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プロが語るPoCの進め方、成功に導く2つのステップ

見せかけだけの“DXごっこ”をしている企業があまりにも多いという。DXを阻む落とし穴の正体は? 3000社のDXを支援してきた企業がDXを成功確率を上げるためのPoC(Proof of Concept)の進め方と、必要な人材スキルを図で分かりやすく解説した。

» 2021年05月18日 07時00分 公開
[インサイト合同会社]

見かけだけの“DXごっこ”をしていないか

 「2025年の崖」で知られる「DXレポート」を2018年に経済産業省が公表して以来、多くの日本企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みに力を入れてきた。2020年12月には「DXレポート2(中間とりまとめ)」として具体的なアクションも提示されたことで、取り組みやすくなったかのようにも思える。

 しかし、実際には多くの取り組みが「見かけだけの『DXごっこ』になっている」とAIスタートアップ企業STANDARD代表取締役CTOの鶴岡友也氏は指摘する。STANDARDは、IoT関連のサービスを提供する企業だ。3000社以上のDXを支援する中で「DXがうまくいかない」実態を目の当たりにしてきた。

 鶴岡氏は、企業のDXを阻む3つの落とし穴を説明し、DXの成功確率を挙げるためのPoC(Proof of Concept)の進め方と必要な人材スキルについて解説した。

本記事は、オンラインセミナー「脱DXごっこ!DXを成功に導く人材のスキル解説」(開催:STANDARD)の内容を基に、編集部で再構成した。

この3つは避けよう、DXプロジェクトの落とし穴

 同氏によれば、DXプロジェクトの阻む落とし穴は主に「アイデアの質が低い」「人を巻き込むのが難しい」「PoCマネジメントができない」の3つだ(図1)。

 「アイデアの質が低い」とは、解決すべき課題を発見できていない、アイデアが収益に結び付ついていない状況を指す。また「人を巻き込むのが難しい」企業は、DXが全社ゴトの取り組みになっていない、現状業務が忙しくて現場での優先順位が下げられる、前提知識に差があり議論がかみあわないといった状況に陥っている。

 「PoCマネジメントができない」企業は、DXを推進するための要件定義が分からない、成功の基準がなく本開発の投資が判断できない、ビジネス適用や運用につなげらなれないといった課題を抱えているという。

 「逆に言えば、この3つをつぶすことができれば、DXプロジェクトはほぼ失敗しないということです」(鶴岡氏)

図1 DXプロジェクトの阻む3つの落とし穴(出典:STANDARD)

そのチャットbotは本当にいる? PoCで必ず踏むべきステップ

 こうした落とし穴を避け、DXを成功に導くにはどうしたらよいのか。またPoCを失敗せず、質の高いアイデアを醸成できる人材や組織を育てるにはどうしたらよいのか。

 鶴岡氏はまず、DX推進ガイドラインを引用しながら、DXの定義は「デジタル技術を活用して顧客に付加価値を与えられる組織や文化を創り続けること」だと述べ、デジタル技術を活用して顧客に付加価値を与えるとはどのようなことなのかを理解しなければならないとした。

 「付加価値というのは、顧客により喜んでいただくことです。デジタル技術を活用した業務効率化や顧客満足度向上の取り組みの結果、お客さまを喜ばせた量が売上という数値に表れてきます」(鶴岡氏)

 顧客に付加価値を提供し喜ばせるためには、まず価値の検証が必要だ。しかし、鶴岡氏によると、PoCより先に進めないプロジェクトのほとんどは、価値の検証をせずに開発を始めているという。例えば、従業員からのさまざまな問い合わせにチャットbotで自動回答する仕組みを自社サービスに導入したが、精度が低くシステムも使いにくいため、利用されないまま廃止になったといったケースがその一例だ。正しいPoCの進め方について鶴岡氏は次のように強調する。

 「『何となく凄そう』とプロジェクトに着手したものの、失敗するパターンが後を絶ちません。新しくて凄そうな技術やアイデアは多くの人が関心を持ちやすいのですが、必ずしも課題を解決する手助けをしてくれるとは限りません。重要なことは、まず『提供価値の検証』をし、それから『技術実現性の検証』をするという検証の順序を間違えないことです」(鶴岡氏)

図2 必ず守るべき検証の進め方(出典:STANDARD)

効果を見極める4つの視点、価値検証のキモ

 提供価値の検証では、「誰の(ターゲット)」「どんな課題を(課題)」「どう解決して(解決策)」「料金をどう設定するか(プライシング)」という4つの要素の最適な組み合わせを探す。例えば、ターゲット、課題、解決策、プライシングにそれぞれA、B、Cという選択肢があるなら、A-A-A-AからC-C-C-Cまでの組み合わせで適切な組み合わせを探索するのだ。

