内容は担当者へ転送し、人が直接対応する設計とした。こうしてAIと人の役割を明確に切り分けている。

 松田氏は「単なるAI導入ではなく、医療従事者の負担を軽減し、市民が365日安心して医療相談できる環境を整えることを目指した」と実証実験の狙いを語った。

構築された問い合わせ対応のフロー(出典:講演時の投影資料)

短期間で示された効果データ

 ナレッジデータの構築では、看護師が蓄積してきた約1500枚の相談記録簿をデジタルデータセットとして整備し、AIが参照可能な形式へと変換した。これを基に医療相談の専門知識基盤を構築した。重要なのは、一般的な医療情報ではなく、現場で実際に使われてきた表現や対応ノウハウを反映した点であり、これにより専門性を維持しつつ市民にも分かりやすい回答が可能となった。

 効果も着実に現れている。まずボイスbotの正答率は平均60%で推移した。松田氏によれば、この水準に到達するには通常4〜5カ月のチューニングが必要だが、今回の実証では比較的短期間で達成できたという。機械音声への抵抗を懸念する声もあったが、一定のトーンで落ち着いた案内を行うことで、むしろ利用者の安心感につながった。「医療相談では人のほうが安心されるのではないか」という当初の懸念は、必ずしも当てはまらなかった。

 一方、チャットbotの効果はさらに顕著で、開始からわずか2週間で利用回数は500件を超え、電話以外の相談手段への高い需要が確認された。スマートフォンでの検索やチャット操作に慣れたユーザーにとって、電話前にまず確認できる導線が利便性につながったと松田氏は分析する。

 さらにチャットbotの正答率は最高で90%近くに達し、「これは通常、運用開始から半年過ぎても到達しにくい水準だ」と松田氏は語る。

ボイスbotの効果(出典:講演時の投影資料)
チャットbot測定効果(出典:講演時の投影資料)

ナレッジ循環がAIを実務で機能させる

 短期間で高い正答率に到達した要因について、松田氏はナレッジ整備の重要性を指摘する。AIは一般的な知識や汎用的な回答には強い一方で、企業固有のルールやサービス特有の手順には弱い特性がある。「パスワード再設定の一般的な方法」といった質問には対応できても、「自分のアカウントの請求書をどこで確認できるか」といった問い合わせには、各社の画面構成や契約ルールといった固有情報が不可欠だ。

 そのため松田氏は、「AIに現場で使える回答をさせるには、企業側が固有情報、つまりナレッジを整備することが不可欠だ」と語る。

 ここで重要となるのが「ナレッジ循環」という考え方だ。整備されたナレッジはAIの回答精度を高め、更新された情報を取り込むことでボイスbotやチャットbotの対応範囲が拡大し、問い合わせの自己解決率も向上する。さらに同じナレッジをFAQやマニュアルに反映すれば、経験の浅いスタッフでもベテランに近い品質で対応できるようになる。

 松田氏は「AI導入の成果を最大化するには、一度整備して終わりではなく、現場の声を取り込みながらナレッジを継続的に改善する仕組みが欠かせない。この循環こそが、AIの回答精度と人の応対品質を同時に高める次世代コンタクトセンターの姿だ」と強調する。

ナレッジ循環の仕組み(出典:講演時の投影資料)

 AIに任せられる領域はAIに任せ、人が向き合うべき領域には人が対応する。そのために現場のナレッジを整備し、AIと人の双方が活用できる形へと設計する。姫路市での実証実験が示したのは、この一見当たり前にも見える原則を実装する難しさと、それを乗り越えた先にある成果の確かさだ。

本稿は、2026年5月26日に開催されたカンファレンス「事例に学ぶ“AI活用の成果”ホントのトコ」(主催:ファネルAi)の講演内容を基に、編集部で再構成した。

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