M365 Copilotを配っても「使われない」 でもAI活用が進んだ福島県庁の"逆張り"戦略
福島といえば喜多方ラーメン。毎日でも飽きないスープのように、生成AIも職員が日常的に使う存在にできるのか。有償アカウント100件と研修を用意しても利用が二極化した福島県が、それでも約6000人への全庁展開に踏み切った理由を追う。
生成AIを全社展開する前に、まずは一部の従業員に有償アカウントを与えて実証する。そこで効果や課題を確認し、対象を広げていく――。企業の生成AI導入では、こうした進め方が一般的だろう。
だが、十分な数のアカウントを用意し、研修まで実施しても、全員が使うとは限らない。福島県では2025年度、生成AIの有償アカウントを100用意して実証した。業務効率化や品質向上の効果が確認された一方、日常的に活用する職員と、ほとんど使わない職員の二極化も起きた。利用頻度を分けたのは、部署や業務ではなく、職員個人の関心や意欲だったという。
それでも福島県は、実証の対象を絞るのではなく、2026年度から約6000人が利用できる環境へと広げた。使わない人がいる状態で、なぜ全庁展開に踏み切れたのか。そこには、生成AIを定着させるための環境づくりがあった。
100アカウントを使って2種類の生成AIを比較
福島県が生成AIの活用を検討した背景には、限られた職員数で、複雑化・多様化する行政課題に対応しなければならないという問題があった。生成AIに情報収集や文書の下書きといった作業を任せれば、職員は人間による判断が必要な業務に、より多くの時間を割ける。職員の業務を効率化するだけでなく、その結果として行政サービスの維持・向上につなげることが狙いだった。
一方、県が扱う情報には、外部に漏えいすれば大きな問題につながるものも含まれる。一般に公開されている無償の生成AIサービスをそのまま業務で使わせるのではなく、セキュリティ対策を施した環境を用意することも重視した。
福島県は2025年度、NTT東日本が提供する生成AIサービスと「Microsoft 365 Copilot」をそれぞれ50アカウント、合計100アカウント用意した。実証に参加したのは約50人で、1人に2種類のアカウントを配布し、それぞれを使い比べてもらった。
対象者は無作為に選んだわけではない。各部局で行政改革などを担当する職員や、デジタル変革課の職員など、比較的デジタルリテラシーが高く、生成AIを積極的に使うことが期待される職員を選んだ。
また、アカウントもただ渡しただけではない。職員向けのハンズオン研修を開き、プロンプトの入力方法や利用例を説明した他、実際にRAG(検索拡張生成)の構築にも携わらせたという。RAGの基盤自体は外部のサービスを利用したが、どのデータを取り込み、何に使うのかは職員が考えた。操作しやすい環境を用意し、研修中に簡易的なRAGを作って効果を体験してもらうことで、新しい仕組みに対する心理的なハードルを下げようとしたという。
約8割が効果を実感、それでも利用は二極化した
実証後のアンケートでは、約8割が業務効率化の効果を実感したと回答した。業務の品質が向上したと答えた割合も約7割に上った。
福島県の資料によると、主な用途は「文書表現の修正」が43%で最も多く、「情報検索・調査のサポート」が38%、「Excelデータ整理・分析」が35%と続いた。「文書の下書き作成」と「メール文面の作成・要約」は、それぞれ27%だった。
1人1回当たりの平均削減時間は、検索業務が4.0分、文書作成業務が5.0分、要約業務が6.7分だった。一方で、活用範囲は文書の校正など基本的な用途にとどまり、より高度な使い方を検証する必要性も明らかになった。
Microsoft 365 Copilotは、Microsoftの各製品と連携できる点が特徴だ。だが、実証時点では、思い通りの資料を作らせるための習熟が追い付かず、職員が機能を学ぶ時間も十分ではなかったという。製品の連携機能にも当時は制約があり、職員側のスキルとシステム側の仕様の両方に課題があった。
さらに大きな課題となったのが、利用頻度の二極化だ。実証には生成AIへの関心が比較的高い職員を選んだ。それでも、日常的に使うヘビーユーザーがいる一方、ほとんど使わない職員もいた。
福島県が利用状況を分析したところ、特定の部署だから利用が多いといった明確な相関は見られなかった。同じ部署に所属していても、関心の高い職員は頻繁に利用し、そうでない職員はアカウントを持っていても使わない。利用を分けたのは、業務や所属部署よりも、個人の関心や意欲だった。
新しいツールを導入したものの、一部の従業員しか使わない――。多くの企業が直面する生成AI活用の二極化は、前向きな職員を選んだ実証でも起きていた。
安全な環境を用意しても「何を入力していいか」が分からない
利用をためらわせた理由は、関心の低さだけではなかった。
福島県は、セキュリティに配慮した有償の生成AI環境を用意していた。それでも職員からは、「どこまでの情報を入力してよいのか分からない」という声が上がった。安全性に配慮したサービスであっても、職員がその仕組みや利用条件を完全に理解しているとは限らない。誤って機密性の高い情報を入力してしまうのではないかという不安があれば、業務での利用を避けるのは自然な反応だ。
福島県は、この点について、運営側からの説明が足りない部分もあったのではないかと振り返る。そこで策定したのが、福島県独自の生成AI活用ガイドラインだ。
国などが示す情報セキュリティの基準も参考にしたが、一般的な基準をそのまま職員へ示すだけでは、内容が難しく、実際の業務で判断しにくい。そのため、どのような情報を入力してはいけないのか、どのような手順で使えばよいのかを、現場の職員がマニュアルとして使える粒度まで具体化した。重要なのはガイドラインを作成すること自体ではなく、職員が迷わず、安心して使える状態にすることだった。
これは企業にも共通する問題だ。「セキュリティ対策済みのサービスだから使ってよい」と通知するだけでは、現場の不安はなくならない。実際の業務データを前にした従業員が、自分で入力の可否を判断できるところまでルールを具体化する必要がある。
全ての入力を監視せず、まずは使ってもらう
2026年度、福島県は「minnect AIアシスト」を導入し、約6000人の職員が利用できる環境を整えた。
対象を約6000人に広げれば、意図しない使い方や情報の入力が起きる可能性も高くなる。
福島県の環境では、職員が入力した内容の記録を残し、問題が起きた場合に確認できるようにしている。ただし、約6000人が入力する内容を事務局が1件ずつ確認することは現実的ではない。また、過度な監視は職員を萎縮させ、生成AIの利用を妨げる可能性もある。
そこで、入力内容を常時監視するのではなく、利用傾向を把握するためにログを使い、基本的には業務改善のために積極的に利用してもらうことを優先した。もちろん、全職員への展開に先立って実施した研修では、生成AIの便利さだけでなく、誤った情報を出力するハルシネーションや著作権侵害などのリスクも取り上げた。
約6000人を一度に集めて研修することは難しいため、集合研修に加え、全職員向けの動画研修も用意した。研修を一度実施して終わりにするのではなく、積極的に使う職員のノウハウやプロンプト、RAGの活用例を共有し、他の職員がまねできるようにすることも重視した。
ヘビーユーザーがいても全員が使える仕組み
全庁展開では、コストも課題になる。利用しない職員がいる中で、約6000人分の環境を用意すれば、使われないアカウントに費用を払い続けることになりかねない。
福島県が導入した環境では、利用できるモデルによって利用枠の仕組みが異なる。最新モデルを利用すると契約上のトークンを消費するため利用量に上限がある一方、過去のモデルはトークンを消費せず、利用回数にも上限がない。
最新モデルの利用枠を使い切った場合でも、過去のモデルは実質的に制限なく利用できる。高度な処理には最新モデルを使い、日常的な文書作成や要約などには過去のモデルを使う。こうした使い分けによって、コストの増加を抑えながら、多くの職員が生成AIを試せる環境を整えた。
利用に濃淡が生じても、直ちに全体の利用を制限する必要がない。結果としてこの仕組みが、100アカウントによる実証から、約6000人が利用できる環境へ移る際のコスト面の支えとなった。
生成AIによる「削減時間」はどう測るのか
全庁展開後のもう一つの課題が、効果測定だ。
約50人による実証では、自動的に効果を測定する機能がなかった。そのため、文書作成や要約にかかる時間をどれだけ短縮できたか、職員へのアンケートを基に把握した。