 「重要なのは、課題の深堀りです。課題に対して解決策が過剰だったり、そもそも小さい課題の場合は対価はもらえません。より大きな課題を解決すれば、より大きな対価が発生します。課題を深堀し、顧客が高いお金を払ってでも今すぐ解決して欲しい課題(バーニングニーズ)を探すことがポイントです。また、4つの要素が検証できるまで『開発しない』ことも成功のポイントです」(鶴岡氏)

 4つの要素の最適な組み合わせを探す際には、資料とヒアリングで検証を進める。例えば、プロダクト開発をする前に営業資料を使って提案したり、お金を払って購入する顧客にあらかじめ内諾をとったりすることが有効だ。

 また、その課題を解決することにどれくらいの価値があるのかを定量的に考えることも重要だ。例えば、新規事業の場合はシンプルに「顧客×単価=売り上げ」「売り上げ−経費=営業利益」という式が成り立つ。また、業務改善の場合は「件数×時間=損失時間」「損失時間×1人当たりの人件費×人数=削減できる人件費」が成り立つ。

図3 提供価値を出すための最適な組み合わせはどれか(出典:STANDARD)

AIはPoCの成功率が20%、技術検証のキモ

 顧客の課題を深堀りし、提供できる価値を検証できたら、次は自社のサービスに導入したい技術について実現性を検証する必要がある。技術実現性の検証は「ROI(投資利益率)想定」「データ準備」「モデル開発」「環境構築」「運用・再学習」という5つの項目を精査し、どの項目が「不確実性」が高いのかを議論する。

 STANDARDはその際のチェックリストも作成している。例えば機械学習をサービスに組み込みたいケースでは、ROI想定の段階で、機械学習の用途として「必ずしもML(機械学習Z)でないといけないのか、ルールベースではダメな理由は何か」などと議論する。

 「本開発や運用から逆算してPoCを設計することが重要です。AIの技術検証をするPoCの成功確率は20%ほどなので、1つ成功したら5つの分のPoC費用を含めて投資対効果を十分に期待できるプロジェクトを企画する必要があります。また、業務プロセスの設計では、業務プロセスの一部だけでなく、全体で効果を出せるのかを検証します」(鶴岡氏)

DXを成功させるために育てたい能力とは

 だが、検証を経てサービスが稼働し、一定の成果を出したとしても、取り組みは終わりではない。鶴岡氏が冒頭でDXの定義を「デジタル技術を活用して顧客に付加価値を与えられる組織・文化を創り続けること」と説明したように、人や組織を変えていかなければならないという。

 「DXに対し、一回やれば終わり、少しの間我慢、早く終わらせよう、といった勘違いが生まれます。しかし、DXは一過性で終わらせるのではなく、継続的な取り組みが必要です。改善し、変化に適応する、きちんと定着させようというマインドが重要なのです。DXに対してこのような理解と意識付けが前提にないと、プロジェクトはしばしば失敗します」(鶴岡氏)

 具体的には、DXの取り組みを通じて組織に「アジャイル型マインドセット」「スキルや能力」「環境(権限、制度、組織)」を組み込む必要がある。

 中でも重要なアジャイル型マインドセットの醸成について、鶴岡氏は次のように説明した。

 「顧客の課題や理想像をヒアリングし、顧客にとって本当に価値のあることを追求しなければなりません。顧客に会わずに机上の空論で始めるのは悪い例です。また、不確実な部分を素早く検証し続け、スピード感を持って仮説を検証します。プランを精緻に検討することに時間を使ってはいけません。失敗してもいい、挑戦して学びを得るというマインドで、チーム内での学習を重視することも重要です。何も行動せずに情報が更新されない事態もよくないでしょう」(鶴岡氏)

 また、「環境(権限・制度・組織)」作りに関しては、社内と顧客の距離を近づけることがポイントだ。階層のないフラットな組織にし、壮大な伝言ゲームをやめ、顧客に対する情報を均一にする。そのためには、関わる人数を減らし、俊敏に動くこと、顧客よりも顧客に詳しくなることが重視される。

 具体的に必要な「スキルや能力」については、「解決すべき課題を見つける」「シンプルな解決策を構築する」「運用に乗せる、ビジネス適応」という3つのサイクルを回し続ける力を養わなければならないという。サイクルをうまく回し続けるためには、プロジェクトの全体を管理するマネジャー、解決策をつくり運用に乗せるエンジニア、課題を見つけ運用に乗せるメンバーという3つの領域の担当者が役割を果たすことが重要だ(図4)。

図4 チームの役割分担の方法(出典:STANDARD)

 なお、STANDARDは、この3つの役割について、「誰が担当するのか、どのようなスキルが求められるか」を体系化し、企業のDXにおける組織作りを支援している。

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