なぜ「情シス不在」でもIT化が回る? 39人の町工場が15年かけて見つけた答え
情報システム部門がない、従業員39人の町工場。それでも、設計から製造、発注、会計までデータをつなぎ、現場自らが業務アプリを改善している。7年ぶりの取材で見えた、同社独自のITカイゼンとは。
東京都足立区にある今野製作所の従業員数は39人(2026年8月時点)。「EAGLE」ブランドの油圧ジャッキと、理化学研究分野向けの板金加工を主力とし、エンジニアリングや福祉機器も手掛ける。ものづくりの現場は足立区内の2拠点と福島工場に分かれている。組織図に情報システム部門はない。
キーマンズネットでは2019年9月、2008年のリーマンショックで受注が前年比43%まで落ち込んだ同社が、市販パッケージでは自社の業務に合わない生産管理システムをノーコードツールで内製し、過去最高益を上げるまでの取り組みを追った。
あれから7年。あの町工場は、業務のデジタル化がさらに進んだ。引き合いから設計、部品発注、製造、出荷、会計処理まで、各工程でデータが引き継がれる仕組みを整え、自社開発の業務アプリも当時から倍に増えたという。
同社を、7年ぶりに取材した。代表取締役の今野浩好氏とのインタビューから見えてきたのは、単に業務をデジタル化しただけではない、現場の仕事そのものを変える取り組みだった。
情シス不在の町工場、ITを「任せない」という選択
拠点は3箇所に分散し、1拠点当たりの従業員素は20人にも満たない。こうした体制のため、代表取締役の今野浩好氏は専任の情シス部門を設けるのではなく、各部門を横断するプロジェクト型でIT活用を進めている。
ノーコード開発ツール「Contexer」を使ってアプリを内製できるのは、現在のところ1人だ(本稿公開時点)。設計から生産技術までを担当する技術部長がその役割を担う。福島工場では、製造現場の主任と事務を担当する高専出身の2人が中心となる。東京側からは技術部長に加え、今野氏と業務部長が参加する。主にこの5人が拠点や部門を越えて議論しながら、システムを管理している。
現在は、現場側のITやデータに対する理解を底上げする取り組みも進めている。2024年には、約8人の従業員を対象に、1年をかけて勉強会を実施した。重視したのは、アプリの操作方法ではない。どのようなテーブルが存在し、どのキーとどのキーが結び付いてデータが画面に表示されるのか。アプリの裏側にあるデータ構造まで踏み込んで学んだ。
こうした取り組みは、現場からの具体的な問題提起にもつながっている。福島工場の主任は、製造業務を続けながら「ここはこうなっていてほしい」と改善案を出し、簡単な改修であれば自ら手を入れられるようになったという。
もっとも、誰もが自由にシステムを変更できるわけではない。どこまで現場に開放するかは、明確な線引きを設けている。
例えば、画面のレイアウトや、蓄積したデータを集計・可視化する部分は現場が触っていい。一方で、データ構造そのものや、登録済みのデータを直接操作する部分には制限を設けている。誤操作した場合の影響が大きいからだ。現在は、福島工場や営業部門を中心に、扱える人を少しずつ増やしている。
「7年間で最も効果があった」設計と生産をつなぐ仕組み
今野氏は、こうした取り組みを「IT化」ではなく「ITカイゼン」と呼ぶ。大規模なシステムを導入するのではなく、現場や業務を見直しながら、必要な仕組みを自分たちで作り、手を入れていく考え方だ。
7年間の取り組みの中で、今野氏が「最も大きな効果があった」と振り返るのが、設計と生産をつなぐ取り組みだ。2019年から取り組んできた部品表(BOM)管理システムが、その中核を担う。3次元CAD「SOLIDWORKS」と生産系システムを連携させ、設計情報を後工程へ引き継ぐ仕組みだ。
CADから部品構成のデータをCSVで出力し、品目マスターに登録した上でBOMを作成する。これによって、1つの製品がどの部品や材料で構成され、どれを購入し、どれを社内で加工・製造するのかを整理できる。個別生産品であっても、設計情報を起点に加工指示や部品発注まで展開できるようになった。福島工場の製造現場は約10人だが、全員が画面上で作るべきものを確認しながら作業している。紙の作業指示書は2023年に廃止した。
購買業務も変わった。常備品は、現場の部品棚ごとに発注点と発注単位を設定している。発注カードを端末で読み取るだけで発注処理が進む。リードタイムが長く単価の高い部品は所要量計算に基づいて定期的に発注し、個別受注品はBOMと連携して必要なタイミングで発注する。
特に効果が大きかったのが、3拠点をまたぐ受け入れ業務だ。東京の設計担当者が発注し、福島工場で受け取るといったやりとりが日常的に発生する。
「昔は、誰が頼んだか分からない荷物が届いて、『これは何だ?』と調べることがありました。1件ごとの確認にそれほど時間がかかるわけではないのですが、そうしたことが頻繁に起きていたんです」(今野氏)
