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「マルチタスク削減で爆速開発」に変えたKDDIアジャイル開発チームが実践したこと

割り込みタスクやマルチタスクは業務生産性の低下を招く要因となり得る。特にスピードが求められるアジャイル開発においては、こうした要因を排除していかなければならない。KDDIのアジャイル開発チームは、エンジニアの生産性低下を回避するためにある工夫を考えた。

» 2021年05月21日 07時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
KDDI 須田一也氏

 KDDIは2013年からアジャイル開発を推進し、2016年にはアジャイル開発センターを発足、そして国内のアジャイル開発を啓蒙、促進させるためにScrum Inc. Japanを設立した。現在は、同社東京の虎ノ門オフィスのアジャイル開発部だけでも35チーム350人がアジャイル開発を進めている。

 それにより、家庭の電気使用量をモバイルアプリで可視化する「auでんき」のアプリ開発では、従来のウォータフォール型開発と比べて開発期間を約2分の1に、開発コストを3分の1に圧縮することに成功した。また最近では、沖縄の観光型MaaS(Mobility as a Service)アプリをわずか3カ月でリリースした事例もある。

 こうした高速開発は、同社アジャイル開発チームの業務改善の成果によるものだ。俊敏性を意味するアジャイルでの開発では、何よりもエンジニアそれぞれの業務効率が重視される。高速開発が実現できた背景について、KDDIのアジャイル開発部の須田一也氏が開発チームの裏側にあった苦労と工夫を語った。

KDDI開発チームが俊敏性を向上させるためにやったこと

 2015年11月のauでんきアプリ開発チームの立ち上げ時に、KDDI開発部スクラムチームのフラットなコミュニケーションづくりを目的として、初めてSlackを導入した。

 当初は「Chatwork」を使っていたが、2019年のauでんきアプリ開発プロジェクトでSlackを試用したところ、それを機にツールの置き換えが進み、今ではアジャイル開発部の全チームでSlackを導入している。須田氏は「アジャイル開発とSlackとの相性がいいのは開発ツールとの連携機能にある」と語る。

 開発プロジェクトでは、プログラムの作成や修正、管理、保管、テスト、ビルド、デプロイ、システム稼働後の状態モニターなどにおいて、それぞれの工程で適切な開発ツールや監視ツールを用いるのが一般的だ。同社ではプログラムを「GitHub Enterprise」で管理し、テストとビルド、デプロイにはCI(継続的インテグレーション)ツールの「CircleCI」や「Bitrise」を利用している。

 これら各種開発ツールから届く通知をSlackで受け取るフローに変え、進捗(しんちょく)確認の効率化を図った。またシステムの稼働状態は、「Datadog」で監視しているが、何か異常が発生すればSlackでアラートを受け取り、アジャイル開発に必要な開発の俊敏性の向上を図った。

図1 KDDIのアジャイル開発に利用されるツールとSlackの役割(出典:KDDI提供の資料より)

「マルチタスクが招く業務効率低下」をどう回避したのか

 開発の効率化と生産性向上のためには、エンジニアに余計な時間と手間を掛けさせないことだ。アジリティをコアバリューとするアジャイル開発部門ではなおさらそれが重要になる。

 俊敏性のある開発部にするには、作業のマルチタスク化をどう止めるかが問題だ。現場では多様なツールが必要に応じて導入され、それぞれの機能が連携しないまま、ツールを切り替えて利用していた。ツールの多さが招く煩雑さや複雑さが効率化の阻害要因となった。同社の開発部門では、オフィスツールには「Office 365」を、そしてSlackやGitHub Enterpriseの他にも「Jira」や「Confluence」といったサービスなどを複数併用している。

 須田氏は「作業のマルチタスクによって生産性は40%低下する」というアメリカの心理学会の研究を引用しながら、こうしたアプリケーションやサービスの過度な併用がエンジニアのマルチタスク化を招くとし、全ての業務をSlackで完結させたいと言う。

 SlackとOffice 365を連携できれば、「『Microsoft Outlook Calendar』の予定をSlackで確認でき、Outlookでメールが受信されればSlackに通知され、OneDriveに置かれた資料をSlackで確認するなどといったことが可能になり、多くの仕事がSlackで完結できるようになるはずだ」と須田氏は期待を寄せる。こうした仕組みに変えることで、マルチタスクによる生産性低下に歯止めをかけられるのではという目算だ。

