「AIコーディングで高速開発」が、なぜ企業の弱点に? 開発部門のAIとの付き合い方
AIによるコーディングで、開発スピードは飛躍的に高まっている。一方で、その効率化が組織全体の生産性や成果につながるとは限らない。なぜ「速く作れる」のに、企業の弱点になり得るのか。
開発現場へのAIの浸透が急速に進み、コーディング工数は削減されつつある。一方で、それが組織全体の生産性向上に比例して結び付いているかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない。なぜ、開発効率が高まっているにもかかわらず、組織全体のパフォーマンス向上につながらないのか。
AIで開発は速くなった、でも「ダメ出しする人」がいない
McKinseyの2025年調査では、生成AIを継続利用する企業は65%に上る一方、EBITへの貢献を実現した企業は5%未満。METRの2025年RCTでも、開発者はAIによる生産性向上を実感していたが、実際の作業時間は19%増加していた。BainやDORAの調査からも、開発速度の向上と品質面の課題が顕在化している。
つまり、AIによる開発者個人の効率化が、組織の生産性や企業の成果につながるわけではない。このギャップこそが「AI活用のパラドックス」だ。
アマゾン ウェブ サービス ジャパンでソリューションアーキテクトを務める杉本晋吾氏は、このパラドックスが生じる構造を分析し、AIを組織の成果につなげるための活用戦略をまとめた。
「速く作れる」が、開発部門を弱くする?
AIによるコーディングは、開発者の作業効率を高め、実装を短時間で進められるようにする。一方、品質を評価し、必要に応じて「ダメ出し」して改善するプロセスが不十分なら、品質低下を招く。最終的には「障害が起きて使えない」といったユーザーの不満やトラブルにつながり、開発効率が企業利益に結び付かない。
そもそも開発者は、ユーザーからの評価や苦情などのフィードバックを基に仕事を振り返り、スキルを磨いていく。だが、開発と運用が分断されると、問題が起きても運用側の問題と責任を切り分けやすくなる。開発者も「これだけ短期間で完成させた」という達成感に満足し、レビューや改善点の洗い出しがおろそかになりかねない。
すると、成果物を評価する力そのものが低下する。自分でアウトプットを吟味し、問題を見つけて改善する機会が減れば、評価やレビューの力も落ちていく。そうなると、自分で判断するよりもAIに頼る場面が増え、さらにAIへの依存が深まる。杉本氏は、これを「スキル侵食の悪循環」と呼ぶ。
この問題を分かりやすく説明したのが、ノーコード開発ツールで監視機能を作った事例だ。ノーコードツールを使えば、テンプレートに沿って設定するだけで監視機能を構築できる。だが、用意された設定をそのまま使うだけでは、「本当に必要な監視項目は何か」「この設定で障害を検知できるのか」といった本質的な判断が抜け落ちることがある。その結果、必要なアラートが設定されず、重大な障害を見逃してしまう。
ここで問題なのは、ノーコードツールそのものではない。
ツールが提示する設定を使う前に、その妥当性を自分で考え、評価するプロセスが欠けていたことだ。便利なツールに作業を任せるほど、人間が「何を作るべきか」「これで本当に十分なのか」を考える機会が減る。この構造は、AIによるコーディングにもそのまま当てはまる。
これはAIによるコーディングでも同じだ。「なぜこのロジックが必要なのか」「この実装で本当に目的を達成できるのか」といった思考をAIに委ねれば、アウトプットを評価・レビューする力は育たない。やがてAIに依存しなければ開発できなくなり、品質の低い成果物が組織に蓄積されていく。
AIによる効率化が、開発者のスキルと評価能力を低下させ、組織の生産性向上を阻む。この負のループこそ、「AI活用のパラドックス」を生む1つ目の要因だ。
AI依存が奪う「レビューできる人」
AI活用のパラドックスを生む2つ目の要因は、開発者がAIの出力に責任を持つ「オーナーシップ」の欠如だ。
