電通、20万件超の会計承認をGeminiでAI化 精度99%でもAIだけに任せなかった理由
発注申請を電子化しても、見積書との照合や社内ルールの確認は人の手に残る。電通グループは会計承認にAIを導入し、対象業務で正解率99%に達したという。精度向上の過程と、人に判断を残す理由を解説する。
申請や承認を電子化しても、確認する人の負担まで減るとは限らない。発注金額と見積書を照合し、社内ルールに沿っているかを確かめ、例外的な取引の扱いを判断する。紙とハンコが画面上の承認ボタンに変わっても、こうした作業が残れば、申請件数が増えるほど確認に手間がかかる。
この課題に対し、会計システムの承認業務に生成AIを組み込んだのが電通グループだ。ただし、当初からAIと人の判断がそろったわけではない。検証の初期段階では、人とAIの判定が一致した割合は15.4%にとどまった。モデルの変更やプロンプトの調整を進める中で、AIだけでなく、人の承認にも見直すべき点があることが分かったという。
電通グループの取り組みには、単に判断を自動化するだけではない、人とAIの役割分担に対する考え方が根底にある。AIの精度をどう高め、どこまでをAIに委ねるのか。dentsu Japan CIO/CISOで電通コーポレートワン常務執行役員の根津修二氏は、その考えを明かした。
電子化しても残った、年間20万件超の発注確認
電通グループで取り組みをリードしているのは、2022年に設立された電通コーポレートワンだ。国内各社のコーポレート機能を集約し、経営企画や法務、ファイナンス、内部監査、広報、IT、人事などの業務の標準化と効率化を進めている。
その一環として、国内グループの共通会計システム「CAS」(Common Accounting System)が2024年2月に稼働した。
「売り上げ計上や支払いなどの機能はパッケージ製品を利用しており、従業員が実際に使うフロントのUIはフルスクラッチで開発しています。この会計システムの承認業務にAI機能を組み込みました」(根津氏)
AI承認機能の開発で当初目指したのは、人が画面上でデータを確認して承認ボタンを押していた業務をAIが判断し、自動承認する仕組みだ。人は確認が必要な案件に対応することで、負担を減らそうとした。
「2024年に新システムになりましたが、それ以前は紙で承認を取り、ハンコを押していました。新システムではオンラインで承認するようになりましたが、考え方は大きく変わりませんでした。発注する場合、従業員がデータを登録して申請ボタンを押し、上長が確認し、発注管理部署で確認して発注するという流れです」(根津氏)
国内電通グループの原価発注は年間20万件を超える。これらを上長や管理部署が1件ずつ確認する負担が、AI活用の背景にあった。
実装に当たっては、発注情報や発注先の見積書などの会計システムデータと、確認事項を記したプロンプトをAIに渡す方法を採用した。プロンプトには社内規定や、現場で承認・却下を判断してきたルールを反映する。AIはデータの整合性や社内規定への適合をチェックし、「問題あり(差し戻し)」「問題なし(承認)」「要確認(人が判断)」の3段階で判定する。
最初の一致率は15.4% モデルとプロンプトを見直す
チェック用のプロンプトには、約50のルールを盛り込んだ。
まず、AIの判断ミスを防ぐため、「全てのチェックリストは上から順番に必ずチェックしてください」「不明点や情報不足がある場合でも、『推測』してはいけません」といった指示を記述し、判断に制限をかけている。
その上で、「CASの登録金額と添付見積書に記載される金額は、一致しなければならない」「CASに登録する期間の終了日と納品日は、一致しなければならない」といった、従来人が確認してきた内容を記述する。さらに、「件名に『契約』という文言が含まれている場合、契約書PDFを添付する」などの細かな指示を加える。なお、これらは説明用の例で、実際の文言とは異なる。
「例えば、発注先から来た見積書が100万円なのに150万円で発注申請している場合、データか見積書が間違っているということになり、『問題あり』となります。チェック項目を全て満たせば『問題なし』となります。一方で、AIが判断できない場合もあります。例えば、赤字の取引だからといって一律に駄目というわけではありません。これは『要確認』となります」(根津氏)
実際にPoC(概念実証)を始めると、利用するLLM(大規模言語モデル)によって判定結果が大きく異なったという。
講演資料によると、2025年6月23日~7月1日に他モデルで実施したPoCでは、投入した13件について、人とAIの判定の一致率は15.4%だった。その後、「Gemini 2.5 Pro」に変更し、同年7月7日~31日に実施したPoCでは、34件で77.9%となった。さらにプロンプトを調整し、同年7月31日~8月11日に実施したPoCでは、52件で89.4%となった。