 開発効率の向上に加えて、「Slackコネクト」で社内外のコミュニケーションコストの削減にも取り組んだ。社外メンバーを含んだコミュニケーションを共有チャンネルに集約することで、無駄なコミュニケーションロスを防ぐとともに、開発工数の短縮化が狙いだ。

 須田氏はMaaSアプリ開発プロジェクトで、重要機能を担当するパートナー企業2社とSlackコネクトで結んで仕様確認や課題解決を迅速化できたことが、3カ月という短期間でアプリをリリースできた要因の一つだと分析する。

図2 社内/社外をSlackコネクトでつなぎ、開発期間の短縮化を図る(出典:KDDI提供の資料より)

「メンションしない」暗黙のルールで作業効率の向上を

 こうしてKDDIの開発部でSlackが浸透していく中で、コロナ禍が訪れ、2020年3月からアジャイル開発センター全チームがテレワークに移行した。

 それまでは、テレワークで業務を進めるのは一部のメンバーに限られ、ほとんどがオフィスに出社して作業をしていた。それがコロナ禍により全員がテレワークに移行したわけだが、須田氏はそれでも業務に支障はなかったと言う。

 Slackが浸透した同部門では、既にテキストベースのコミュニケーションが定着し、業務上の会話や雑談、相談などがオンラインコミュニケーションにシフトしても戸惑うことはなかった。音声での会話が必要な場合は「Zoom」や「Discord」などのコミュニケーションツールでカバーした。

 このようにSlackをベースに、各種ツールを併用しながらテレワークにスムーズに移行した同センターだが、テレワークへの移行に伴って弊害もあったという。オフィスだと日常的に起こり得る偶然の出会いが少なくなり、「直接仕事に関わる相手以外とのコミュニケーションの機会がなかなか得られず、同僚や組織への無関心を助長する」ことが懸念されている。この問題については「Slackを通じて、オープンな場での会話や雑談を増やし、コミュニケーションのきっかけを増やす取組みをしている」とのことだ。

 須田氏は、そのきっかけにもなりそうなSlack活用法を紹介した。

 Slackのチャンネルの中でテーマごとにスレッドを分けることで、オフィスで別チームの会話が聞こえてくるのと同じような効果が生まれるという。チャンネル内のスレッドは気軽に閲覧できるので、面白そうな会話を見つけたらそのスレッドに自由に参加できる。また他のチームがどんな会話をしているのかを知ることもできる。

 またSlackコネクトでチーム間の共有チャンネルを作り、ノウハウの共有や雑談、イベント開催告知、そして時にはランチタイムのライトニングトークにもSlackを利用しているという。思いがけない人との出会いや雑談を通して価値ある談論が風発することも期待できる。

 須田氏は、Slackベースのコミュニケーションで注意していることがあるという。それは、特定の人だけに向けたメッセージ(メンション)をすることだ。メンションされた人にとっては、それは割り込みタスクになる。手を止めて返答しなければならない状況を作り出さないようにするための工夫だ。質問などがあればメンションを付けずにチャンネルに投稿すれば、手が空いている誰かが答えてくれるはず。そうした期待ができるのもこうしたツールの良さだという。

 「KDDIのオフィスでは、置き菓子ブースにお菓子を食べに来た人には何でも聞いていいことにしていた。その人は手が空いているからだ。これと同様に、メンションがなくてもそこに投稿すれば、手すきの人が答えてくれる。また夜間はメンションしない、夜間の通知はオフに設定することも推奨している。これは心理的安全性確保のために必要なことだと考えている」(須田氏)

 今回のイベントでは、コミュニケーション改善は、ひいては業務効率の改善にもつながることが紹介された。何より俊敏性が求められるアジャイル開発現場では、ツールやサービスだけでなく、こうした使い方や社内ルール設定にも目を向けたい。

本稿は、「Why Slack? SlackとOffice 365で実現する生産性向上術」(主催:Slack Japan)におけるKDDIの須田一也氏による講演「オフィスでもリモートワークでも変わらないSlack中心のコミュニケーションスタイル」を基に、編集部で再構成した。

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