経営学では、人が対象を「自分のもの」と感じ、責任を持つようになるには、3つのきっかけが必要だとされている。ところが、AIによる自動コーディングでは、そのきっかけが生まれにくい。自分で考えたり手を動かしたりする場面が減ることで、自分が作ったという実感が薄れ、成果物への責任感も弱くなってしまう。
では、オーナーシップを生む3つのきっかけとは何か。そして、AI自動コーディングによって、それぞれはどう弱まるのか。
(1)コントロール:自分でコントロールしている感覚。AIにコードを書く作業を任せることで、自分が手を動かしている感覚が薄くなる。
(2)深い知識:内容を端から端まで理解している感覚。生成されたコードを十分に確認せず使えば、設計の妥当性を考える機会が減り、知識も身に付きにくくなる。
(3)自己投入:自分の時間・思考・労力を注ぎ込んだ感覚。自動化によって自分で考えたり手を動かしたりする機会が減れば、成果物への愛着や責任感も生まれにくくなる。
その結果、現場では「AIがそう言ったから」と思考が停止し、最終的な判断と責任を担う主体が曖昧(あいまい)になってしまう。杉本氏は、こうしたオーナーシップの欠如がもたらす弊害を示す事例として、AIの利用を一時的に禁止した不動産テック企業、いえらぶGROUPを紹介した。
同社のある開発プロジェクトでは、新人エンジニアがAIによる自動コーディングのアウトプットを盲信して実装を進めていた。作成されたコードをPR(Pull Request)レビューしたところ、レビューコメントは実に830件に達したという。コードレビューとしては異例の数だった。
事態を重く見た同社は、一時的にAIの利用を禁止する「AI禁止令」を発令した。AIへの過度な依存をいったん断ち切り、なぜこのモジュールがこの責務を持つのかを自分の言葉で説明できるよう、自ら考え、自ら調べるという基本に立ち返らせた。その上で、約4カ月をかけてAIの利用を段階的に解禁した。
杉本氏によれば、当時のエンジニアは「AIの答えが正解だ」と疑わなかったという。つまり、判断の主体が自分ではなくAIになっていた。それが、コード品質を巡る多くの問題につながった。
この経験を通じて、同社は「自分でできないことは、AIにやらせても判断できない」という結論に至った。そしてエンジニア自身も、「最後に責任を持って意思決定するのは自分だ」という原則を再認識したという。
杉本氏は、「スキルが育たないこと」と「オーナーシップが欠如すること」は、実は同じ構造の表裏だと指摘する。
スキル侵食の悪循環によって、AIの出力を評価・レビューする「目」が育たなくなる。すると、さらにAIに依存するループに陥る。一方、オーナーシップが欠如すれば、誰も最終的な判断を引き受けなくなり、レビューそのものが組織の機能から外れてしまう。
つまり、この2つが絡み合うことで、徐々に「レビューできる人」がいなくなっていく。AIによって生成できるコードの量は増えても、そのコードが本当に正しいのか、目的に適合しているのかを評価し、品質を保証できる人がいなくなる。
では、どうすればこの状況を回避できるのか。AIによる開発効率を維持しながら、「レビューできる人」を組織の中で育てるには、どのような仕組みが必要なのか。杉本氏は、そのための具体的な仕掛けを提案した。
「誰も責任を取らない」開発現場
その結果、現場では「AIがそう言ったから」という思考停止が生まれ、最終的な判断と責任を担う主体が曖昧(あいまい)になってしまう。杉本氏は、こうしたオーナーシップの欠如がもたらす弊害として、AIの利用を一時的に禁止した不動産テック企業、いえらぶGROUPを紹介した。
同社のある開発プロジェクトでは、新人エンジニアがAIによる自動コーディングのアウトプットを盲信して実装を進めていた。作成されたコードをPR(Pull Request)レビューしたところ、レビューコメントは実に830件に達したという。コードレビューとしては異例の数だった。
