わずか2日でグループ10社の基幹系業務システムをクラウドに移行完了。バンダイナムコグループが実践した「リフトアンドシフト」。きっかけは保守切れ対応への疑問だった。
バンダイナムコグループが、国内グループ10社の基幹系業務システム全体をAmazon Web Services(AWS)に完全移行した。2017年8月、わずか数日の間に全てのシステムをAWSに移行できたという。既存のオンプレミスシステムを、まずはクラウドに置き換えていく「リフトアンドシフト」を実践したかたちだ。
プロジェクト開始は2016年10月、2017年5月初旬には環境構築を済ませ、同年8月には本番環境、DRサイトともに完全にAWS以降をし、本稼働させている。今後はこの成果を、次のIT投資――RPAの導入、会計処理の自動化、契約書管理の効率化など――につなげる計画があるという。本稿は、2017年12月に開催された「cloudpack DAYS」(アイレット主催)での講演を基にした。
バンダイナムコホールディングスを中核とするバンダイナムコグループは、傘下に玩具メーカーであるバンダイの他、オンラインゲーム開発、映像コンテンツ制作など、多数の事業会社を傘下に持つ。このバンダイナムコグループにおいて、グループ内のガバナンス強化と経営資源の最適化を目的に管理本部機能を担う組織が、バンダイナムコビジネスアークだ。
同社はグループ全体に「シェアードサービス」として、総務、人事、経理、情報システム部の機能を提供する。中でも情報システム部門は、グループ全体のITインフラ基盤からPCサプライに至る情報システム全般を担う部門として位置付けられている。
そもそもの発端は、保守切れ対応業務だったという。グループ全体のIT基盤はバンダイナムコビジネスアークが担っているが、各システムで調達した機器などに保守切れが発生するたびに、個別にアセスメントや選定が必要となり、運営上の大きな負担となっていた。
クラウドやモバイルの普及で企業情報システムを取り巻く環境が大きく変わる中、情報システム部門の役割も問われる。「自分たちのなすべき仕事は何か」を含め、将来のITインフラ基盤はどうあるべきかを真剣に考えるようになったという。
「広い視野で今後のIT基盤を考えるなかで、クラウドに全面移行するという選択肢がでてきました。コストについても、単に移行コストを下げるという視点だけでなく、ネットワークやDRのコスト、事業会社の要請、そこで求められる対応なども含めて、将来的にどうなるかを総合的に検討しました。複数のクラウドを検討し、最終的に選んだのがAWSです」(バンダイナムコビジネスアークの情報システム部 ITインフラ戦略セクションデピュティゼネラルマネージャー森田繁氏)
最近では金融機関が勘定系のシステムを全面的にクラウド移行するなどの事例が注目を集めているが、バンダイナムコのようにほぼ全ての基幹業務システムを短期間に一気に刷新するケースはまだ決して多くはない。
基幹系システムのクラウド移行事例の多くは、システムのリプレースにあわせて段階的に移行するケースや、検証環境のみを対象としたケースだ。人事給与などの一部機能をクラウドに移行、それ以外の基幹業務に関わるシステムだけはクラウド移行の対象外としている事例もまだまだ多い。
大規模基幹システムのクラウド移行では何がポイントになるのか。森田氏は、移行の方法論や技術、ツールの使い方、パートナーとの協力体制などを解説していった。
AWSを選択した理由は、技術視点からだったという。
「コストや将来性を見てトップダウンで決めたわけではありません。『自分たちが何を使いたいか』『どういうことをやってみたいか』『一番“テンションが上がる”サービスはどれか』という目線で、担当するチームのメンバーが決めました。会議は、担当者の熱意を経営トップに伝える場となり、非常に印象的な会議になったことを覚えています」と森田氏は振り返る。
コストや運用の手間を考えると、オールインで全て移行することが重要だった。「とにかく持っていく」ために、一部の機能やネットワークも廃止したという。また、プロジェクトに先行して、AWSのトレーニングも行った。「人のやる気、マインド、ノウハウがそろえることで、メンバーのやる気に火がつき、人材が育っていきました。それが今回のプロジェクトの一番の成功要因だったと思います」と森田氏は話す。
具体的な移行手順については「材料」「料理人」「方針」のたとえを用いて説明した。
材料は、現行のサーバ、ミドルウェア、データベース、アプリケーションとライセンスなどの一覧だ。材料が揃わない場合、事前に時間をとって調査しておくことが重要だ。材料が揃わないまま見切りで移行するとトラブルの元になる。
