ソニー子会社、M365環境にあえて「Gemini」を導入 システムを競合させない工夫とは
ソニーネットワークコミュニケーションズでは、「Microsoft 365」環境がすでにある組織に、あえて「Google Gemini」を導入した。同社は、異なる2つのツールを適用するために、どのような方針をとったのか。Gemini利用率75%に至るまでの実装と対話のプロセスを、推進担当者が明かした。
生成AIの全社導入で成果を出す企業と、利用率が伸びないまま止まる企業。その差は、モデルの性能よりも環境設計と定着プロセスにある。とりわけ既存のグループウェアが根付いた組織では、新しい環境を重ねること自体が現場の負担になりかねない。
ソニーネットワークコミュニケーションズは、既存の「Microsoft 365」環境を維持したまま「Google Workspace」を導入し、生成AI「Google Gemini」の利用率75%を達成した。異なる2つのグループウェアを現場に適用するためにシステム設計と運用でどう解決したかを、同社の吉田圭佑氏(IT戦略部 戦略推進課)が語った。
重要なのは業務との結び付き 生成AI定着までの道のり
同社では、Gemini導入以前にも、自社開発の生成AIチャットを全社に提供していた。しかし、その利用率は低迷していたという。原因は、当時のAIの精度に加え、そのツールがメールやドキュメント作成といった業務環境から分断されていたことにあった。ツールからツールへ「画面の反復横跳び」を強いる構造が、ユーザーを敬遠させていた。
この課題を解消するため、同社が選んだのがGoogle Workspaceだった。評価したのはAI機能だけではない。共同編集を通じて「共創」できることに加え、日常的に使うグループウェアにGeminiが組み込まれている点が決め手になったという。
導入は段階的に進んだ。2024年9月に100ユーザー限定の検証を開始し、初期セキュリティレビューを並行して走らせた。2025年4月にはレビューが完了し、希望部署単位へトライアルを拡大、各種アプリの公式利用とハンズオンもここから始まった。2026年2月にはAIガイドラインを導入した上で全正社員へのアカウント配布に着手した。完了は2026年10月を予定する。
注目したいのは、ガイドラインの投入時期だ。グループ全体のAIガイドラインは早期に制定されていたが、Geminiに特化した個社のガイドライン策定を、同社は戦略的に遅らせた。
「初期段階から厳格な規制を設けると、現場での利用が抑制される」と吉田氏は理由を説明する。まずは利用促進を先行させ、ユーザーからの問い合わせには個別に回答する運用を取った。
結果としてツールが先行して浸透し、「生成した画像は対外的に使って良いか」といった実務上の疑問が表面化したタイミングでガイドラインを投入した。利用意欲を削がずにリスク理解を促す動線設計だ。
システム制御の限界と、教育と監視で担保する安全性
生成AIを定着させるためにグループウェアのGoogle Workspaceの運用を決断した同社だが、Microsoft 365と共存した環境を設計するためには、やはり技術的な制約に直面したという。同社はそれらの課題に対して、どのように乗り越えたのだろうか。
一番の懸念は、機密データの保護だ。Microsoft 365は、データラベル(秘密度ラベル)でファイル自体を暗号化し、共有の制限やロックダウンができる。一方のGoogle Workspaceは、組織単位や共有ドライブ単位でのDLPルール適用が主で、同粒度の制御をシステムだけで再現すれば利便性を損なう。
同社はその解決のために、システム側だけで全てを解決するのを諦めるという判断を下した。機密データのラベル運用は強制ロックに頼らず、ルールを周知する教育と、不適切な共有がないかをガバナンス部門が継続監視する仕組みをセットにする。この組み合わせによって、実質的にMicrosoft 365と同等の安全性を確保する設計とした。
この運用によって、ソニーグループの厳格な基準を満たすことを可能とした。重要なのは管理機能の一致ではなく、情報が実質的に守られている状態をどう作り出すかだ。
吉田氏は、「Microsoftは指針ではありますが、絶対ではありません。管理機能を単純に置き換えるという考え方はやめて、付帯サービスも勘案しながら、広くセキュリティを確保できるように考えるべきです」と語った。
この設計を半年で実現できた要因は組織構造にもある。ITやセキュリティ、ガバナンスの各部署を同一オーナーの下で同じプロジェクトに配置したことで、部門間の利害衝突を抑え、早期提供という共通目標に集中できたという。
選択肢の引き算でユーザーのストレス軽減
2つの環境を維持する上で同社が徹底したのは、足し算ではなく引き算だった。機能が重複する個別ツールを棚卸しして削減し、選択肢を物理的に少なくした上で、IT部門から推奨ツールを示す。その上で、使い分けによるストレスをユーザーに与えないよう、メールとカレンダーの情報が両環境で参照できる設計にした。
