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ソフトバンク、伊藤忠、トヨタ、3社のPR戦略がなぜ採用活動に有効なのか

採用サイトもPR動画も見てもらえない……。求職者の目を引き付けるにはどういった手段が有効なのか。ソフトバンク、トヨタ、伊藤忠商事の大手3社のPR戦略から求職者の心をつかむ“勝ちパターン”を探る。

» 2020年03月10日 08時00分 公開
[太田 努サイト・パブリス]

 連載第2回までは、企業の存在感と企業価値を高め利益につなげるには“ファン”を増やすことが重要で、そのためには株主や顧客だけではなく、求職者に対しても選ばれる存在にならなければならないことをお伝えしました。

 しかし、求職者をファンに取り込もうといくら見栄えの良い採用サイトにしても“自己満足”なものが多く、動画を使ったリッチな採用サイトにしても、見てもらえないものが多いのが現実です。特に「YouTube」に慣れた世代に対しては、コストをかけたリッチな採用動画でアピールしても再生時間の長いものは最後まで見てもらえないことがほとんどです。採用サイトでアピールしてもダメ、採用動画も見られない……。それでは、今の求職者にこちらを向いてもらうにはどのような手段が効果的なのでしょうか。

著者紹介:太田 努(デジタルフォルン 取締役COO)

大手人材総合サービス企業在籍時にアウトソーシング事業を中核とする社内ベンチャーを立ち上げ、上場。主に営業やサービス企画、グループ企業経営などに従事。その後生活産業系企業に移り、BtoCの店舗運営事業の立ち上げに携わる。事業責任者として店舗オペレーションやサービス企画、マーケティングなどを統括。現在はデジタルフォルンのCOOとして事業運営全般を担当しながらグループ会社であるサイト・パブリスの執行役員を兼務。デジタルマーケティング領域の拡大に向けた取り組みを行う。


求職者の情報源は採用サイトから口コミサイトへ

 最近、新卒採用の就職活動における情報収集手段として企業の口コミサイトの活用が伸びているようです。飲食店の情報収集で口コミサイトを活用するのと同様に、エントリーを考えている企業の文化や特徴、環境、組織制度といった情報を、口コミサイトを使って収集する流れが強まっています。求職者は組織の内情を知る現役の従業員やOBが書き込んだ情報をエントリーする際の事前情報として役立てており、客観的な企業情報を知る上で欠かせない情報源となっています。

 また最近の企業の口コミサイトには求人情報が掲載されているものもあり、口コミから求人情報といった求職者が知りたい情報をまとめて見られるという利便性もあります。飲食店の口コミサイトも、ユーザーから寄せられた評判を載せるだけでなく、評判を見てすぐに予約できるよう予約機能を備えたサービスが増えてきました。今や、企業の口コミサイトは応募エントリーにつながる重要なアクセス経路になっています。

 採用サイトや求人媒体の影響力が低下し、この種のサービスが今後の就職活動の主役になるとも聞きます。企業はこの状況を前提とした採用戦略を考えることが重要です。

口コミサイトやSNSで“丸裸”にされる企業

 企業と求職者の関係は投資家と企業の関係に似ているように思います。投資家は、情報収集と対話で数ある企業の中から投資先を絞り込み、金融資産を投資します。求職者も情報収集と面接により就職先を絞り込み、自らの労働力を企業に投資します。今ほどIRの考え方とIRレベルが高くなかった時代においては、企業は投資家に対して「いかに装い、魅力的に感じてもらうか」に力点を置いていました。この要素は当然今も必要ですが、現在のIRにおいては「正確に誠実に向き合うこと」を通じた“対話力”がより重要性を増しています。ステークスホルダーである投資家と長い関係を築きたいのであれば、成長性を伝えるだけでなく、リスクや弱点に対するリカバリー策もきちんと伝えることが必須です。

 この「対話力」は採用活動においても重要です。事業やサービス、成長性、人事制度や教育プログラム、先輩社員の紹介や企業風土の紹介など、多くの情報を整理し、採用サイトや求人媒体、イベントなどでアピールしているかと思います。しかし、IR活動と比較した場合採用活動において注意点があります。それは、マイナス情報やネガティブ情報の取り扱い方です。

 口コミサイトやSNSの普及により企業のあらゆる情報が共有される時代、企業は“丸裸”にされています。本来は積極的に開示したくない情報もこうした手段によって“流通”する可能性があるため、あらゆる情報が求職者に知られていることを前提に考える必要があります。それらは、女性の従業員、管理職、役員の比率や退職率、平均勤続年数、給与水準、有給消化率、残業時間、育休制度活用状況、若手の登用状況など挙げればきりがありません。求職者に触れられたくない情報や開示したくない情報をどう整理しながら伝えていくかが重要です。

