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契約書レビューAI、日本語リーガルテックの最前線〜実務ユーザーに聞く「本当に使える?」(1/2 ページ)

多様な働き方が増える中、多くの人をつなぐスタートアップ企業。華やかさの裏側にあるのは案件ごと、業務内容ごとに発生する大量の法務案件だ。AIを使い、専任担当なしでもリスクなく法務案件をさばく、契約書レビューAIのユーザー企業に実際のところを聞いてみた。

» 2019年08月21日 08時00分 公開
[原田美穂キーマンズネット]

 「現在当社は『まずは契約書の全文を確認』というような従来型のレビュー業務はほとんど行っていません」というのは、株式会社うるる(以降、うるる)執行役員の秋元優喜氏だ。

 「まず契約書のレビューをする際は最初にサービスにアップロードします。アップロードすると自動的にレビューしてくれる。結果はフキダシで指摘が入る仕組みです。指摘内容も実用的。例えばある条項について『書き換え案』や『こういう規定の仕方で問題ないでしょうか』といったアラートが自動で出てくるんです。あとはそれを見ながら条文をどうするかを判断していきます。契約書は大量にありますが、1つに30分〜1時間以上掛かっていたような作業が、約半分の時間で完了できるようになりました」(秋元氏)

1_うるる 執行役員 秋元優喜氏 うるる 執行役員 秋元優喜氏

 うるるはそのビジネスモデルの特性から1カ月に約50件もの法務案件を処理している。本来ならば専任の法務担当が数人いてもよいほどの業務量に見えるが、同社に法務の専任担当者はいない。「弁護士がいるようなもの」という、自然言語処理とAIを使ったLegal Techサービスを活用しているからだ。

 2020年には120年ぶりの民法改正が予定されていることから、一般企業でも今後は約款や契約書類の見直しが必要になる。多忙が予想される法務業務を効率化する際、法務AIはどこまで実用化できているだろうか。日本語の自然言語処理は技術革新から精度が上がっているというが、契約書のようなシビアな書類でどこまでの精度を出せるのだろうか。実際の利用者に詳細を取材した。

2020年の民法改正とは?

2020年4月1日、民法が120年ぶりに大幅に改正される。主な変更点は債権関係の規定だ。契約全般に関わる項目にも影響があることから契約書レビュー時に留意すべき点も法改正に併せて見直す必要があるとされる。法務省のWebサイトでは基礎情報や法改正の内容を解説したパンフレットが公開されている。



独自のCGS事業を支える約40万の在宅ワーカーネットワークを基盤に事業を拡大

 うるるは、2001年設立の企業。その後、現在の代表取締役社長である星 知也氏を含む経営陣によるMBO(Management Buyout)を経て2006年に第二創業をし、BPOサービスなどを拡充、現在は主婦層向けに隙間時間に就ける在宅業務の就労支援サービス「シュフティ」(会員数約40万人)を中心に、入札情報の速報サービス『NJSS』、「人」の力を活用したサービスを中心にビジネスを展開する。

2_シュフティのWebサイト シュフティのWebサイト データ入力やデザイン、Web開発など多様な業務カテゴリーがある

 代表の星氏は「家庭の事情などで『外に出られない=働きに出られない』という状況にある方々に、場所と時間に関わらない働き方を提案したい。こうした人たちが活躍できる社会が今後必要とされると確信して事業を始めました」と、同社サービスの基盤ともいえる会員制サービス シュフティ立ち上げの背景を説明する。

 同社の事業の核は、前述のシュフティによる「クラウドソーシング」に加え、「BPO」サービス、「CGS」事業がある。星氏によると「CGSはうるるが作り上げた概念」だという。CGSは、Crowd Generated Serviceの略で、クラウドワーカーのリソースを活用した事業運営を指す。一般的にはサービス利用者がクラウドワーカーと直接取引を行うことが多いが、CGSの場合はクラウドワーカー向けの業務を企業として受託し、それを自社が抱えるクラウドワーカーに委託するモデルを取る。発注企業側は、クラウドソーシングを利用する際の課題となりやすい取引契約や与信などの課題を解消でき、受注側のクラウドワーカーは、CGS事業者を介すことで安定した仕事を得られる可能性がある。現在は全国の官公庁、自治体などの入札情報を一括検索できる『入札情報速報サービス NJSS(エヌジェス)』など、3つのサービスがCGS型で提供される。

3_うるる 代表取締役社長 星 知也氏 うるる 代表取締役社長 星 知也氏

 「BPOとクラウドソーシングは受託型事業とプラットフォーム型事業。CGSはわれわれ自体が、自社のクラウドソーシング基盤を活用して企業にサービスを提供します。CGSはシュフティというクラウドソーシング事業があり、約40万の会員があればこそ実現する事業です。BPOで市場トレンドをつかみ、それをCGSとして事業化する――これがわれわれのビジネスモデルです」(星氏)

