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マツダはデジタルトランスフォーメーションも「らしさ」で勝負、CASEを支える4原則とは

マツダは次の100年に向けて生き残りを賭けたデジタルトランスフォーメーションに挑む。そこでもマツダらしい他社との差別化が必要だという。マツダの考える「らしさ」とは。またCASEを支える基盤づくりにおける4原則とは。

» 2020年05月13日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 自動車産業は「CASE」(Connected、Autonomous、Shared、Electricの略)の急速な進化により、100年に一度の大変革期を迎えている。ものづくりの伝統を継承し、創業100年を迎えるマツダは、いま生き残りを賭けてデジタルトランスフォーメーション(DX)に挑戦しているところだ。次の100年に向けた施策について、マツダの大澤佳史氏(理事 東京本社統括)が語った。

本稿は「豆蔵 DX day 2019」におけるマツダの大澤佳史氏の講演内容を基に構成した。

「スモールプレイヤーだけではCASEの実現は難しい」

マツダ 大澤佳史氏

 製鉄から造船、自動車と日本のものづくりの代表企業の一社であるマツダは、2020年に創業100周年を迎える。同社のアイコンであるロータリーエンジンは日本の技術力を世界に示した典型例だ。同社理事の大澤佳史氏は「当社の根幹にはものづくりのDNAがある。自動車産業はCASEにより100年に一度の大変革の時期を迎えており、他業界からの参入が相次いでいる。しかし当社は国や地域で異なる幅広い要求に応えられるように、CASEと極めて関連が深いDXに積極的に取り組んでいく」と語った。

 この1年で環境政策や環境規制は大きく変化し、英国やフランスでは内燃機関のみの乗用車の販売を禁止し、中国ではNEV(ニュー・エナジー・ビークル)規制により新エネルギー車生産の拡大を促す。米国でも州によりこうした規制がある。

 日本では経済産業省が2025年の長期計画で温室効果ガスの排出を9割削減する戦略を打ち出し、燃費やCO2排出規制、ゼロエミッションビークルの普及促進など、自動車そのものの低燃費化を進める政策を立てている。

 石油の採掘や精製、輸送、発電によるCO2の排出やEV(電気自動車)、PHV(プラグインハイブリッドカー)の生産時に排出されるCO2に着目したLCA(ライフサイクルアセスメント)も考えなければならない。次世代液体燃料の利用などの取り組みも重要だが、それ以外に社会インフラの整備、とりわけ業種を超えたビジネスモデルの再構築や変革が必要だ。

 効果的にCO2を削減するためには、自動車のパワーソースの適性やエネルギー仕様、電力の発電構成などが必要になる。これには再生可能エネルギーの活用が主力となる。発電に原発を利用するフランス、水力を利用するカナダではEVの普及が効果的だが、化石燃料による発電が多い日本などではハイブリッドカーが効果的だ。これに対して、大澤氏は「当社はさまざまな技術を組み合わせながら環境への影響の少ない自動車生産に取り組んでいく」としている。

 マツダブランドは顧客とのつながりを重視することで成長した。大澤氏は「これからもマツダならではの価値を提供するために、顧客を中心に据えた差別化が必要だ。そのためには車を愛してもらえることが大切だと考えている。この大変革の時期にも、心をワクワクさせるような価値観と走る喜びを大切にし、顧客との絆を強くしていきたい」と語る。

 次の100年に向けた経営戦略の目玉となるのはやはりCASEだ。マツダらしい、人を主体とした新たなカーライフや文化をユーザーに提供するには、新技術の開発やインフラへの投資、そしてDXが必要だ。しかし大澤氏はそれだけではないとし、次のように続けた。

 「マツダのようなスモールプレイヤー単独ではそれらの実現は不可能だ。共創や協業、仲間づくりが大切なのだ」(大澤氏)

 CASEの中でも特に「コネクティビティ」に注目が集まるが、インターネットとのつながりは利便性をもたらす一方で、デジタルツールへの過度な依存によりストレスをも生み出す。「オフライン休暇」や「デジタルデトックス」が求められる点にも着目する必要がある。

 マツダはネットにつながることで得られる利便性とリアルな人と人とのつながりの両方を実現するコネクティッドビークルの開発を進めている。「ネットで行き先を探して誰かと一緒に時間を過ごす、その道中で人と出会い会話する」そんなリアルな世界での楽しみや体験、感動の共有こそが大切だという。大澤氏は「当社が目指すコネクティビティは、利便性を享受しながらも自ら行動する世界を導く道具であるべきだ」と考える。

 自動車と同様に自動運転も走る喜びを提供するための技術の一つだ。大澤氏は「当社は『Co-Pilotコンセプト』をとり、あくまで運転の主役は人間、自動運転技術はいわばサブドライバー。裏でドライバーと車、道路、交通状況を把握しながら仮想的な運転を実現する仕組みを開発している。例えばドライバーの瞳孔や心拍数、感情などの計測データがしきい値を超えて異常を示し、正常に運転できないと判断したら、自動運転に切り替えて病院へ向かい、未然に事故を防止するといったようなことだ。技術を発展させて、安心して運転できる環境を作りたい」と言う。

