問題は、メタ安定相に向かっているのかどうかをどうやって判断するかだ。
VICSシステムが運用されたエリアなら、カメラで対象エリアを俯瞰して交通状況が把握できるが、そうでないエリアでは不可能だ。それを現状でも計測可能な情報から把握する方法がないかを模索したとき、伊東教授の頭脳にある論文がひらめいた。
それは1980年代のベンジャミン・リベットの研究で、人間が動作するときに脳から各筋肉にどのタイミングで信号が送られるのかを調べた実験をまとめた論文だ。その結論は、人間の脳は動作を意識するより先に行動に向けた準備を行うというものだ。
伊東教授は「ドライビングにおいてのさまざまな動作も無意識下で行われ、意識はそれを追認しているだけ」だと考えた。道路に車両が増えると、自然にブレーキを踏む回数が多くなり、加速の仕方やハンドル操作も変化する。
だが、通常その変化はドライバー自身に明確に意識されることはない。特に危険回避の場合などは「ブレーキを踏んでから、ブレーキを踏んだことを意識する」という状態で、車の運転は体が学習した内容から外的な刺激に反応して無意識に行われる。
それに、ドライバーの意識にはのぼらないほどの微妙な交通状況の変化が反映されるのではないか。そこに渋滞の前兆となるメタ安定相への移行に伴う何らかの傾向が見えるかもしれない。
走行相の変化を捉えるには、ドライバーの挙動の特徴を各走行相で記録し、走行相の判別に適する特徴量を求める必要がある。それができれば各走行相のドライバーの挙動がモデル化でき、自由走行相からメタ安定相への移行がドライバーに意識されるよりも前に予測できる可能性がある。
その特徴量を求めるために、模擬走行実験ができるドライビングシミュレータ(図2)が用いられた。伊東教授はそもそもダイハツで衝突防止システムの開発などを担当したベテラン技術者であり、ドライビングシミュレータを自身で開発した経験も持つ。
その経験を生かし、ドライバーの無意識化の挙動を計測して、自由走行相からメタ安定相への移行でどのように挙動が変化するのかを確かめた。ドライビングシミュレータには実際の車両と同等の運転席が再現され、フロントガラスやミラーにはそれぞれシミュレーション画面が同期して映し出される。ここに被験者が座り、壁を隔てた隣のコンソールで設定する走行シナリオに沿って運転操作を行い、その操作状況を逐一数値化して記録する仕組みだ。
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