ソフトバンク、伊藤忠、トヨタの3社から学ぶ三者三様のPR戦略

 それではどういった伝え方が効果的なのでしょうか。ソフトバンク、伊藤忠商事、トヨタの3社の例を基にその答えを探ります。この3社のPR戦略はそれぞれ異なるように見えて、ある共通点があります。

 2020年度の第二四半期の決算発表において、ソフトバンクグループの孫正義社長は「ボロボロでございます。真っ赤かの大赤字」です、とコメントしました。ソフトバンクグループでは投資家に対するこうした伝え方は珍しいものではなく、ある種の潔さが感じられます。もちろん内容そのものはネガティブ情報ですが、その上で今後の打開策を説明するスタンスに共感する方もいます。

 また、「ひとりの商人、無数の使命」のキャッチコピーが広まった伊藤忠商事の広告、PR戦略は、近年の広告、PR活動の中でも秀逸だといわれています。「第63回日経広告賞」で大賞を受賞したキャチコピーと広告展開は、総合商社の特徴を一人一人の従業員にフォーカスして表すことで、投資家や取引先企業、従業員、求職者などあらゆるステークホルダーから見たとき、「人が価値を創り出す」という総合商社像を見事に捉えた内容になっています。特に好感が持てる点として、従業員をフォーカスする際に過剰に演出するのではなく、「等身大の従業員」を伝えることで、広告を見る側との距離感を縮めている点です。こうした見せ方が、総合商社の中で業績のトップ争いをするまでの成長につながり、各種就職ランキングでも上位に顔を出しているゆえんではと考えます。

 そしてトヨタ自動車の「トヨタイムズ」です。豊田社長を中心にトヨタの未来について語るこのシリーズは、モビリティ社会を迎えようとしている中「トヨタはどういう戦略を描いているのか」を広告を見る側に考えさせるような見せ方をとっており、従来の広告とは一線を画する伝え方であり、興味深い試みです。

 この3社には3つの共通する点があります。1つ目は、見る側の目線を意識した伝え方、特に距離感を意識している点です。実態と懸け離れることなく率直に等身大の魅力を伝えようとすることで、見る側と聞く側との距離感が縮まり、ファンの獲得につながっていると感じます。

 2つ目は、企業メッセージを伝えることにトップが大きく関わっていることです。伊藤忠商事の場合、広告に代表取締役会長CEOの岡藤氏が登場されるケースがあります。見る側の印象として、トップ自らがメッセージを伝えることで、企業がより近くに感られることにつながっています。

 3つ目は、自社の強みやキャラクターが整理されていることです。この3社だからという訳ではなく、どの企業にも強みやキャラクターはあります。それを掘り下げて整理し、ぶれることなく伝えることが重要です。

採用サイトは求職者目線のUXに

 こうした企業のPR戦略における見習うべきポイントは、採用活動にも生かせられます。

 例えば、多くの採用サイトでは先輩社員が自社の魅力や仕事のやりがい、就職した動機などを語るコーナーがありますが、内容を読む前に展開が想像できてしまうものが多く見受けられます。読み手である求職者が知りたい情報は、その組織で働いている人の本音であり実態です。口コミサイトなどである程度の企業情報を収集している求職者が知りたいと思う情報を提供するには、登場する従業員が何を語るかが重要となります。伊藤忠商事のPRは粒度の細かい情報を的確に伝えており、参考になるでしょう。

 求職者が女性の場合、特に気にするのが女性の従業員、管理職、役員の比率です。こうした情報を開示することがマイナスになると捉える企業は、積極的な情報開示を控えるでしょう。その場合、逆手にとって今の数値と数年後の目標数値を公表するという手もあります。

 これは、マイナスポイントは認めつつ将来像を伝えるソフトバンクのIRに見られる手法であり、参考になるでしょう。

 伝える手段は、当然単なる画像より動画の方が臨場感を演出できます。リッチな動画はコストもかかる上に登場する従業員が退職した場合に替えが利かないというデメリットがあります。こうした課題を考えた場合、採用サイト一つとっても「担当者が自由に編集できる機能を持っていること」「動画などもコストをかけずに採用担当者が簡単に作れること」をかなえるツールやサービスの活用が必須となってくるかと思います。

 サイト・パブリスの親会社であるデジタルフォルンでも組織独自のツールによって担当者が採用サイトや動画を自在に編集ができ、採用活動の機動力を上げて採用の活性化につなげています。それにより、2019年度のエンジニアなどの新卒採用数が2018年度と比較して50%増加し、求職者の内定承諾を3カ月早めることにつながりました。

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