事態を重く見た同社は、一時的にAIの利用を禁止する「AI禁止令」を発令した。AIへの過度な依存をいったん断ち切り、「なぜこのモジュールがこの責務を持つのか」を自分の言葉で説明できるよう、自ら考え、自ら調べるという基本に立ち返らせた。その上で、約4カ月をかけてAIの利用を段階的に解禁した。
杉本氏によれば、当時のエンジニアは「AIの答えこそが正解だ」と疑わなかったという。つまり、判断の主体が自分ではなくAIになっていた。それが、コード品質を巡る多くの問題につながった。
この経験を通じて、同社は「自分でできないことは、AIにやらせても判断できない」という結論に至った。そしてエンジニア自身も、「最後に責任を持って意思決定するのは自分だ」という原則を再認識したという。
杉本氏は、「スキルが育たないこと」と「オーナーシップが欠如すること」は、実は同じ構造の表裏だと指摘する。
「スキル侵食の悪循環によって、AIの出力を評価・レビューする『目』が育たなくなる。すると、さらにAIに依存するループに陥る。一方、オーナーシップが欠如すれば、誰も最終的な判断を引き受けなくなり、レビューそのものが組織の機能から外れてしまう」
つまり、この2つが絡み合うことで、レビューできる人が徐々にいなくなっていく。AIによって生成できるコードの量は増えても、そのコードが本当に正しいのか、目的に適合しているのかを評価し、品質を保証できる人がいなくなる。
では、どうすればこの状況を回避できるのか。AIによる開発効率を維持しながら、「レビューできる人」を組織の中で育てるには、どのような仕組みが必要なのか。杉本氏は、そのための具体的な仕掛けを提案した。
(1)オーナーシップを育てる領域を残す
「コアモジュールだけはAIを使わず自力で組む」といった、人間が自分で考え、手を動かす領域を育成のために残す。心理的オーナーシップを生む3つの経路を意図的に確保する。
(2)経験に応じてAIの使い方を変える
ジュニアクラスではAIの使用を制限して基礎力を養い、ミドルクラスではAIを活用しながら設計判断の根拠を言語化させる。シニアクラスではAIを最大限活用して生産性を高め、浮いた時間をジュニアへのメンタリングに充てるなど、経験に応じてAIの使い方を変えていく。
(3)安全に失敗できる場をつくる
本番ではAIを駆使しつつ、トレーニングではAIを使わず、自力で課題に取り組む環境を設ける。あえて苦労し、試行錯誤する経験を通じて、自ら考え、判断する力を養う。
こうした点に留意した人材育成が1つ目の鍵になる。
AI時代にこそ必要な“あえて苦労する時間”
もう一つの鍵は、こうして育成した人材がAIを活用して生産性を高めるための実践的なフレームワーク、「AI-DLC」(AI駆動開発ライフサイクル)の構築だ。AI-DLCは、2025年にAWSが提唱したAI活用の方法論。AIを開発チームの協力者/チームメイトと位置付け、ソフトウェア開発ライフサイクル全体でAIを活用することを目指す。
特徴は、「AIが実行し、人間が監視する」という役割分担にある。AIがルーティンタスクを担う一方、人間は問題解決や創造的思考、意思決定に注力する。AIに作業を任せるだけでなく、人間が判断と責任を担いながら、開発プロセス全体の生産性を高めることがAI-DLCの狙いだ。
AI活用の熟達者、つまり、レビューできる人材の力をさらに引き出すのがAI-DLCだ。杉本氏は、「AI-DLCによって組織の弱点が浮き彫りになる。そこで見つかった欠陥を、『意図的な非効率』を組み込んだ人材育成で埋めていくことが重要だ」と指摘する。
いわばAI-DLCは、組織のありのままの姿を映し出す「鏡」である。その「鏡」には、次のような課題が映し出される。
(1)開始フェーズで要件・優先順位を先に決めてから実装→判断を先送りできないため、誰が責任を持つのかが明確になる
(2)エグゼクティブ、PdM、デザイナー、開発者など関係者が協働で参加→「誰が責任を持つのか」が全員に見える
(3)AIがあらゆる工程を支援→作業負荷が下がり、人間は「判断・議論・育成」に時間を使える