人の基盤作り、事業拡大でかさむ法務業務……兼務の法務担当が1月50件契約をさばく状況も

 さて、このクラウドワーカーという「人の力」を最大化することに情熱を傾ける同社が、法務案件の処理については業務の自動化を目指すソリューションを大いに活用している。というのも、シュフティやBPOでは登録者の方々と業務委託契約を都度締結する必要がある。CGSもサービス利用規約、契約の書類が発生する。BPOでは対法人法務との折衝も必要だ。新サービス立ち上げ時のリーガルチェックも重要だが、同社のように機動力高くサービスを立ち上げる企業にとっては、企業法務に関わる業務はかなりのボリュームになるからだ。

 秋元氏によると、「件数としては、BPOの契約が最も多く、現状ではBPOだけで1カ月あたりおよそ30件超、その他にも10〜20件程度は何らかの契約書を扱う状況」だという。中でもBPOに関しては、発生した日に即日に近い対応が求められるため、手元に到着次第、処理をし続けなければならない。

 だが同社には法務専任担当者は今のところいない。秋元氏は「これら全ての契約書を専属の人員が1人でレビューするとしたら、契約書レビューだけで他の業務はできないでしょう」と語る。

 人材紹介や派遣の基本契約の場合は、見るべきポイントがある程度「読める」ため、さほど工数がかかるわけではなかったそうだが、対法人との受注内容の異なる取引となると会社毎に業務委託契約書の締結までの工数は膨大になることもある。

 個別の受注内容ごとに、内容に沿った契約書を作成する必要がある上、特に受注する業務内容によっては契約書のボリュームが大きく膨らむ。さらに、契約のたびに各社の法務部門と地道な折衝を行う必要がある。「大手企業の法務ご担当部門の方々ともなると人数も多く、文言の訂正一つをとっても合意形成までに長い時間を要します」(星氏)

 一般的な企業よりも法務案件が多いにも関わらず、法務の専任担当者はなく、CFOと、最近では人事・総務担当役員が兼務で処理する過酷な状況が続いていたという。

 「ベンチャー企業やスタートアップは事業の成長に投資を集中しますから、バックオフィスに大きな投資ができません。管理部長が1人で人事労務法務経理をまかなうことも、珍しい話ではありません。ただ、契約書のような法務に関しては、どんなに多忙でもリスクをとれませんから手を抜けない業務です」(星氏)

 そもそも人手が足りない創業期の企業が、最もミスが許されない法務業務をどうこなすか――この課題を打破するきっかけは、はやり「人」の力だった。

 うるるが法務案件の処理に苦慮する状況を突破したのは、2年ほど前、ある偶然から企業法務を専門とする弁護士である小笠原匡隆氏と角田望氏の接点を持ったことがきっかけだ。この2人こそが、後にLegalTechサービス「LegalForce」を立ち上げることになる。

起業家とLegalTechスタートアップ、相互扶助の関係の中で検証と開発を

 同社と小笠原氏と角田氏の接点はなかなか一般化し難いもの。当時の経理部長がたまたま「異業種交流会」の中で出会って、話がはずんだことがきっかけだ。これをきっかけに経理部長がCFOに小笠原氏と角田氏を紹介し、専任の法務がいないうるるの状況を弁護士としての小笠原氏と角田氏に相談したことが始まりだ。

 「ちょうど当時は、大手弁護士事務所に所属する傍らで、私自身も法律事務所の立ち上げやLegalForceのサービス立ち上げを準備していた時期でもありました」(小笠原氏)

4_LegalForce 代表取締役共同創業者/弁護士 小笠原匡隆氏 LegalForce 代表取締役共同創業者/弁護士 小笠原匡隆氏

 当時、小笠原氏は大手渉外法律事務所である「森・濱田松本法律事務所」に所属する弁護士として活動していた。国内最大手の事務所に所属していたこともあり、大手企業の法務を担当することが多かったというが、それでも通常は外部の弁護士に法務部組織のオペレーションの改善であったり法務的な意思決定部分を担ってもらったりといった契約をするのは特殊なケースだったようだ。

 「通常、私どものように株式市場に上場する企業が法務関係の業務を任せるとなると、それなりの実績や信頼がなければ依頼しません。彼の場合は仕事の前に個人的なつながりがあったこと、彼自身森・濱田松本法律事務所でしっかり実務を積んでいたこと、また彼自身が、私たちがそうだったように創業を目指している状況であったことから『ぜひ一緒にやってみよう』と声をかけたのです」(星氏)

 うるるはLegalForceのサービスレビュアであると同時に事業立ち上げのメンターのような関係でもあったという。「資金調達の方法などの創業のノウハウをアドバイスすることもありますし、彼が開発する新しいサービスをいち早く利用して検証したり、あるいは業務として私たちの案件の検討に参加たりしてもらうこともある。『持ちつ持たれつ』の関係です」(星氏)

 

星氏
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