ERPそのものの利用メリットとしては、全社業務を横串で見ることができる、業務を標準化することができる、二重入力や入力ミスを撲滅することができる、ガバナンスを強化することができる、といった点が挙げられるが、それでは中小規模事業者がクラウド型ERPを使ってこうしたメリットを享受するためには、どのような点に留意する必要があるのか。次にこの点について見ていくことにする。
中小規模事業者がクラウド型ERPに目を向ける典型的なパターンは、先にも述べたように現在会計や人事給与など個別の業務システムを使っているが、制度変更により安く、手間なく、対応するために、クラウド型ERPの会計モジュールや人事給与モジュールを活用するというものだ。
使い始めの時点では会計や人事給与だけだったが、使っていくうちにその他の機能の利用にも広がっていくケースがあるという。例えばあるベンダーのユーザー画面には利用できる機能一覧が表示されており、その中に「予算管理」があるが、ほとんど使われていないという。そもそもユーザー企業が予算管理自体をしていないのか、あるいはExcelなどを使って行っているのかは分からないが、予算管理は多くの企業が利用できる機能だろう。
クラウド型ERPを利用する際、企業側が提供サービスの機能に業務を合わせる必要がある場合もある。ユーザーにはある程度の負担を強いるかもしれないが、多くの企業のベストプラクティスが詰まったERPのプロセスを踏襲することで効率的に業務の標準化を図ることができる。
ただし、場合によっては、自社独自のやり方を変えたくないというケースもあるだろう。例えば帳票類のフォーマットだ。もちろんクラウド型ERP側でテンプレートは提供されているが、自社のニーズにはマッチしない場合もある。在庫管理のための検品ラベルや、作業指示書など、取引先企業ごとの指定がある場合も想定され、簡単に変更できないことも少なくない。そのときにはベンダーに依頼してカスタマイズしてもらう必要がある。
またこれから海外拠点にクラウド型ERPを導入して、管理会計を実現したいという場合には、本社から、こんなレポートを見たいので、各国のERPにこういう管理項目を追加したいという要望が出てくることになる。こうした場合にも、標準で提供されている管理項目の中に自社が求めるものがなければ、ベンダーに依頼してカスタマイズ対応をしてもらう必要がある。
クラウドサービスでは、SLAの1つの指標としてシステム稼働率99.99%といった数値を明示している。例えば稼働率が99.99%なら、年間に1時間程度のシステムダウンを許容する必要があるが、ERPの場合には、年に1時間でも停止することは許されない。そこでクラウドサービスがどんなSLAを提示しているかをよく確認しておく必要があるが、一方で稼働率100%というのもあり得ない。そこで現実的な対処法となるのが、バックアップ体制だ。
まずは基盤となるパブリッククラウドサービスを提供するベンダーのSLAを確認し、さらにはそのベンダーもしくはアプリケーション部分(=クラウド型ERPサービス)を提供するベンダーが、どんなバックアップ体制を敷いているか、万一の際のリストア時のRPO(目標復旧時点)とRTO(目標復旧時間)をどれぐらいで考えるまでを併せて、チェックしておく必要がある。
ちなみにクラウド型ERPに目を向ける中小企業の中には、IT担当者が不在で、そもそもサーバがどこにあるのか分からないといったところもあり、いまだに“クラウドにすればコストが下がる”と思い込んでいるケースが往々にしてあるという。
確かにクラウドでは、サーバの手配が不要で導入期間も短くて済み、メンテナンスフリーで人件費も下がるといった数々のメリットがあるが、長い間使い続ければ、いずれどこかのタイミングでパッケージの導入コストを超える分岐点が必ず出てくる。
まずは「クラウドは安い」という思い込みを改め、パッケージ購入とクラウド利用の損益分岐点をベンダーに明らかにしてもらった上で、自社がクラウド利用のメリットをどこに置くのかを明確にしておく必要がある。
単にコスト比較だけなら、損益分岐点を1つの目安にすればいいが、クラウドの利用によってサーバメンテナンスにかかる人件費を削減できたり、サーバの設置場所を削減できたりする。こうした“見えざるコスト”をどう捉えるか。従業員の負荷を減らし、空いたマンパワーを他の業務に割り振ることで生産性の向上を目指すなら、まさに“クラウドファースト”が選択肢となる。
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