AIに任せれば効率化できる部分でも、あえて人間が考え、判断する工程を残す。そうした人材育成によってAI-DLCを回せる人材を増やし、AI-DLCによって明らかになった組織の弱点を、さらに人材育成によって埋めていく。この循環こそが、AI活用のパラドックスを解消する鍵となる。
杉本氏はまた、オーナーシップについて「真のオーナーシップとは、全てを引き受けることではない。何を実行し、何を捨てるのか、優先順位を判断して取捨選択し、その選択に責任を持つことだ」と語る。
全機能を網羅的に実装すべきだと主張する人は、一見するとオーナーシップがあるように見える。しかし実際には、「全てやっておけば文句を言われない」という発想にすぎず、自分で優先順位を決めることを避けているともいえる。
現場の思考停止を防ぐ、今日からできる3つのステップ
以上の取り組みを実践するには時間がかかりそうだが、杉本氏は今日からでも始められる具体的なステップも示した。次のステップを順に実行することで、AIを最強のパートナーとして活用し、組織の生産性向上につなげることができる。
ステップ1:言語化する
「なぜ当社でAIを使うのか」「最終的な成果物の責任は誰が負うのか」をチームで問い直し、言葉にする。この共通認識がなければ、AIは組織の生産性向上には結び付かない。
ステップ2:育成設計
「あえてAIを使わせず、人間が考える領域」を、まずは1カ所だけでも決める。AIに頼らず考える工程を、育成の仕組みとして組み込む。
ステップ3:運用と実践(定点観測・AI-DLC)
AI導入の前後で、どの工程が改善されたのか、あるいはどこで詰まったのかを、時間や工数などの指標で月次など定点観測する。同時にAI-DLCを実践し、そこで見つかった「弱点」をステップ2の育成設計にフィードバックしていく。
AI活用では、自動コーディングに限らず、単なる作業効率の向上だけでなく、人間が判断し、最終的な責任を負うことを重視する方向へシフトする必要がある。AIに任せず、人間が考え、判断する工程をあえて残す。そうした人材を育てることが、AIを組織の生産性向上につなげる鍵なのだろう。
DevOpsの領域でよく語られる「You build it, you run it」(作った人が運用せよ/開発者は運用にも責任を持つべき)という言葉は、AIを活用した開発においても、改めて重要なキーワードになりそうだ。
本稿は「AWS Summit Japan 2026」での講演内容を編集部で再構成したものだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
事例で学ぶ! 業務改善のヒント
この記事の著者
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
“脱・C言語”を狙う開発者が「Cの代替言語を作っても失敗する」と断言するワケ:894th Lap
-
2
ソニー子会社、M365環境にあえて「Gemini」を導入 システムを競合させない工夫とは
-
3
【対談】「ひとり情シス」は悪ではない 担当者が辞めても「回る情シス」の作り方
-
4
「Gemini Notebook」で利用者10倍 シニア社員をAIヘビーユーザーにした首都高の考え
-
5
現役情シスに思い切って聞いてみた 「ぶっちゃけ、今なにが一番しんどいですか?」
-
6
セキュリティ対策ゼロでSaaS導入? 役員もドン引きした「ヤバすぎる稟議」
-
7
取手市、生成AIを「使わなくてもいいよ」でまさかの定着成功 その以外な効果とは
-
8
草加市がオンプレミス型生成AIを導入 個人情報を扱う業務への活用を拡大
-
9
ANA、「Google Meetでいいのでは?」と言われても、自社開発の議事録AIにこだわった理由
-
10
「AIコーディングで高速開発」が、なぜ企業の弱点に? 開発部門のAIとの付き合い方
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー