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身体がインターネットにつながる「IoB」ってどういうもの?

IoB(Internet of Bodies)を聞いたことがあるだろうか。IoT、IoE、IoH、IoX……よく似たキーワードが続々登場している中で、今回は一部産業で応用が進むIoBを解説する。工場や建築現場など多様な環境で働く人の安心、安全を確保するこの技術の現在地とは。

» 2021年12月08日 07時00分 公開
[土肥正弘キーマンズネット]

「IoB(Internet of Bodies)」とは?

 人の周囲にある「モノ」から取得可能なデータを、インターネットを介して収集、集約して活用する技術が「IoT(Internet of Things)」だが、「IoB(Internet of Bodies)」は人の身体から得られるデータ、あるいは人が置かれている環境から得られるデータを、インターネットを介して収集、集約して活用する技術のことだ。産業用途で「IoT」の一部であるこのIoBは、工場や建築現場、オフィス、店舗などで人がより安心、安全に働くことができる環境づくりや労務管理するための技術となる。

 なお、IoBという言葉は「Internet of Behaviors」(振る舞いのインターネット)として発表している調査会社もあり、その中では顔認識や位置情報の追跡、ビッグデータなど個人に焦点を絞ったテクノロジーを組み合わせ、結果として生じたデータを関連する人の振る舞い (現金での購入、デバイスの使用など)に結び付けるものと説明している。本記事が対象とするIoBとは少々異なる部分を含んでいるものの、人の振る舞いには身体の状況や健康状態、活動場所や環境状態も大きく影響する。「Bodies」のデータは「Behaviors」を左右する要素であり、Internet of Bodiesは最終的に人の行動(振る舞い)や環境の安全性を高めることに役立つため、強い関連性があると言えるだろう。

 冒頭の意味でのIoBの身近な例を挙げれば、個人向けのウェアラブルデバイス(リストバンドタイプや腕時計タイプなどの活動量計)から取得できる身体情報を利用して、健康管理やダイエットなどのヘルスケアに役立てるといったものだ。こうしたデバイスでは、歩行数や活動量を加速度計で計測して消費カロリー計算や体脂肪量推計ができるほか、睡眠時間と睡眠の質、心拍数、血中酸素濃度、血圧の計測、それらデータを基にした心肺機能の推計までも可能になっている。そして、端末内での処理と連動して、データを基にした計算処理や健康状態の推測、データの記録やグラフ化処理などはインターネット越しのクラウドサービスが担うことになる。

 また、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」も一種の「IoB」と言えるだろう。これは保健所の感染者情報管理システムと厚生労働省の通知サーバをユーザーのアプリと接続し、陽性者(が持つ同アプリ)との接近をBluetooth通信で検知して、その事実や受診案内をユーザーに知らせる仕組みだ。

実際にどう使われている? IoB、6つの活用事例

 上述の例は、個人が個人の身体情報や行動情報を利用するものだが、産業分野では職場での危険を回避したり予防策を講じたりするために、労働者の身体情報や位置、行動情報を役立てようとしている。例えば日本IBMはこうしたIoBソリューションを法人向けに提供している(以下は日本IBM資料を参考)。以下、6つの活用例を紹介したい。

図1 「IoB」システムの例:IBMのMaximo Saftyシステム概要(出典:日本IBM提供の資料)

作業中の熱中症、高温ストレスの防止

 働く環境の温度や気象データ、労働者の体温や発汗などの身体状態データを利用して熱中症の可能性を推定し、警告や作業場所の移動指示、休息指示などに役立てる。例えば作業現場で作業者が高温にさらされることがある鉄鋼メーカーは、温度/湿度データの組み合わせにより作業者のストレス状況を推測し可視化するとともに、心拍データなどから働き過ぎの状態(事故につながりやすい状態)を検知し、休息を促すシステムを構築している。

図2 鉄鋼メーカーでの高温ストレス、過労状態の検知と予防のための「IoB」活用例(出典:日本IBM提供の資料)

高所作業現場での転落防止

 工事現場などで、高所からの転落事故を予防するには、危険な場所に近づかないこと、万全な健康状態にしてふらつきや判断ミスを極力少なくすることが必要だ。日常的に作業者健康状態をモニターすることで、高所作業前に不適切な身体状態(異常がある)の人を検知して高所作業のシフトから外す、リアルタイムに身体異常をモニターして適時に警告、指示を行うといった対策が可能になる。

車両との接触、転倒防止

 工場や倉庫などでは、フォークリフトやトラックなどとの接触、転倒事故も頻繁に起こっており、事故を回避するためにもIoBは活用されている。国際輸送業者の実例では、労働者の昨晩の睡眠時間のアンケートを取り、心拍数データにより眠気の状態を検知して対処する仕組みを構築しており、フォークリフトと人との接近度合いを検知して接触を事前に防止する仕組みも実現した。結果として、現場の安全性や生産性、効率性の向上に役立った。

地下ピット作業での窒息防止

 地下トンネルを掘る際や、地下や地中に大きな物を据え付ける際などに発生する窒息事故を、労働者の身体情報や環境情報(ガス濃度など)によって検知して予防する。

夜間/ひとり作業時の急変への対応

 周りに人がいない状況で身体状態に急変があれば、対応の遅れが重大事故につながる可能性もある。そこでIoBをベースにリアルタイムの体調変化通報システムや、転倒検知システム、身体状態の常時モニターと警告、警報システムなどを構築すれば、監督者への迅速な通報や本人の早期の気づきを促すことが可能だ。大規模なプラントや牧草地をはじめとした圃場(ほじょう)などでは通信に支障が出る場合もあり得るが、ローカル5Gの利用などを組み合わせれば、多様な条件の環境でもIoB利用は可能だろう。

設備不良による危険の予防

 設備や機器の誤動作や故障などによる事故はもちろん、操作ミスや連絡不徹底により作業者が事故に巻き込まれてしまう可能性もある。そこでIoBを取り入れることで、危険検知、予兆検知、予防対策に生かすほか、従業員のストレスや過労状況を把握し、勤務条件や職種の変更、最適配置に生かせる。

 最近では、リモートワーク中の従業員のストレス状況を検知し、負担が重いと判断すれば休息を促すといった仕組みも考えられている。また介護業界では離職者の多さが課題の一つになっているが、各種職務に対する潜在的な好悪感情をストレス度合いで把握することも可能だ。

IoBのデータ収集からアラート発信までの流れ

 こうしたIoBツールは図3のような流れで動作している。作業者の身体情報はウェアラブルデバイスが計測し、位置情報はGPSやビーコンで検出、作業環境情報は温度や加速度などを計測するマルチIoTセンサーなどで把握する。その情報は作業者が携帯するスマートフォンやエッジゲートウェイ装置を介して集約して、クラウド上の管理システムに送信、管理システムではあらかじめ構築した危険検出モデルに照らして判断し、危険の可能性があれば本人や作業監督者、システム管理者にアラートを発報するといった流れだ。

 アラート発生状況の履歴を保存して分析すれば、作業者と作業者周辺の環境にどのような変化があればリスクが高まるかをより正確に判断可能になる。

 現在のところは危険状態やその予兆の情報を把握して、本人や監督者、管理者に気づきを与えることは実現済みだ。今後ユースケースが増えてくれば、危険状態を作り出す可能性がある環境状態(設備や機器、作業プロセスなど)を正確に割り出すことで、危険発生を未然に防ぐ対策につなげることも可能だろう。

図3 「IoB」ソリューションの流れの一例(出典:日本IBM提供の資料)

どんなデバイスが使えるのか?

 IoB活用に向けては、人がセンサーなどを身に着けることにストレスを感じさせない環境づくりが重要だ。腕時計やブレスレット型のセンサーが最も受け入れやすいが、ヘルメット装着デバイスや、タグ形状の身に着けやすいデバイス、着るだけで心電/心拍、呼吸数、筋電、加速度、温度/湿度などのモニタリングが可能な伝導性繊維でできたスマートウェアなども利用できるだろう。

 ただし、すでに存在しているデバイスありきではなく、目的に沿って最適なデバイスを選択、あるいは個別に開発して、作業者が「IoB」を利用することに嫌悪感を持たないことを優先して考えるべきだろう。

 また一方では、作業環境のガスや蒸気、粉塵により電気製品に防爆仕様が必要になる場合もある。危険を防ぐためのデバイスが危険を呼び込まないよう、デバイスそのものの安全性にも気を配る必要がある。

大きな課題は心理的障壁の克服とコスト対効果

 デバイスの装着以上に抵抗感を覚えるのは、自分の最もプライベートな部分とも言える身体情報を、会社側が収集、管理、活用することへの不安だろう。ともすれば、身体情報が現在の職務に不適切だと判断され、望まない職務への異動や職を失うことにつながるのではと疑心暗鬼にかられることも。この不安感の解消は難しいが、安全性向上の事実を周知することに加え、できるだけIoB利用を義務と感じさせない工夫と、デバイス利用に関する何らかのインセンティブが必要になるだろう。

 例えばスマートフォンの個人利用を認める、ヘルスケアデータを整理して本人が確認可能にする、デバイスの付加的機能でエンターティンメント要素を盛り込むなど、さまざまな工夫が考えられる。

 またもう一つの大きな課題は、費用対効果が見えにくいことだ。工場やプラントでは安全対策は厳密に考えられ、これまでに多くの投資がなされてきた。それでも事故は起きる時には起きてしまう。従来の安全対策の隙間をIoBが埋めることができるのかという点で、明確な答えはまだ導きにくい。ただし身体情報や環境情報を定量的に把握して分析し、より安全性の高い施設、設備や業務プロセスに変更していける可能性があり、IoBは世界的に注目されている分野になっているのも間違いない。今後の導入、普及の拡大により、徐々に投資効果が表れてくるものと思われるので、事例の公表などの情報に特に注視していくべきだろう。

 今回はInternet of Bodiesの意味での「IoB」について基礎的知識を紹介したが、医療分野や自動車など移動体に関する技術や用途は省略した。閉じた空間で、しかも計測対象者が限られている状況では、身体状況のモニター方法・技術や、モニター結果に応じた対処法も上述とは異なるものとなる場合も多い。これについては別の機会に紹介できれば幸いだ。

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