全庁展開後の環境には、入力内容や処理内容に応じて、業務削減時間を自動的に推計する機能がある。これを使えば、全体でどの程度の時間を創出できたのかを継続的に集計できる。ただし、システムが推計した削減時間と、職員が実際に感じる効果が一致するとは限らない。生成AIが出力した文章を修正する時間や、期待した回答を得るまでにやりとりを繰り返す時間もある。
そこで福島県は、システムが推計した削減時間だけで結論を出さず、職員へのアンケートも組み合わせて評価する方針とした。利用者数についてもシステムのログとアンケートの両方を使って把握する。
取材時点では、今まさに全庁展開しているさなかのため、利用率や具体的な削減効果はまだ集計できていない。この全庁展開が利用の二極化をどこまで解消したのかは、今後の検証結果を待つ必要がある。
マニュアルを入れるだけではRAGの精度は上がらない
生成AIを社内に広げようとする企業に向けて、福島県が挙げた実践的なポイントが、RAGに読み込ませるデータの整理だ。
社内マニュアルや過去のQ&AをRAGに読み込ませれば、従業員からの質問に回答する仕組みは作れる。だが、既存の文書をそのまま投入するだけでは、期待した精度にならないこともある。例えば、マニュアルとQ&Aで同じものを指す言葉が異なっていたり、1つの質問に複数の論点が含まれていたりすると、生成AIが質問の意図を正しく捉えにくくなる。
そこで、マニュアルの内容を整合させた上で、Q&Aを一問一答の形に分ける。1つの質問には、1つの明確な回答を対応させる。AIが読み取りやすい単位でデータを整理しておけば、回答精度を高めやすくなり、将来別の生成AIサービスへ切り替える際にも、整理済みのファイルを新しい環境へ登録しやすい。
福島県が2025年度と2026年度に利用したRAGは、指定したファイルを参照して回答を生成するという機能面では同様だ。ただし、利用するサービスは異なり、登録したファイルなどのデータが自動的に引き継がれるわけではない。2026年度は「minnect AIアシスト」に改めてファイルを登録し、RAGによる回答精度向上の実証を進めている。
一方、現場の職員に高度なプロンプトの技術を求める必要はないという。
「プロンプト」という言葉を難しく捉えず、自分が何をしたいのかを普通の言葉で説明する。最初から正解の書き方を覚えようとするのではなく、生成AIを対話できるパートナーとして捉え、まずは使ってみることが重要だ。
100アカウントを用意し、前向きな職員を選び、研修をしても利用は二極化した。この結果は、生成AIの定着が、アカウントの配布だけでは実現しないことを示している。
何を入力できるかを具体的に示し、過度な監視を避け、利用量に差があっても試せる環境をつくる。その上で、使い方のノウハウを共有し、効果を継続的に測る。福島県の取り組みから見えてくるのは、生成AIの全社展開に必要なのは、全員に同じ使い方を求めることではなく、それぞれが安心して使い始められる土台を整えることだと言える。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
事例で学ぶ! 業務改善のヒント
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
ソニー子会社、M365環境にあえて「Gemini」を導入 システムを競合させない工夫とは
-
2
「Copilot、Word文書まとめて」で社内全滅? 勝手に増殖するAIウイルスで大騒ぎ:895th Lap
-
3
「AIコーディングで高速開発」が、なぜ企業の弱点に? 開発部門のAIとの付き合い方
-
4
SOAPはRESTに負けたのか? 「古いAPI」を残すか見直すか
-
5
「Gemini Notebook」で利用者10倍 シニア社員をAIヘビーユーザーにした首都高の考え
-
6
取手市、生成AIを「使わなくてもいいよ」でまさかの定着成功 その以外な効果とは
-
7
現役情シスに聞いた「忙しすぎる理由」 やりたいけど手が回らない仕事とは? 228人調査
-
8
【対談】「ひとり情シス」は悪ではない 担当者が辞めても「回る情シス」の作り方
-
9
M365 Copilotを配っても「使われない」 でもAI活用が進んだ福島県庁の"逆張り"戦略
-
10
ゼロから分かる「Claude」の教科書 ChatGPTと比べて分かった強みとは?
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー