神戸市、Copilotの弱点を「Dify」でどう解決? あえて自前でAI環境を構築した理由
神戸市は2026年4月、Difyで生成AI基盤「KOBE AI PORT」を構築した。Microsoft Copilotを利用していた神戸市は、なぜ一から生成AI環境を作ることを決めたのか。
自治体における業務効率化の切り札として生成AIの活用が進む中、神戸市は「Microsoft Copilot」の活用を進めてきた。しかし、自治体特有のネットワーク環境や機密情報・非公開データの取り扱いが活用拡大のハードルになっていた。
こうした課題を打破するために同市が導入したのが、オープンソースのLLMアプリ開発プラットフォーム「Dify」を活用できる生成AI基盤「KOBE AI PORT」だ。導入の結果、わずか2カ月で利用者の9割が業務の効率化を実感した他、業務の品質向上や心理的安全性の確保といった変化も起きている。
神戸市は、なぜ既製品ではなくあえて生成AI基盤の構築を選んだのか。キーマンズネット編集部では、その背景や構築が現場にもたらした変化について、同市の松田薫平氏(企画調整局 デジタル戦略部 ICT業務改革担当 係長)に取材した。
神戸市が選んだ、生成AI基盤の「内製化」という選択
神戸市の生成AI活用は、2023年6月の実証実験を経てCopilotの利用を開始したことに始まる。当初はデジタル活用に意欲的な職員を中心に、文書作成や要約、アイデア出し、情報検索などで活用が進み、デジタル戦略部は2024年1月に職員向けの「プロンプト事例集」を公開するなど、庁内におけるCopilotの利用促進を図った。
市役所の業務用PCは、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワーク「LGWAN」に接続されている。そのため神戸市では、Copilotの利用のたびに専用アプリ(仮想ブラウザ)を起動しなければならなかった。さらに必要なファイルを渡す前にLGWANとインターネット環境の中間に位置するサンドボックス環境にファイルを置き、セキュリティチェックが必要だった。
また、セキュリティの観点から、国からの通知といった機密情報や非公開データのCopilotへの入力を制限せざるを得なかった。例えばメールの返信案の作成を依頼する際は、メールアドレスなどの個人情報を削除した上で必要なデータを入力する必要があった。
そこでデジタル戦略部は「インターネットに接続しない、独立したAIアプリが必要だ」という結論に至る。Copilotの導入と同時期からDifyを活用し、AIアプリの内製化に挑戦してきた経緯もあり、Difyによる新たなAI基盤の開発を決定したという。
Difyはセルフホストに対応しており、指定したサーバにデプロイできる。そのため、LGWANネットワークから専用の閉域ネットワークを介して接続するクラウド環境を整備可能だ。外部との通信を遮断した強固なセキュリティ環境を実現して、ある程度機密性が高いデータの入力が可能になる。
市場には自治体向けの生成AIソリューションが数多く存在する。一方、同市が選んだのは既製品の導入ではなく、生成AI基盤を自ら構築する方法だった。そこには、今後の活用を見据え、基盤そのものに求める柔軟性や拡張性についての考えが神戸市にあった。
「私たちには、直感的に操作できるUI・UXなど、理想とする運用イメージが明確にありました。既存のベンダー製品は仕様変更の制約が大きく、対応が難しい面がありましたが、Difyはワークフローや各種設定の自由度が高く、理想の機能を柔軟に構築できます。また、アップデートが頻繁に実施され、以前は難しかったことが次々と実現できるようになっている点も魅力です。さらに、事例や知見がネット上に豊富にあり、コミュニティーを通じて最新機能をスピーディーに取り込める点も評価できると思いました」(松田氏)
生成AI基盤「KOBE AI PORT」とは
神戸市が2026年4月10日に正式運用を開始した生成AI基盤「KOBE AI PORT」は、シンプルな対話ができる汎用(はんよう)チャット機能に加え、職員が迷わず使える仕組みとして「プロンプト集」や「アプリ一覧」といったメニューを備えている。
プロンプト集には「テーマに関するアイデア出し」や「問い合わせに関する回答の作成」といったテンプレートが用意されており、用途に合わせて選択すると自動で定型プロンプトがセットされ、職員は必要な箇所を埋めるだけでAIに指示を出せる。アプリ一覧には、複雑なプロンプト入力を必要とせず、ファイル指定やフォーム入力だけで指示を完了できるワークフロー型アプリが組み込まれている。