同社は、社外とのメールの送受信に従来のMicrosoft 365環境を利用している。一方、Geminiに過去のメールの内容を踏まえた支援をさせるには、Google Workspace側にもメールデータを連携する必要があった。
会議招待や予定変更の通知はメールで届き、その情報がカレンダーに反映される。そのため、対外メールをMicrosoft側で受ける同社では、カレンダーを一方の環境へ単純に統一できなかった。そこで、会議招待や予定変更に関するメールに絞って転送をかけ、どちらの環境でも予定を把握できるようにした。
共有単位となるグループについても、ソニー全体で使うMicrosoftのセキュリティグループを定期的にミラーリングするスクリプトを用意した。この地道な同期が、現場の混乱を防いでいるという。
教育では、解説動画やマニュアル配布で終わらせなかった。立ち上げ期には役員からメンバーまで全層に3時間の双方向ハンズオンを実施した。部署ごとに内容をカスタマイズし、実際の業務ファイルでGeminiを体験してもらった。
吉田氏はハンズオンの利点を、「自分のこの業務はAIでできるのか」といった質問にその場でプロンプトをたたいて実演し、即時回答できることだと説明する。この即時フィードバックが利用モチベーションに直結し、ハンズオン後の利用率は上がり続けているという。
残り25%を動かす、3段階のエコシステム設計
こうした活動によりGemini利用率は約75%(講演時点で約80%)まで上昇した。しかし吉田氏が目を向けたのは、残り25%を占める未利用層だ。分析したところ、その原因は2つあった。
1つ目は、手作業やRPAで業務が確立しており、AI導入の必要性が乏しい業務だ。すでに最適化された定型業務では、自由なプロンプト入力を求めても機能しにくい。確実性が求められる業務では、AI出力のランダム性がリスクになる。
そこで同社はこの層に能動的なチャット利用を求めることを諦め、チャットUIはアイデア出しなど非連続的な思考を支える企画業務に向く、と割り切った。その代わりに取った手段が、Geminiの「Gem」機能や「Gemini Notebook」の利用を推奨するアプローチだ。
社内規定や業務マニュアルを知識としてアップロードすれば、ハルシネーションを抑えた小規模なRAG環境を作れる。それをGoogleドライブの権限で部署内に共有すれば、プロンプトを考えずに情報を引き出せる。
2つ目の理由は、社外やグループ会社との連携上、アウトプットをGoogle Workspace外に出す必要があることだ。財務や決算、営業資料といった最終成果物は、「Microsoft Excel」や「Microsoft Word」「Microsoft PowerPoint」での作成が求められるためだ。
ここでも同社は完全移行の強制をしなかった。入り口はGeminiやGemini Notebookを使い、出口は使い慣れたMicrosoft環境へコピーする。このハイブリッド運用を公式に推奨し、コピペ依存を認めた上で、システム間の摩擦はインフラ側で吸収した。
吉田氏は、組織導入に向けた3ステップのプロセスを次のように整理する。
ステップ1は「AI単体体験とMicrosoft容認」だ。移行や使い分けを求めず、アウトプットは使い慣れた「Microsoft Teams」やWordなどへコピーして構わないとし、利用ハードルを下げる。
ステップ2は「つながる心地よさの体験」だ。Google Meetの議事録作成など単体でも使いやすい機能をフックに、エコシステムのつながりへ自然に気付いてもらう段階で、同社の主な利用層は現在ここに位置しているという。
ステップ3は「Google Workspaceネイティブ」への移行だ。高度な自動化を求める現場が、ファイルをドライブに置く方が楽だと自ら気付く段階に位置する。
ここまでの歩みを経て、同社はAI活用の評価指標そのものを問い直している。「チャットを使うだけで上がる利用率を追う意味はない」(吉田氏)からだ。次のゴールは、ユーザーが機能とAIの特性、リスクを理解し、自発的に業務プロセスに組み込めている状態だ。同社では現在、部署ごとのAI組み込み度を測る仕組みを検討している。
ルールで現場を縛るのではなく、確かな指針と自由な余地、伴走の安心感を提供し続ける。この泥臭い設計こそが、複数環境が併存する組織でAIを定着させる現実的な道筋だ。
本稿は、2026年7月30~31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo」(主催:グーグル・クラウド・ジャパン)の講演「既存Microsoft 365環境へのGoogle Workspace導入:ツールの最適配置とGemini導入について」における内容を基に、編集部で再構成した。
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