企業向けAIは「大規模LLM」一択ではない Zohoが重視するコストとデータ保護
AI選択は、性能だけでなく、運用コストやデータ保護をどう両立するかが課題となる。用途に応じてAIモデルを使い分け、自社データの管理や判断根拠の説明にも配慮することが重要だ。
メールや表計算、チャットからCRM、マーケティングオートメーションまで、60以上のアプリケーションを自社で開発するZoho。同社がAI戦略の軸に据えるのは、企業の業務に特化したAIと、それを支える自社開発の技術基盤だ。大規模モデルに依存せず、用途に応じたモデルを使い分けることで、コストやプライバシーの課題に対応する。日本市場へのさらなる投資も進め、事業と組織の両面で成長を目指す。
こうした方針を、ゾーホージャパンは「Zoholics Japan 2026」の記者発表会で明らかにした。説明に当たったのは、ゾーホージャパンの服部英喜氏(執行役員 Zoho事業部長)と、Zoho CorporationでAI研究部門を率いるランプラカシュ・ラマムーシー氏だ。
汎用AIの次に求められる、企業業務への最適化
Zohoの特徴は、業務アプリケーションを幅広くそろえる一方で、単一のプラットフォームへの集約を必須としていない点にある。
企業向けSaaSでは、複数の業務を同一ベンダーの製品に集約することで管理を効率化する一方で、既存システムとの連携やベンダーへの依存が課題になることもある。こうしたなか、Zohoは他社製品との共存を前提とした開発方針を掲げる。服部氏によると、APIなどによって外部システムと連携できるよう設計しており、顧客が既存のIT環境を維持しながら必要な製品を組み合わせて利用できることを重視しているという。
ラマムーシー氏は、2027年を見据えたAIの現状と課題を、4つの観点から整理した。
まず指摘したのは、汎用(はんよう)AIの効果が個人の生産性向上にとどまっていることだ。「ChatGPT」や「Claude」に代表される汎用AIは、個人の働き方を大きく変えた。一方、同氏は「個人の生産性は上がったが、チームの生産性はそれほど上がっていない」と指摘。個人レベルの効率化を、組織全体の生産性向上につなげることが課題だとした。
また、大規模モデルだけでは実用上の課題を解決しきれない点も挙げた。複雑な推論や長い思考の連鎖を必要とする処理には大規模モデルが有効だが、企業の日常業務のあらゆる用途に適しているわけではない。そこで重要になるのが、用途に応じてモデルの規模を最適化する「ライトサイジング」だ。
推論コストの増大も課題だ。モデルの学習には初期コストがかかる一方、推論コストは利用のたびに発生する。推論には希少なGPUリソースも必要となるため、コストの増加がAIの活用によって得られる価値の伸びを上回っているという。こうした状況を受け、企業ではAIへの支出に対してどれだけの効果が得られるのかを見極める「トークン予算」の議論が始まっている。
さらに、データ主権とプライバシーの確保も重要な論点だ。自社のデータが外部モデルの学習に利用されていないか、モデルが自国の法律の適用範囲内にあるかといった点が問われる。AIの能力が高まるほど、機密データを自社の管理境界の外に出さずに活用したいというニーズも強まっている。
企業向けAIに必要なのは、幅広い知識より業務の文脈
こうした課題を踏まえ、ZohoはAI開発の原則として「コンテキスト」「正確性」「プライバシー」「価値」の4つを掲げる。中でも重視するのが、AIに適切な文脈を与えることだ。
ラマムーシー氏は、汎用AIと業務向けAIの違いについて、次のように説明する。
「汎用AIでは、ある日は家計の相談、翌日は休暇の計画と、話題に際限がありません。ですが、業務で扱うのは、その会社の事業に関わる話だけです。使う人が営業担当者か、マネジャーか、CEOかによっても、返すべき答えは変わります」
業務に特化した文脈を十分に与えれば、必ずしも大規模モデルを使う必要はなく、小規模なモデルでも対応できるという。さらに、顧客データは顧客自身のものであり、他のモデルの学習には利用しない方針を徹底する。AIの判断根拠も説明できるようにすることで、最終的に顧客への価値につなげる考えだ。
こうした方針に基づいて開発したのが、自社製の大規模言語モデル「Zia LLM」だ。13億、26億、70億パラメーターの3モデルを用意する。ラマムーシー氏は「ChatGPTやClaudeと競合するものではない」と明言し、小規模から中規模の言語モデルとして位置付けた。
自社開発の理由について、同氏は技術を含めて全てを自社で構築する方針を挙げる。Zia LLMは当初から企業での利用を想定して設計しており、汎用のオープンソースモデルより小規模でありながら、複数の面で性能を高められるという。
大規模LLMに頼らず、業務単位でAIを組み合わせる
Zohoは、LLMを複数の業務で共通利用する水平基盤と位置付け、財務や法務などの業務ごとに専用のLLMを開発する方針は取らない。その上で、リード獲得やエスカレーション対応、財務ワークフローにおける書類検証といった個別業務は、専門のエージェントが担う構成としている。
