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「脱メール」で仕事のスピードを早めるには? 朝日新聞社のSlack活用ワザ

「朝日新聞デジタル」のサービス開発を支える朝日新聞社のエンジニアチームは、内製化を進めるために情報共有の効率化を図り、Slackを導入した。しかし、Slackは“無法地帯化”し、情報共有改善の道のりは平たんではなかった。

» 2021年05月14日 07時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
朝日新聞社 天野 友理香氏

 朝日新聞社は「朝日新聞デジタル」のバックエンドとフロントエンド、ユーザーアプリ開発において、ベンダーロックインや外部依存を避けるため、2019年から内製化を進めてきた。開発の内製化を進めるには社内エンジニアとフリーランスエンジニア、パートナー企業が連携した密な情報共有が欠かせない。そこで、「Slack」を導入し、現場の情報共有の効率化を図ったが、ワークスペースが乱立し、無秩序状態に陥った。

 Slackを導入するだけでは終わらない現場の情報共有問題をどう解決したのか。「Office 365」との連携例も交えて、天野氏がその過程を語った。

本稿は、「Why Slack? SlackとOffice 365で実現する生産性向上術」(主催:Slack Japan)における朝日新聞社の天野 友理香氏による講演「朝日新聞デジタルの開発内製化を支えるSlackを活用したコミュニケーション変革」を基に、編集部で再構成した。

Slackを入れたはいいが「ワークスペース戦国時代」状態に

 Slack導入のきっかけは、取引先から話を持ちかけられたことだった。まずは朝日新聞デジタルの開発チームで無料版を試験的に使い始めた。朝日新聞社の開発チームは、今まではメールによるコミュニケーションが主体で、メールを1通送信するのにも約5分〜15分を要していた。しかも同社の情報セキュリティーポリシーにより、社内ネットワークにつながっている環境や端末以外からはメールを閲覧できず、返信に時間がかかりがちだったという。これをチャットに置き換えたことによって、チームコミュニケーションのスリム化と意思疎通の迅速化を実現できた。だが、これで問題は解決した思った矢先に、次なる課題に突き当たる。

 朝日新聞社の開発チームでは、パートナー企業とコミュニケーションを取りながらプロジェクトを進めるケースがあり、Slackの「ワークスペース」を、パートナー企業、プロジェクト、チーム単位で作成していた。こうしたワークスペースの乱立が次なる問題を生んだ。当時の状況について、天野氏は次のように語った。

 「もう社内のSlackは『ワークスペース戦国時代』のような状況でした。ワークスペースが無秩序に乱立し、時には1人で10個以上のワークスペースに参加しなければならないこともありました」

 このペースでワークスペースの“増殖”が続けば、円滑なコミュニケーションどころか業務に支障が出ることも予想された。

Slackワークスペースの“無法地帯化”を止めた2つの施策

 この状況を変える転機となったのが、エンジニアリング強化のために技術顧問として迎え入れた、レクター取締役の広木大地氏による提案だった。

 同氏は、現在の状況を見て「ワークスペースの統合」と「理由のない限り、オープンなチャンネルでコミュニケーションをとること」という2つの改善案を提言した。広木氏の提言を受けて、天野氏らは「Slackはコミュニケーションをオープンにするツールだった」ことを再認識したという。

 そこで、今まで乱立していたワークスペースのデータを統一ワークスペースにインポートする方法で統合と整理に踏み切った。

 これまでワークスペースごとに分離されていたコミュニケーションが統合され、垣根のないやりとりが容易になった。また、同時にヘルプチャンネルも整備し「ここで聞けば誰かが答えてくれる」仕組み作りと利用の活性化を進めた。

 ワークスペースを統一したことでさらに参加するメンバーが増え、投稿も活性化した。投稿の中で特徴的だったのが、絵文字によるコミュニケーションだ。

 Slackでは画像データをもとに誰でもカスタム絵文字を作成できる。オリジナルで作成した絵文字ベースを基にしたコミュニケーションは、テキストを入力しなくても気持ちが伝わる効率性もあった。

 運用を始めると、いつの間にか面白い絵文字が増え、絵文字だけで投稿にリアクションするというコミュニケーションの変容も起き始めた。「頑張れ」とテキストで書くとやや重い印象を受けるが、同じ意味を表す「重量上げ」の絵文字だとメンバーの心にも響きやすい。また、テキストを打つ「コミュニケーションの手間」も減る。

図1 絵文字によるコミュニケーションが浸透(出典:朝日新聞社作成の資料より)

 無料版のSlackは投稿メッセージ数が1万件を超えると、それ以上さかのぼって投稿されたメッセージを閲覧することはできない。また社外のパートナー企業やフリーランスエンジニアとのコミュニケーションには、「Slackコネクト」を使った外部の人との共同利用チャンネルの新設と、社内利用のワークスペースにゲストが参加できる「マルチゲストアカウント」が必要だった。そこで、有償版のSlackに切り替えた。

 また利用者が増えるにつれて“カオス化”するのを防ぐために、利用ルールも整備した。アカウント名の命名ルールを決め、プロフィール画像の設定を義務化し、チャンネル名にはチーム、プロジェクト、雑談系などの種別に対応するプレフィックスを付けることをルール(チームチャンネル名には#t_を付けるなど)として定め、各チャンネルの説明も明示するようにした。すると、ルールに反する使い方に対して自発的に注意を促す「運用警察」ユーザーも自然に生まれるようになったという。

SlackとOffice 365の特性を生かし、さらなる効率化を

 Slackの利用が拡大してきたところで、ちょうどOffice 365の全社導入が決まった。Office 365にも「Microsoft Teams」といったコミュニケーションツールが含まれ、全社を横断したコミュニケーションツールとして最適だった。また、人事・採用などの機密性の高い情報を含むやりとりには、そうしたOffice 365に含まれるツールの方が向いていた。

 しかし、利用が浸透し始めたSlackをこのタイミングで廃止するわけにはいかなかった。Slackは、部内コミュニケーションや社外パートナーとのコミュニケーションなど、カジュアルな情報伝達に向いている。アプリ連携もSlackならではの機能が活用できるという利点もあり、両者を用途、用法に応じてうまく使い分けることになった。

 この点について、天野氏は次のように語る。

 「Office365は『Microsoft OneDrive』のファイルを見ながらチャットができるなど、ストック情報の管理と利用に優れていて、Slackは他チャンネルに投稿を共有したり、スレッド内のやりとりをチャンネルに同時投稿できたりするところに利点を感じています。両者それぞれの利点があり、ケースによってコミュニケーションツールを使い分けています」

 SlackのチャンネルにTeamsの会議URLを表示させたり、Slackでワークフローを設定し朝会のリマインドを自動で通知させたり、議事録をその場でSlackのチャンネルへ共有したりといった具合に、Office 365と組み合わせることで、両者の特性をうまく利用しているようだ。

図2 Microsoft Teamsによるオンライン会議の通知やリマインド、議事録共有にSlackを活用(出典:朝日新聞社作成の資料より)

 天野氏はこうした取り組みを経て、「部門間の垣根がなくなり、コミュニケーション文化が大きく変わりました。また、メールベースの情報伝達をやめたことで、エンジニアは主業務に集中できるようになりました」と振り返る。

 現在、朝日新聞社では、全社規模で利用するOffice 365に加え、有償版Slackを朝日新聞デジタルの開発部門と編集局の速報配信部門で導入し、両部門間をSlackコネクトで結んでいる。今後も、Slackのさらなる活用を進める予定だという。

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