また「知恵と勇気、大きな希望」「思い切りと諦め」も大切だ。AWSに移行することで何ができるようになるかビジョンを持ち、できないことはムリに実現しようとはしない。こうした意識を醸成するには、AWSのトレーニングが格好の手段だった。
料理人は、自社のプロジェクトチームだけでなく、現行のベンダー、AWSのサービス、移行パートナーのサービスが含まれる。現行ベンダーの富士通、アイレットのcloudpackサービス、AWSプロサービス、それぞれの担当者と協力して移行の方針を立てた。
「コストを考えてチームを小さくするのではなく、必要な知見を集めるために全ての関係者が関わることが重要」と森田氏は述べる。
方針は「素材を生かしたままAWSへ」を設定。構成を変えないこと、「この際だから○○する」はしないこと、運用体制はよいところは残すことなどを心掛けた。 現在の構成は、ERPシステム、認証関連システム、分析システム、監視システムなどを東京リージョン上に構築し、DRサイトとして構築したオレゴンリージョン(米国)に夜間にコピーするというものだ。
同社が一気にAWS移行を進めた背景には、DRサイトの運用構築費を削減や移行に伴うシステム停止を最小限にとどめる狙いもある。実際の移行では、VM Importを使って既存のVMware環境を準備し、入念にリハーサルを行って、2017年のお盆休みに一気に移行した。
「移行ではトラブルがつきものです。構成を変えたり、この際だからと新しい機能を追加したりすると、移行後に何が原因でトラブルが発生したかが分からなくなります。動いているものをそのまま移行することで、トラブルへの対処がしやすくなるというメリットがあります」(森田氏)
移行のリハーサルではTerraformやawsspecなどの構成管理ツール、自動化ツールを使って、手作業での移行を極力排除した。VM Importがまれに失敗したり、ファーストタッチペナルティー(AMIからのリストア直後はディスクアクセスが遅い)で悩むこともあったが、クラウドインテグレーターの技術者を交えて対処したという。
環境構築には約3カ月、テストに約2カ月かけ、2017年6月から約2カ月かけてリハーサルを行った。本番移行はお盆休み中の8月11〜12日にかけてデータコピーなどを行い、翌13日にアプリの動作確認、月曜となる14日からは業務再開という流れだった。入念な準備とリハーサルのおかげで、移行作業の予定35時間のうち34時間で済ませることができた。
移行後の変化としては、コスト、アジリティ・拡張性、運用、人材の4つを挙げた。まず、コストはインフラ投資と運用、DR費用を含めて数億円を削減した。「サーバ購入費だけを比較するのではなく、5年トータルで見ることが大事です。クラウドでコスト増という話はありますが、トータルで見れば、コストは大幅に下がるはずです」と森田氏。
アジリティ・拡張性の点では、サーバやサービスの新規追加が迅速になったこと、検証行為を頻繁に行えるようになり、開発期間が短縮されたことが成果だ。また、運用は、データセンターへの完全外部から、外部と内部のハイブリッド型になった。森田氏が一番の成果として挙げるのが、人材の育成だ。
「トレーニングを通じしてスキル面で成長しました。業務、スキルアップへのモチベーションが向上し、新しいことにチャレンジしたい、できるという空気が醸成されました」(森田氏)
実際、移行によるコスト削減は、新しい施策の投資にまわされている。具体的には、データ分析基盤のクラウド移行を検証できたことで、2018年3月までにオンプレの基盤をクラウドで拡張するプロジェクトを稼働させた。また、人間ができないデータ処理を夜間に実施するRPAへの取り組みを進めたほか、新しい契約書管理システムや、売上計上の自動化など既存システムの自動化に向けたプロジェクトも走り始めている。
森田氏は「クラウド移行を阻む最大の敵は、私たち自身の常識や思い込み」と語る。クラウド以降プロジェクトでは「減価償却や契約が終わるまでクラウド移行はできない」という制約に縛られて、行動に移すタイミングを逸してしまうことが少なくないのだという。「そんなにコストは下がらない」「今の運用の方が安定している」「拡張性は必要ない」というのも、誤解や思い込みです。とにかくやってみるという姿勢が大切です」と話し、講演を締めくくった。
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