「人が承認したものをAIが却下したり、AIが承認したものを人が却下したりすることが頻繁に起こりました。モデルをGeminiに変えてみたところ、数字が大きく上昇しました」(根津氏)
根津氏は、この用途で判定結果に差が出た要因として、画像を含むPDFの認識性能を挙げる。
「画像を含むPDFの認識では、Geminiが強いと感じました。今回のように特定の用途でLLMを採用する場合、コストや結果が変わるため、どのLLMを選定するかは大事なポイントです」(根津氏)
正解率99%でも、人の判断を残す理由
根津氏によると、2025年9月ごろにPoCを終え、数カ月の開発を経て、2026年4月までに会計システムへ実装した。実装時には、AIの正解率は99%に達していたという。ただし、検証ではAIと人の判断結果の一致率は約95%で頭打ちになった。食い違いの理由を調べると、人の判断が社内ルールと合っていないケースが見つかった。
「例えば、AIは差し戻すように言っているが、人は承認している。本当は会社のルールで却下しなければならないのに、ローカルルールで承認されている。調べてみると、昔に誰かがルールを決めて、『何十年もそれでやってきたから、それでいいんだ』という話でした。そうしたイレギュラーなケースを除くと、正解率は99%に達しました」(根津氏)
根津氏は、導入後のハルシネーションは「事実上ゼロ」と説明する。人によって判断がぶれにくくなり、チェック品質の均一化につながった他、人による確認と比べてコストや処理速度の面でも効果があったという。
ただし、実際に採用したのは、全ての承認をAIに任せる方式ではない。AIがデータの整合性や社内規定への適合を確認した後、人が取引の背景を踏まえてビジネス上の判断を下す「ハイブリッド方式」だ。AIが問題ありと判定した申請は自動で差し戻す。
「人間が不要になるということではありません。人間が見なければならないデータは残ります。何万件もくまなく見るのではなく、確認が必要な点に集中できるようになりました」(根津氏)
AIに判断させていないのは、長期的な投資判断や他案件と合わせた判断が求められる取引、電通側に起因する補填取引、システム上の都合で発生する例外などだ。
「当初は赤字でも、将来的な利益が見込まれれば許容できます。ある取引は赤字でも、別の黒字取引とセットで見れば利益が出る場合もあります。こちらのミスで補填すべき案件もあります。こうしたルールをプロンプトに書き込むことは現実的ではありません。ビジネスの文脈に応じて判断が変わる場合は、プロンプトで定義できないため、人が確認しています」(根津氏)
AIの判断を支える、検証・プロンプト管理・ログ保管
AI承認の実装に当たっては、どのように内部統制を実現するかについて監査法人とも議論した。根津氏によると、事例が少なく、監査法人としても「良いとも悪いとも言えないのが実態」だったという。そこで、新しい内部統制の仕組みを一緒につくる方針で検討を進めた。ポイントは3点に絞られた。
1つ目は、結果の定量検証だ。特に財務数値に対してどの程度の影響があり得るのか、定量的な根拠を示す必要があった。
2つ目は、プロンプトの管理だ。誤ったプロンプトや不正に改変されたプロンプトが投入されると、正しく判断できなくなるため、厳格な管理が求められる。
3つ目は、ログの保管だ。障害や不正が起きた際に事後調査ができるよう、関連データを適切に保管しておく必要がある。
「人とAIの判断結果を全件比較し、定量的に評価しています。また、プロンプトはソースコードと同じように管理しています。更新する場合は、その理由を申請し、権限を持つ人が承認します。さらに、別の人が本番環境に反映します。これによって、不正なプロンプトが混じらないようにしています。AIの判断結果は全てログとして記録し、障害や不正が起きた際にチェックできるようにしています」(根津氏)
モデルの更新にも備える。本番環境ではGemini 2.5 Pro/Flashを利用しているが、モデルが変わると判定結果も変わる可能性がある。そのため、本番とは別に新しいモデルを検証する「シャドウデプロイメント」の仕組みを設け、判断結果の差分を比較し、更新による影響を確認する構成を採用している。
また、AI管理専用ツールを使い、利用料金や応答時間の可視化、プロンプト管理にも取り組んでいる。
最後に根津氏は、AIを単に人の代わりとして捉えるのではなく、業務課題を解決するシステムとして設計する重要性を強調した。
「AIは人間の代替ではなくシステムです。課題解決に必要な要件を定義し、システムに必要なデータモデルを設計し、テストを行い定量的に品質を検証し、誤作動や不正利用を防ぐ統制を備えることが大切です」(根津氏)
※本稿は「Google Cloud Next Tokyo 2026」の講演「電通グループの会計承認AI ― 複数モデルの徹底比較で見極める判定精度と説明力」を基に構成した。
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