現在は、最初に入力した購買依頼のデータが、発注から納品の受け入れ、検収、支払い、仕訳まで一貫して引き継がれる。複数の担当者が同じ情報をそれぞれ入力し、後から突き合わせるような重複作業もなくなった。納期が迫っているにもかかわらず部品が届いたか分からず、事務所まで確認に行くといった手間もなくなっている。
「一つ一つは当たり前のことなのですが、すぐにはできませんでした。ここにたどり着くまでに15年かかってしまったな、という感じですね」(今野氏)
業務を「映画のワンシーン」のように描く ITカイゼンの設計図
同社の取り組みで特徴的なのは、システムを作る前に、まず仕事の流れを整理することだ。今野氏は15年前、業務プロセスを整理する手法を外部の専門家から学んだ。現在は業務全体を一から描き直す機会こそ減ったものの、個別の業務についても同じ考え方で改善に取り組んでいる。
直近の例が輸入業務だ。約3年前、台湾から調達する部品について、商社を介さない直接取引に切り替えた。それに伴い、決済通貨が円から米ドルになったほか、通関や輸入消費税、為替予約など新たな業務への対応が必要になった。
さらに、注文単位と出荷単位が異なるため分納が発生し、複数回分の注文がまとめて船積みされるケースもある。一方で、その情報が工場まで十分に伝わらないことがあった。経理担当者が「来月はいくら分の部品が入荷するのか」を営業担当者に確認して回る場面もあったという。
そこで活用したのが、IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ)の「やりとりチャート」だ。法政大学デザイン工学部の西岡靖之氏が提唱する手法で、今野氏はこれを映画の撮影に例える。
ワンシーンを撮影するように、時間と場所で業務を区切り、誰が関わり、どのような情報を受け取り、何を行い、その結果どのような情報が生まれるのかを書き出していく。ITの専門家向けの記法ではなく、一般の人にも理解しやすい記号を使って業務の流れを可視化する。
こうして業務の流れを整理した結果、船積み情報を発注残データに付加する画面が必要だと分かった。さらに、福島工場で部品を受け入れる際の作業まで洗い出し、実際の業務に合わせてシステムを改修した。
今野氏は「システム全体を作り替えた、というと大仰に聞こえますが、やっていることは、1つ1つの場面で何を元に何をして、できた情報を誰が使っているのかを素直に整理することです。それをそのままアプリの上に実現しています」と、自社のシステム設計のポイントを語る。
数字だけでは測れない成果 「自分たちで動ける」工場へ
デジタル化による定量的な成果を尋ねると、今野氏の答えは控えめだった。売上高はここ数年、右肩上がりというほどではないが、25年間を5年ごとに区切って見ると、付加価値額、付加価値率、社員の給与はいずれもおおむね上昇傾向にある。特に、西岡氏と出会い、現在の取り組みの原型となる活動を始めた2010年以降の伸びが大きいという。
2021年には、量産を得意としない同社に、短期間で大量の注文が舞い込むこともあった。それをさばけた背景には、同業他社との受発注をシステムでつないでいたことがある。
ただ、今野氏がより大きな成果として挙げるのは、福島工場の変化だ。約10人の工場は3つの班に分かれているが、現在は班ごとの仕事の負荷を互いに把握できるようになった。
「今日はここがいっぱいだけれど、自分の班は午前中で片付くから、午後からサポートに回る」といったやりとりも自然に生まれている。複数の工程を担当できる多能工化を並行して進めてきたことも、こうした柔軟な応援体制を支えている。
「よく『情報共有が大切』とは言いますが、ドキュメントだけを共有してもあまり意味がありません。文脈を共有することが大切なんだ、と従業員に言っています」(今野氏)
今、どのような状況にあり、どの顧客のどの仕事を優先すべきなのか。それが営業にも工場にも伝われば、現場は自ら判断して動ける。重要なのは、必要なタイミングで、必要な人に情報が届くようにすることだ。
最後に、同じような課題を抱える中小企業に向けて、今野氏はこう助言する。
「IT化の前に、業務の流れと、その裏で流れている情報のやりとりを理解することが大切です。物の流れは目に見えますが、情報が誰から誰に伝わって仕事が成り立っているかは見えません。それを社内の共通認識にできるといいですね」
かつての同社は、その共通認識が十分ではなかった。設計から見えている会社の姿と製造が捉えている姿、営業が見ている姿が、話を聞いてみると食い違っていた。同じ会社を見ているはずなのに、部門によって認識がそろっていなかったのだ。認識がそろわないままシステム導入を進めても、うまくはいかない。社長が独断で高性能な生産管理システムを導入しても、現場では使われない、といったことが起こり得る。
今野氏は「会社によって、何をやるべきかは違います。流行に乗って『このアプリがいい』とか、そういうことじゃないと思います」と自らの考えを語り、インタビューを締めた。
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