みちびきの高精度な測位法を利用すれば、障害物の多い都市部で行われるマラソン大会でも、ランナーの正確な軌跡をたどることが可能だ。
アシックスは、2016年の神戸マラソンにおいて、トップランナーのコース攻略の情報を計測し、リアルタイムに後続ランナーに対してコーチングする実証実験を行った。トップランナーがみちびきの受信機とデータ送信用のスマートフォンを装着して走り、後続のランナーが付けるスマートウォッチに攻略コースが配信されるという仕組みだ(図2)。
「みちびきのデータを見れば、2時間台でゴールするトップランナーと、5時間台でゴールするランナーは、コーナリングが全く違うことが分かる」と話す坂本氏。みちびきから得たデータを基にしたランニングログを比較してみると、3つのカーブが続くコースにおいて、トップランナーが加速と減速を1回ずつしか行わなかったのに対し、5時間台でゴールするランナーはカーブごとに加減速を繰り返していることが分かる(図3)。
「パフォーマンスを可視化することで、同じ場所を走る後続のランナーに理想のコーナリングを提供できた」と橋本氏は語った。
アシックスでは、慶応義塾大学SDM研究科 神武直彦准教授の協力を得て、選手の動きをトラッキングし、パフォーマンス向上を図る試みも行っている。坂本氏は、「みちびきを使えば、プレイヤーの細かい動きを可視化することも可能だ」と説明し、テニスプレイヤーの動きを線で可視化した図を紹介した(図4)。
「従来のGPSでは、スタート位置がずれていたり、真っすぐに動いているはずでも、データではコの字に記録されていたりするが、みちびきではそれが生じない」(坂本氏)。
こうしたデータによってプレイヤーがコートのどの位置を主戦場にしているのかが分かれば、アシックスの数あるシューズの中からユーザーのプレースタイルに適したものを選び出すことに役立てられると坂本氏は話す。
「衛星の受信機を持って練習すれば、家に帰ったとき、スマホにアシックスのおすすめのシューズが表示されている。そんな将来も構想している」(坂本氏)。
最後に紹介するのは、GPSの測位方法の1つである「RTK」を陸上競技に活用した例だ。アシックスでは、この取り組みで得たデータを基に、シューズをはじめとした用具の最適設計を行うことも構想する。
RTKは、衛星受信機と人工衛星で構成される通常のGPSと異なり、経度と緯度が固定された基地局を設け、衛星と基地局、観測点(衛星受信機)の3点情報を合わせる事で誤差を少なくする方式だ。坂本氏によれば、通常のGPS測位よりも時間分解能、すなわち時間計測の精度が高い。また、数センチ単位で高さ方向の計測が可能になることも特徴的だ。
「高さ方向、すなわちプレイヤーの姿勢データが取れることは、コーチングをする上で大切」(坂本氏)。図5は、1人のプレイヤーが4回の方向転換をしつつ走った際の記録である。左は平面上での動き、右は走った時間に応じた受信機の地上から見た高さ方向を示している。「方向転換をする際に、プレイヤーは必ず姿勢を低くするのが分かる。このデータを使って、例えば100メートル走のどこで加速し、マックスパワーを出せば良いのか、適切なコーチングをすることもできる」と坂本氏は説明する。
またアシックスは、RTK測位法のデータを、アシックスの主軸事業であるシューズの設計にも生かす試みも行う。「いつのタイミングで体を伏せればよいのか分かれば、スパイクシューズのつま先にある爪の数を変えることも考えられる。逆に、体を起こす際には下方向に力がかかる。このタイミングを調べることで、土踏まずのカーブを最適化することも可能だ。また、ヒールの角度にもデータを反映できるだろう」(坂本氏)。
アシックスは、人工衛星による高精度測位の技術をさまざまなスポーツ分野に応用していく。宇宙からのデータを使ってマーケットや事業を広げる1つの先例となるかもしれない。
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