シンプル、ナチュラルなブランドイメージと共にサステナブルなライフスタイルを提案する人気ブランド「無印良品」のビジネスを支えるIT基盤が、フルクラウド化しつつある。小売店舗苦境の時代に売り上げを伸ばした理由とは。
良品計画は「自然と。無名で。シンプルに。地球大。」を企業理念に掲げ、製品の提供を通してライフスタイルを提案する「無印良品」を展開する。同社は地球環境や生産者に配慮した素材を選び、全ての工程においてムダを省き、本当に必要なものを必要な形でユーザーに提供する”実質本位”のものづくりを推進する。
同社が無印良品で提供する製品やサービスは、昨今B2Bでも求められつつある倫理的なメッセージを持つ。例えば自治体や地元住民を支援する形で地域活性化に取り組み、一部の店舗では地元の農産物や特産物の取り扱い、バスによる移動販売、廃棄物の削減や資源循環型社会の実現を目指した古着や食品を回収する取り組みなどを手掛ける。
新商品や新サービスの開発においてもサステナビリティの実現を目指し、環境に配慮した食品や設備、アプリの開発などに取り組む。これらの取り組みを通して同社が目指すのは「『感じよい暮らしと社会』へ向けた、世界水準の高収益企業体」だ。
その一環で近年、社会課題の解決や地域貢献を果たすためのITインフラの構築と業務プロセスの見直し、それらをサポートするサービスの再構築が、全社横断プロジェクトとして進んでいる。
同社の多角的なブランド展開を支える”実質本位”のシステム基盤とは。
2021年5月12日、「AWS Summit Online 2021」に登壇した良品計画の山崎裕詞氏(情報システム部長)は「業務システムとシステム刷新、その苦労話と今後の展望」と題し、同社のビジネスを支えるIT基盤のフルクラウド化の経緯を語った。
「プロジェクトの目的は、『店舗起点、地域コミュニティのために機能する仕組み』『土着化、事業のグローバル展開、双方に対応した商品関連業務』『店舗・本部の事務作業を徹底的に省力化、管理・統制の効いた仕組み』を作ることにあります」(山崎氏)
プロジェクトの全体像は1枚の概念図にまとめられ、問題に直面したときなどに指針として振り返ることができるようにしている。最上位には「生活者、地域のコミュニティ」があり、生産者や供給者、顧客同士をつなぐコミュニケーション基盤を店長やスタッフが主体となり運営される。
店舗スタッフをサポートするため、本部やシステムが機能として、4つのパートに分かれる。ヒトとヒトとのつながりを実現する「個客領域」、店舗、eコマースを問わず常に必要量が売り場に陳列され適正に在庫管理する「商品領域」、個店経営に必要な管理統制の仕組みやグローバル化を支える仕組みなどの「会計領域」、全ての領域に関連する「共通基盤」だ。
個客領域にはECやスマホアプリ、店舗サービス(イベント予約、お便り)、供給者ポータル、コンテンツ管理などがある。商品領域にはマスタ管理、商品計画/発注、需給仕入、店舗供給、店舗オペレーション、在庫引当、オーダー受払、在庫実績管理、伝票管理などがある。会計領域には販売/購買管理や財務会計、会計管理、経費購買ワークフロー、固定資産、予算管理などがある。共通基盤が関連するのはデータウェアハウス(DWH)やBI(管理会計、帳票)、ID管理などだ。
従来オンプレミスで稼働しているこれらを、基本的に全て「Amazon Web Services」(AWS)に再構築する予定だ。山崎氏は、クラウドを採用した理由について以下のように語る。
「事業の拡大やグローバル展開が待ったなしの状況で”オンプレ発想”では限界になっています。事業展開のスピードに追随、または一歩、二歩先を進んでいくことが重要なため、基幹システムにもスピードと拡張性が求められます」
コロナ禍においては、多くの小売店舗がユーザーの購買行動の変化に直面した。しかし良品計画はクラウド移行プロジェクトによってEC受注のキャパシティーが上がり、アクセス急増に迅速に対応できたという。
「コロナ禍で店舗営業がかなり制限され、お客さまの購買行動も大きく変わりました。その中でヒットした商品もあり、前年を上回る数値を出すことができました」(山崎氏)。クラウド移行によって、ニーズの変化や突発的なピークにも対応できたと自信を見せる。
一方でアーキテクチャやインフラ構成に関しては、十分な知識や経験、ノウハウが必要で、課題も感じているという。山崎氏は「社内にスキルを蓄積することが重要」と述べ、今度の取り組みにも意欲を見せる。
クラウド移行が完了した機能に「在庫引当」がある。WMS(倉庫管理システム)が備えていた在庫引当機能をAWSに配置し、24時間稼働のECや店頭の顧客オーダー、店頭在庫を補充する発注などへの対応をリアルタイムかバッチで引当できるようにした。これによって、店舗の在庫や物流センターの在庫、入出荷情報、検収情報、出荷指示などの情報も集約された。
「稼働当初にトラブルがあり、オーダーを20日間停止する事態が起きました。しかし安定稼働後は、従来の数倍の処理性能を実現しています」(山崎氏)
自店の取り組みや地域とのつながりを発信する「お便り配信」機能も、クラウドを生かしてグローバル展開している。同機能では毎月3000件の記事を配信し、フォロワー数の合計は1200万人規模となる。2020年に初出店したベトナム店舗では、ポップアップストア設置時に同機能を活用し、グランドオープンのイベント予約を実装した。
今後は3カ年計画の中で、商品や会計の標準業務をグローバルに横展開することや、需給仕入/需要予測など、サプライチェーン全体の改革を並行して進めること、アナログ業務を完全にデジタル業務に移行して顧客体験や店舗オペレーションを向上させること、店舗POS基盤の再構築とグローバルWAN構築などを予定している。
「これらをやり切るためには、インフラの見直しや採用技術のアップデート、アプリ開発のスピード向上を進めていく必要があります。一昨年から組織自体をプロ化していくという方針を出し、積極的に外部採用を進めています。これまでになかった領域にもチャレンジしており、正直大変ですが、ワクワクする感じも持っています。事業を通して地域の役に立つ、社会課題の解決に貢献する、それぞれの領域のプロ集団に変革して、達成していきたいと思います」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。