現在、庁内で活用されている主な汎用アプリには以下のようなものがある。
・条例規則参照アプリ
神戸市の例規集や教育委員会規則などのナレッジデータベースをあらかじめAIに学習させたアプリ。質問を投げかけると、「神戸市教育委員会規則の第〇条第〇項に基づき、教育長の承認が必要になるので手続きをしてください」といったような、実際の行政実務に直結する回答を得られる。
・音声解説生成アプリ
長文ドキュメントや解説資料(PDF等)をアップロードするだけで、AIが要点を吸い上げ、解説音声を出力するアプリ。単純な読み上げだけでなく、ポッドキャスト風の会話形式や、ターゲット(職員向け・市民向け)に応じたトーンの変更も可能。eラーニング研修コンテンツの作成などに活用されている。
・議事録作成アプリ
会議の音声ファイルをアップロードすると、自動で文字起こしを行い、要約や議事録を作成するアプリ。庁内で特に利用頻度が高く、好評を得ているアプリの一つだという。
・アンケート集計アプリ
市民アンケートなどの「Microsoft Excel」データをそのまま投入することで、AIがデータを分析してレポート形式で集計結果を出力する。閉域基盤のためデータをそのまま投入可能で、集計の手間が大幅に軽減された。
・メール返信文作成アプリ
「Microsoft Outlook」からメールをそのままドラッグ&ドロップし、指示を出すだけで返信文案を作成できる。メールアドレスなどの個人情報を事前に手作業で削除・加工する必要がなくなり、日常的なメール対応の負担が削減された。
なお、KOBE AI PORTは外部のWeb検索を行わない仕様になっているため、他自治体のDX施策などの情報収集や調査には、従来通りCopilotを活用することで業務の最適化を図っている。
生成AI基盤の導入で「業務の品質向上」と「心理的安全性の確保」を実感
KOBE AI PORTの運用開始から2カ月が経過した2026年6月、デジタル戦略部は職員向けの庁内アンケートを実施した。
アンケート結果によると、職員の6割が「日常的(週に数回~毎日)」にKOBE AI PORTを活用しており、そのうちの9割が「業務の効率化・スピード向上」を実感していることが分かった。
松田氏は導入後の重要な変化として、「業務の品質向上」や「心理的安全性の確保」を挙げる。
自治体は2~3年周期の定期異動が多く、職員は配属直後から膨大な規定や手引きを読み込み、未経験の業務に臨む必要がある。しかし「条例規則参照アプリ」を活用すれば、条例規則に基づく手続き方法を即座に確認できるため、異動後の不安や心理的負担の軽減につながっているという。
「今後、人手不足による職員数の減少が見込まれる中で、AIによる業務の効率化は避けられないと考えています。単なる日々の工数削減にとどまらず、アウトプットの品質向上や職員の心理的安全性を確保するといった観点からも、自治体におけるAI基盤の必要性は非常に高いと確信しています」(松田氏)
職員が抱える課題と丁寧に向き合い、課題に応じたサービスを選定・構築すべき
デジタル戦略部は今後、各部署の専門業務に特化したAIアプリの展開を目指している。具体的には、業務に詳しい現場職員自らがAIアプリを開発・カスタマイズできるよう、研修をはじめとする教育体制やサポート環境を整えていく方針だ。
さらに、AIが参照できる庁内FAQや各種ドキュメントといったナレッジを拡充する他、将来的なAIエージェントの活用を見据え、セキュリティを確保しつつ外部サービスや各種システムとの接続も検討を進めていく。
松田氏は最後に、生成AIの活用に悩む自治体や企業に向けて次のように語った。
「単に『生成AIを用意したので使ってください』と現場に投げかけるだけでは活用は定着しません。神戸市の場合、まずはアンケートを取って課題を把握するところから始めました。この経験から、庁内の職員が何に困っているのかを丁寧に見極め、それに応じたサービスを選定し、構築すべきだと感じています。そして導入後も、体験型の研修を通じて職員一人一人が成功体験や気付きを得られるような、戦略的なアプローチの継続が重要です」
職員が抱える課題と真摯(しんし)に向き合い、独自基盤の構築とAIアプリによる個別業務の効率化という選択によって、生成AI活用の定着に成功した神戸市。オープンソース技術の強みを生かし、現場主導で推進されるKOBE AI PORTの取り組みは、自治体DXにおける新たな先進モデルとして、今後ますます注目を集めそうだ。
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