ラマムーシー氏は、出張経費の精算を例に、処理に応じたモデルの使い分けを説明した。領収書を撮影してアップロードすると、まずOCR(光学的文字認識)が文字を読み取る。そして、別のモデルが会社の出張規定に照らし、経費が既定に沿っているかどうかを判定する。
こうした処理には、必ずしも大規模言語モデルは必要ない。用途を絞ったモデルを組み合わせることで、LLMの利用に伴うコストを抑えられる。さらに、用途に適した規模のモデルを採用することで、推論コストも継続的に低減できるという。
エージェント関連では、「Zia Agents」と「Agent Studio」を既に提供している。データとツール、スキル、LLMの4要素をZohoのプラットフォーム上で統合管理するマルチエージェント基盤だ。2026年上半期には、登録顧客数が9000社、作成されたエージェント数が1万9000件、稼働中のエージェント数が1万3000件に達した。
LLMは、Zohoのデータセンターで稼働する自社モデルに加え、企業が契約するChatGPTなど、他社のLLMも接続できる。
設計の根幹にあるのは「信頼」だ。4つの要素をプラットフォームで一元管理し、エージェント間でデータを共有できるかどうかも制御する。ラマムーシー氏は「最も重視しているのはプライバシーです。こうした仕組みの上にエージェントを構築することで、信頼性が生まれると考えています」と説明した。
コストアップ時代、ソフトウェアの基盤を自社で持つ意味
ラマムーシー氏は、SaaS業界の構造的な課題にも言及した。
この4~5年で企業買収による業界再編が進み、サービスの提供元が買収された結果、サブスクリプション料金が値上がりするといった状況が続いている。また、AIの導入も既存ツールへの機能追加にとどまるケースが多い。「表層でのイノベーションは多いが、基盤で革新している企業はごくわずかです」と同氏はコメントする。
ソフトウェア企業の支出の多くは、パブリッククラウド事業者やAI事業者への支払いに充てられる。これに対し、ZohoはクラウドインフラとAIの双方を自社で保有する道を選んだ。世界各地で20近くのデータセンターを自社運営し、日本にも拠点を構える。データの国外移転を制限する法規制が各国で強まるなか、それぞれの法令に準拠できる体制を標準で整える狙いがある。60以上のアプリケーションも、全て自社で開発してきたという。
その実例として、ラマムーシー氏はインド政府への導入を挙げた。Zohoは、政府職員が利用するメールやファイル管理などの基盤を提供する事業者に選定された。システムはインド国内のデータセンターで運用され、既に110万超の政府アカウントが移行を終えている。
自社でインフラを構築する方針をさらに推し進めたのが、独自設計のサーバプラットフォーム「Nathu La」だ。マザーボードからGPU搭載シャシーまでZohoが設計した。ラマムーシー氏によると、業界大手と同等の性能を実現しながら、消費電力を12~18%、TCO(総所有コスト)を20~30%削減できるという。
Nathu Laには、Pコア版とEコア版、AI版の3種類がある。現時点で外販の予定はなく、まずは自社のデータセンターへの導入に限定し、その後の展開を検討する方針だ。
日本事業を再投資フェーズへ、160人から倍増を計画
服部氏は、Zohoのグローバル事業における日本市場の位置付けについても説明した。日本法人は、米国とインドを除けば、Zohoが最初に設立した海外拠点だという。創業者が日本を強くリスペクトしていることも、その背景にある。
設立25周年を迎えた2026年、Zohoの日本事業は再投資によって成長を加速させる段階に入った。「非常にゆっくりと成長してきましたが、日本は今、再投資のフェーズです。競合は多いものの市場の魅力は非常に高く、改めて成長を加速させる位置付けです」と服部氏は語る。
具体策として、現在約160人の従業員を、今後1~2年で倍増させる方針を掲げる。東京・品川の営業拠点は2025年に拡張したものの、既に手狭となり、別のオフィスも追加で借りた。2027年には、さらに大規模な拠点への移転も視野に入れる。大阪オフィスについても、2027年上期には移転が必要になる見通しだという。
日本市場でZohoが支持される理由として、服部氏は3つの強みを挙げた。1つ目は、競合製品と比べて大幅に低い価格設定。2つ目は、ITリテラシーが高くなくても扱いやすいユーザーインタフェース。そして、3つ目は、60以上の製品を横断的に活用できる拡張性だ。
例えば、全製品を利用できるライセンス「Zoho One」では、CRMの導入後にマーケティングオートメーションやヘルプデスクを使いたくなった場合も、新たな稟議や製品選定を経ずに利用を広げられる。
服部氏は「日本は伸びしろしかないとヘッドクオーター(本社)も考えており、期待値も非常に高い」と強調。その期待に応え、成長を実現できる手応えを日本事業の責任者として感じていると述べた。
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