MaaSの推進は自動車業界だけでは成し得ない

 自動車産業におけるDXに深く関連するサービスとして、現在注目を集めるのがMaaS(Mobility as a Service)だ。都市部では慢性的な交通渋滞やラッシュの解消、人や物の移動の効率化が課題となるが、その解決手段としてMaaSに期待が寄せられている。

 都市部では公共交通機関が整備されているが、利便性や効率性などにおいて解決すべき課題はまだまだある。MaaSは自動運転技術と組み合わせることでこうした課題を解消できると考えられているが、車だけではなく自動車専用道や高精度な地図なども必要になる。

 MaaSの推進には、車の製造や販売ビジネスに加えて配車や自動車管理など、他業界とも連携しながら進める必要がある。行政による都市設計や都市開発を担う不動産業界など、幅広い産業との連携が必要になるだろう。

 地方に目を向けると、過疎化の進行により運行の終了を迎える公共交通機関が後を絶たない。こうした地方にとって、自動車は生活に欠かせないものだ。高齢者などへ自由に移動できる手段を提供するのも自動車産業にとって重要なことだという。

 最近は高齢者の自動車事故も聞かれるが、車の運転は「ウェルエージング」に好適ともいわれている。高齢者が安心して運転できる安全性の高い自動車を提供することも大切な責務だ。何らかの事情で自動車を運転できない人に対しても、何らかのサービスで支援する努力も必要だ。

 大澤氏は「全ての人が自由に移動できる社会に貢献したいと思っている。例えば、広島県三次市で『支え合い交通サービス』の実証実験を実施した。コネクティッド技術を最大限に活用し、人と人、地域がつながる活動も進めていく。運転できる人が移動手段を持たない人を支える仕組みを作り、地域における人と人との絆の深化に役立てていきたい。

 CASEへの対応は、これまで以上に広範囲な協力が必要になる。そのためには、マツダが自らの強みに磨きをかけて、異業種の皆さんに理解していただく必要がある。いままで交流がなかったプラットフォーマーや電池メーカーなどさまざまな企業と志を同じくするような連携を進める」と他業種との連携の必要性について述べた。

マツダのCASEを支える4原則とは

 マツダの社内では、どうCASEを活用するかが大きな問題となっている。これまでの経験則をベースにしたアプローチが通じない領域のため、あれこれ手をつけても混乱するだけだと考え、基盤作りに関する基本的な考え方を次の4つにまとめた。

製造業としての立ち位置は変えない 社会が変わってもものづくりのDNAは変わらない。培ってきた財産を有効活用して変革をうまく乗り切る。
マツダの独自性を際立たせる デザインやモデルベース開発などマツダの強みがある領域にITリソースを集中する。
自動車に関わるデータガバナンスを手放さない クラウドにデータを保管する際も、データへのガバナンスは手放さない。
セキュリティ CASEが実現した世界では、セキュリティの不備は人命にかかわる。外部サービスを含めた包括的な管理が求められる。一切の妥協は許さない。

 DX基盤のポイントは、構造化されたアーキテクチャだ。DXの実現には、社会のさまざまなシステムやサービスをつなぐことが重要となる。これまでは、自動車メーカーがサプライチェーンの頂点に立ち、唯我独尊的ともいえる構造をとっていた。これはCASEの時代にそぐわないが、100年近くにわたって積み重ねてきたシステムやプロセスを全て変えるのも現実的でない。

 社内システムへの影響を最小限にしながら社外システムとうまくつなぐ構造化されたアーキテクチャの導入が極めて重要だという。また、変化に強いデータモデルを作ることも重要だ。プロセスやビジネスモデルは常にダイナミックに変わるが、データモデルは静的で、ほとんど変化を見せない特性を持つ。例えば部品番号に代表される製品コードや車1台1台を識別する車両識別番号(VIN)、カスタマーエクスペリエンス領域では顧客データベースなどだ。

 大澤氏は「これらは少なくとも私が入社して以来、基本構造はほとんど変わっていない。この変わらないデータモデルを基にITモデルを作ることが適切だと考える。このデータモデルをベースにしたIT基盤は、プロセスやビジネスモデルに依存したアプローチと異なり、より変化に柔軟に対応できる。

 ただし、マツダの社内システムはとことん精緻に作り込んだ“個別最適の塊”のようなもので、変更は容易でない。一方、MaaSの大半は最初からつなぐことが前提に作られ、変化に柔軟かつ迅速に対応できる。これをうまくつなぎ合わせるのがアーキテクチャデザインのポイントになる。本社とディストリビューター、ディーラーはそれぞれのシステムを持ち、中にはレガシーなシステムも存在する。これらを顧客情報保護やプライバシー重視の観点を含め、グローバルでのベストプラクティスを組み合わせて変革していく。また多様化したデバイス、プロセス、機能を分離し、クラウドなどの技術もうまく活用できるような、構造化されたアーキテクチャを採用していく」と語った。

 最後に「社内システムと社外システムをうまくつなぎ、顧客との関係強化により車に関連する情報の収集、分析により、サービスの向上ばかりでなく、将来の商品開発にもダイレクトにつながる。ものづくりのプロセスやサプライチェーン、カスタマーエクスペリエンスの各面でDXを推進して、新商品につなげていきたい」と締めた。

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